外伝3 巡廻 ― Tokyo 1970 Ⅰ ―

『今日のニュースです。東京のN区の国道で起きた、高校生三人が死亡した交通事故の続報です。昨日、高校生三人の葬儀が高校生が住んでいた団地の集会所で開かれました。事故を起こして逃走した大型トラックの行方は、まだ分かっていません……』



 それは、痛ましい事件だった。

 同じ団地に住む男子高校生三人が下校途中にトラックに跳ねられ、死亡した。

 近隣住民は戦慄し、高校と団地、事故現場には取材陣が殺到した。


 あるニュースのカメラは、団地の集会所を映し出す。

 男性キャスターの声が響く。

「亡くなったのは、神代かみしろ直也くん、上山昌広くん、市川礼くんの三人です。三人とも、先月に同じ高校に入学したばかりでした。中学・高校の友人も、大勢駆け付けています。友人のお母さんに話を聞いてみました」


 画面には、喪服姿の中年女性が映る。

 女性はハンカチで目を拭いながら話し始めた。

「信じられません。三人とも、うちの息子の友達で……とても、いい子たちでした。どうして、こんなことに……」

「逃げたトラックの運転手に、言いたいことはありますか?」

「一刻も早く、警察に自首して下さい。……ご家族が気の毒で……本当に……」

 女性は顔を覆い、号泣した。


 続いて、画面には20代後半の女性が映った。

 男性キャスターが続ける。

「三人が通っていた高校の担任の先生です。今のお気持ちを伺いました」


「三人の担任を勤めてました……方丈です……」

 こちらも黒いワンピース姿で、髪をアップに結っている。

「……すみません……何も考えられません……ひどすぎます……無事に、生徒たちを家に返せず……申し訳ありません……」

 担任教師はその場に崩れ落ち、肩を震わせて泣き出した。

 その姿をカメラが捉え、フラッシュが幾度も点滅する。


 やり場の無い悲しみに、参列者たちは号泣し、出棺の際に遺族が持つ遺影を見て、泣かぬ者はいなかった。



 三台の霊柩車が団地の集会所を離れ、人々は祈りを背負いながら散って行く。

 方丈沙都子もまた、迎えの黒い自家用車の後部座席に乗り込んだ。

 運転しているのは、喪服姿の白髪交じりの男だ。

 男は、低い声で言った。

「……完全に、やられたな……」

「はい……」

 沙都子は答えた。

「まさか、現世うつしよに手を伸ばしてくるとは……油断してました」

「……尼姫も……駄目か……」

「間も無く……何らかの理由で現世を去るでしょう。尼姫君だけ残っても……無意味です」

「……次は、慎重に選定する。彼らの生まれる場所も……」

「……では、我らも次の場所に向かいましょう……方丈さま……」

 

 沙都子は窓の外を見て……目を伏せて微笑んだ。

「残念です。数年後にサンシャインビルが着工するのに、見られませんでした」

「……半世紀先の東京は、高層ビルで埋め尽くされているかも知れん……」

「……私たちの故郷は、闇に埋もれたままです……」

「我々は何をしてるのだろうな……二度と戻り得ぬ故郷のために……」


「あの凄惨な記憶を捨て、人として生きる道を選択をする……それが出来れば……」

 沙都子の黒い瞳は、煌々と輝く。

「私は、姉と弟の仇を取ります。お仕えした王后おうさきささま、契りを交わした仲間、無念のうちに謀殺ぼうさつされた者たちの……」

「そなたも、狂気の毒に身をゆだねたか……」


 男は深く瞼を閉じ、天を仰ぎ、アクセルを踏んだ。

 その数日後、高校には一通の退職願いだけが届いた。

 ひとりの女教師の行方は判らぬまま、やがてその名も忘れ去られた。


 


 『外伝3・完』

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