第29話 大好きなんです。ごめんなさい

 × × ×


「見てくれよ、八光。ドクターが義足を付けてくれたんだ」


 立ち上がって、患者服を捲る。目覚めると、彼女は俺の手を握ってそこで泣いていたからだ。


「すげぇ技術だぜ、リハビリもほとんどいらねぇんだ。もう飲みモンを買いに行くくらいなら出来るんだよ」


 しかし、いつもみたいに支離滅裂な言葉を吐くワケでもなく、かと言って朝起きて見るちょっと危ない目をしているワケでもなく。ただ、悲しそうに。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 そう、呟くだけだ。


「なんだよ、お前らしくもない。ちょっと事故に巻き込まれただけだって。一週間もすれば元通りに歩けるようになるから。だから安心しろよ」


 3日前、俺は研究施設の倒壊事故に巻き込まれた。……らしい。頭を打った衝撃なのか、その日の記憶がないんだ。

 脚は、さしものドクターと言えども元に戻す事は出来なかったようだ。まぁ、完全に俺の体から離れちまったモノだし、グチャグチャだったからな。


 八光の話によると、俺はドロケイという競技の途中に彼女を庇って下敷きになったとか。なんだよ、俺ってば結構かっこいいじゃん。友達の命が救えたのなら、足の一本くらい安いだろう。

 ついでに言うと、八光にも記憶がない。破壊音に気が付いたドロケイの参加者が近づいてきて倒れていたのが俺たち二人だったみたいだから、俺が突き飛ばした拍子に彼女も頭を打ったんだろう。悪い事をしてしまった。


 閑話休題。


「だから、そっちの椅子にでも座れって」

「無理です。もう、好きになりすぎて手を離せないんです。ごめんなさい……」


 なんか、俺が思ってた理由と違った。


「それに、普通の友達以上の関係を求めてくれた小戌さんが、まさかこんなことになってしまうだなんて」


 そっちはついでなんだな。安心したよ、お前らしくて。


「……ん?普通の友達以上の関係?」

「覚えていないんですか?この前、ずっと一緒にいるって約束してくれたじゃないですか」

「いや、ちょっと待ってくれ」


 言われ、記憶を探る。しかし、どうしてもそれを思い出す事が出来なかった。


 実を言うと、俺が失ったのは事故当日の記憶だけじゃない。


 例えば、入院した翌日に3年生の安芸先輩という人が来てくれたのだが、彼が言うには俺たちは知り合いで飯を一緒に食べに行く約束までしていたらしい。しかし、俺は彼の事を知らず、そんな約束をした覚えも一切なかった。


「……美野里、そこまでやったんか」


 そう呟いて、彼は俺の肩を叩くとどこかへ行ってしまった。果たして、一体何者だったんだろう。なんとなく、仲良くなれそうな人だったけど。


 しかし、そんな感じで俺の中から学校生活が始まってからのエピソードが幾つか抜け落ちてしまっている。パッと言われて思いつくのは技能試験の日の午後。失った記憶の在処を思いつく、というのは変な言い回しだけど、とりあえずそんな感じだ。


 そんな失った記憶の中で、俺は八光をドロドロになるくらいに強く求めたんだという。


「それ、もう友達じゃなくて恋人じゃん」

「こい……。い、いえ、彼女とかはちょっと。その、すいません。あの、今は目を見ないでください……」


 なんだこいつ。


「とにかくですね、小戌さんは私にあんな事までしたんですから。責任を取ってください」

「ど、どんなことだよ……」

「こういう事ですよ」


 そして、八光は俺に抱き着いてベッドに向かって押し倒した。義足の調整が甘かったのか、ネジが取れて骨組みが外れてしまった。これでは動けない。


「嘘つけ」


 俺は、こういう事は絶対にしない。


「小戌さんは、どうして女の子ばかりと仲良くするんですか?」

「どうしてだろうな、俺にも分かんねぇや」


 何となく、女の方が戦闘以外の部分を見ている気がする。別の生き物だから、嫉妬とかしないしな。


「今日からは絶対に私以外の人と仲良くしちゃダメですよ?」

「いや、それは無理だろ」

「ダメです。絶対ダメ。これ以上心配したら私死んじゃいますよ。もう既に他の事とか考えられないのにそうなったら小戌さんの事殺すしかなくなっちゃうじゃないですか」

「お前は死なないし、俺も殺されるのは御免だ」


 ベッドの手すりを掴んで体を起こそうとしたが、八光はそれを阻止して強くしがみ付いた。寝る前に打った麻酔が効いているからだろうか、この体勢でも全然下半身に反応が無い。


「好きです。助けてくれてありがとうございます。大好きなんです。ごめんなさい」


 言いながら、彼女はシャツを脱ぎ始める。その動作を見た時、俺の中に何か込み上げてくるモノがあった。


「……痛い」


 呟いたのは、あの日の光景がフラッシュバックしたからだ。意識はなかった。ただ、覆いかぶさって俺を襲う八光の姿が、あの男に重なって見えたんだ。


「こ……かは……っ」


 気が付くと、俺は彼女の首を絞めていた。あの日、伸ばしても届かなかった手はこれを目指していたのかもしれない。


 うっ血して、顔がピンク色に染まっていく。その手を掴んで見下ろした時、髪の毛が俺の顔に落ちて匂いが舞った。更に、体重を預けられていく。自分の重さで、首は更に強く締まっていく。細い、少し力を入れれば折れてしまいそうなその首の痛みを、涙を浮かべながら歪んだ笑顔で求める八光は、露わになった胸を揉みながら声を絞り出した。


「す、好きです。かは……っ。もっと……」

「……ッ!?」


 意識が戻ったのは、一瞬だけ彼女の呼吸が止まったからだ。首を離して、力を抜く。ドサッと倒れて咳き込み、深呼吸をしながら俺に体を押し当てる。そして、涙を溢しながら何度も「大好き」だと呟いて、グッタリすると弱々しく長い髪の毛を流した。


「はぁーっ。はぁーっ。……小戌さん?」

「……悪い、そんなつもりじゃなかったんだ」


 俺は今、何をしようとしたんだ。まさか、八光を壊そうとしたのか?あの日、俺がそうされたように、俺がこいつを壊してしまうつもりだったのか?


 ……嘘だよな?


 考えたその時、突然病室の扉が開かれる。そこに立っていたのは、弁当箱を手に持った雪常だった。

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