第17話 今日こそ決着をつけるよ!

 ……そして、もはや誰の言うことをあと何回聞けばいいのか分からなくなった頃、中間試験の期間がやってきた。プログラムは、最初の2日が学力テスト。その後2日で技能スペックテストだ。


 現在は、勉強試験が終わった日の放課後。母さんから「バイトは気にしなくて大丈夫だよ」と言われたため、テストが終わるまでの間は休業している。その結果、全ての教科で答案用紙の7割くらいを埋めることが出来た。あとは結果を待つだけだ。


 ……ところで、最近はどうにも考えることが多くなって部屋の外にいるこ時間が増えた。図書室とか、グラウンドの端っこのベンチとか。あとは、この病室棟とか。


「だからさ、ドクター。最近は自分の部屋に居辛いんだよ」

「それは中々アンハッピーだね。でも、そういうところにも折り合いを付けて生活するのがナイスガイのコンディションだよ」


 この中途半端に英単語を織り交ぜて話す、白に近い金髪のポニーテールと白衣がトレードマークの兄ちゃんがドクター。年齢は不明。好きな食べ物は芋ようかん。この学校に常駐している、シカゴから赴任してきた日本大好きの変異人類だ。

 技能の名前は【パッチ・アダムス】。察しの通り、どんな怪我でも一瞬で治してしまうとんでもない能力。正確に言うと、瞬間的に生命のエネルギーを失った体のパーツを24時間前の状態に戻しているらしい。


「コンディションって?」

「条件って意味だよ」


 雪常をここに運んで以来、俺は時々ドクターと話をしに来ている。別の教師と違って、ドクターはとても理性的で大人だからだ。ぶっちゃけ、俺が今まで会ってきた人の中で一番かっこいいと思ってる。


「そっか。まぁ、ドクターが言うと説得力あるな。モテるだろうしさ」


 実際、彼に会いに来る戦いに疲れて普通の大人に近づいた女子生徒は結構多い。ただ、本人は女は40歳以上からじゃなければありえないと豪語しているから、実は見た目よりも年寄りなのかもしれない。


「そんじゃ、話聞いてくれてありがと。またね」

「さよならレイター。テスト頑張って」


 病室棟を離れて、寮へは向かわず敷地内を歩く。いつだったか見つけた川に行き着いて、それを下って歩くと広い池に行き止まった。ここが、この学校の一番端っこか。


 平らな石を拾って、水面を滑らせるように投げる。回転したそれが8回跳ねて、向こう岸に辿り着いた。そんな子供の遊びを楽しんでいると背中で足音が聞こえて、だから俺は振り返った。すると。


「よぉ、今日も復讐か?」


 それは、累木を助けた日以来毎日律儀に復讐にやってくるようになった金髪でショートカットの褐色女、隈乃見ルルだった。どうでもいいけど、彼女の肌の色はいわゆるギャル的な黒さではなく、水泳でもやってるんだろうなってイメージの、多分どこかに白い跡が残っている健康的な焼け方だ。


 身長は、160センチ強。元気で力のあるデカい目。髪と似たような色の、かなりのオーバーサイズのセーターに短いスカート。ソックスはくるぶしまでの長さ。そんなカジュアルな、俺をつけ狙う追跡者。


「そうだ!今日こそ決着をつけるよ!」

「もう付いてるけどな」


 言って、落ちていた手頃な石を握って構える。初戦以外の戦いは、遮蔽物を使ったり文房具を使ったりして裏をかいてきたが、ここでの戦闘はかなりヤバそうだ。周囲は開けていて、他に使えそうなモノもない。


「うっ……。あの、ちょっといい?」

「なんだ?」

「その構え怖いから、もっと優しく戦ってよん」

「……わ、わかった」


 いや、分かってない。分かってないが、しかしその少し怯えた表情を無下にできなかったから拳をゆっくり下ろすと。


「隙ありッ!クローブヒッチ・キラーッ!」


 瞬間、袖の下からロープを伸ばして俺の体に伸ばす。それを避けきれず、しかし辛うじて右手に巻き付けて首を守ると、石を下投げにして操作を鈍らせる。


「あぶ……」


 それに意識を取られた刹那、隈乃見の体を地面から引っこ抜くように力任せに手繰り寄せた。女の体重程度、ヒートがなくてもどうとでもなる。


「おわぁっ!?」


 体のどこかに結んでいるのは知っている。当然、俺のところへ飛んでくる。左手はフリーだ。ならば、石を持ち替えてショートフックをカウンターで合わせれば……。


「嫌だ!殴らないでよぉ!」


 あまりにも素っ頓狂な言葉に思わずパンチを止めて、代わりに右の腕で隈乃見の体を受け止める。ドスっと抱きつくように着地し、しがみついたまま足を地面につけ、そして瞑っていた目を恐る恐る開けて俺を上目に見てから。


「引っかかったなっ!……あいたっ!!」


 チョップを脳天に落として、戦いは終わった。はい、今回も俺の勝ち。


「お前、ホントに姑息だな」

「うるさ〜いっ!」


 ……隈乃見ルルが中々にポンコツな女であることに気付いたのは、2回目の襲撃からだ。


 彼女の技能スペックであるクローブヒッチ・キラーは、ロープだけでなくあらゆる細くて長い物体を操る事ができる。更に、物質の形や硬度、サイズまでも変化させる事ができるため、暗殺向きのかなり強力な能力。……のハズだ。


 しかし、本人の戦い慣れしていないところが壊滅的で破滅的で致命的。技能を使いこなせずに失敗するのが、これが一体何度目だと思ってるんだろう。


「なぁ、もう少しやり方を変えてみたらどうだ?暗殺向けなんだから、こんな広いところじゃなくて狭い場所でさ、天井から首を縛って吊るし上げるとか」

「あ〜!またそうやって僕をバカにして!ムカつくムカつくムカつく!!」


 校舎内でも、何故か隈乃見は正面ゴリ押しの戦闘しかしない。だからこそ俺はこうして迎え撃てるワケだけど。なんか、色々と残念なヤツだ。


「でも終わりじゃないぞ!勝つまでずっとストーカーしてやるんだからな!怖いだろ!?震えて泣いちゃえ!」

「あれ、いっつも体の半分見えてるぞ」

「嘘だねっ!」


 嘘じゃないんだよなぁ……。


「今度こそギッタギタのメッタメタにしてやるんだからな。待っとけよ〜」


 なんでこいつは、俺に掴まったままブツブツ言ってんだろ。そういうのって、普通は去り際の捨てゼリフなんじゃないのか?

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