第15話 今笑ったヤツ、前に出ろなの

 × × ×


 ところで、あの事件以来俺のクラスでは一躍有名人になったヤツがいる。それはもちろん言うまでもなく俺。……ではなく。


「一絵って強いんだな。俺たちのグループに入りなよ」


 累木だ。


 累木は、パルプ・フィクションで俺を操ってあの場を制した張本人になっていた。おかげで、テストの結果以上の実力を秘めている面白いヤツとしてイケてるグループに目をつけられたのだ。坂邉たちはスタメン落ちしたみたいだ。


「いや、それ俺が……」

「あれ?どうしたのかな、負け犬くん。そこに居ると思わずプチっとしちゃうよ?存在がショボ過ぎて」


 ひん。


 どうしてこいつは、こんなに爽やかな笑顔で人をバカに出来るんだろう。あまりに自然で嫌味の無い態度だから、逆に恨みも湧いてこないのがタチが悪い。

 自分では気がついていないだろうけど、他の連中はこいつに影響されて俺を負け犬と呼んだりやけに明朗に罵倒している節がある。雪常や八光が陰の天才なら、こいつは陽の天才。とでも言えばいいのかな。


 刀道深雨とうどうみさめ。性別は男。恐らく、学校中でも上から数えたほうが早い1年のトップランカー。変異技能は【スカーフェイス】。相当暴力的な能力だって聞いたけど、テストの時に見逃した俺は未だに実態を知らない。


 そして、口癖は。


「当たり前じゃん。だって、天は人の上に俺を作ったんだもん」


 だから、俺は密かにコイツの事を『アルティメット刀道』と呼んでいる。バチクソかっけぇ俺のセンスに痺れろ、バカタレ。


「なぁ、どうだ?縛られるのが好きなんだろ?だったら、俺たちがそうしてやるよ」


 しかし、そんな言葉には耳を貸さない累木。彼女が一体何を考えているのかはよくわからないが、恐らく不機嫌になっているであろう事だけはわかった。なぜなら、あいつは気に食わないことがある時にツンと斜向かいを見てわざとらしく聞き耳を立てるからだ。無論、何を聞いているのかはわからない。


「そういう変なこと言われると、あたし困っちゃうから。ちょっと止めてほしいな」


 しかして、毅然と振る舞うあいつの姿は俺の目にはかっこよく見えた。嫌なことを嫌だという勇気って、案外出ないものだからな。


「それに」


 言うと、おにぎりと水筒を持って教室を出ようとする俺のところにやってきた。


「刀道君より、小戌君の方がいいから」


 それを聞いて、クラスの連中はドッと笑い声をあげた。


「いやいや、一絵も趣味がいいね!なんだかんだ言って自分より下を見下す方が気持ちいいって、自分でもわかってるんじゃん!」


 えっと……、そう。あの女子は星加ほしかだ。多分、刀道に惚れてる。根拠は、見てたら何となくそんな感じがしたから。


「何がおかしいんですか?」


 その声を制したのは八光だった。グッドフェローズ。既に星野の姿で実現させてドスを喉元に当てている。あれで斬るシーンを見せれば、本人も同じように傷付くってワケだ。


 ……いや、やっぱ強すぎんか?


「待て、落ちつ……」

「今笑ったヤツ、前に出ろなの」


 続いて、雪常までもが声を上げた。マズい、このままだとクラスが血の海になる。


「というか、どうして一絵が小戌とご飯を食べるの?そこはくるりの席なの」

「いいえ、私です。そうですよね?小戌さん。今日は私がお弁当を作ってきてあげたんですよ?一緒に食べましょう」

「自分で持ってきてる……」

「残念だけど、小戌君はあたしが作ったお弁当を食べることになってるから。ごめんね?」

「???」


 あれ、なんでこの3人が喧嘩してるの?


「そもそも、あたしは夜菜ちゃんが小戌君と新宿に行ったことをまだ許してないんだけど」

「それはくるりも同意なの。夜菜だけズルい」

「友達の私が一緒に行くことの何が不満なんですか?じゃあ聞きますけど二人と小戌さんの関係って何なんですか?」


 俺は、この一連のやり取りを聞かなかった事にした。そして、どさくさに紛れて退散すると校舎裏で腰を下ろしてポケットサイズの英単語帳を開く。眺めながらおにぎりをパクついていると、ヤイヤイと言い合いをする3人が向こうの方から歩いてきた。


「ごめんなさい」


 開幕で謝ったけど、彼女たちは全然許してくれなかった。俺を包囲すると無言でジッと顔を見続けたのだ。怖いってば。


「そ、そういえば今月は前期中間テストがあるな!この前入学後テストやったばっかなのに早いよな!」


 ファティマズ・アカデミーのテストでは、学力と技能を測る事になっている。


「……」

「俺、最近結構勉強してるからさ、赤点回避出来ると嬉しいな〜」

「……」

「後さ、技能テストは実戦形式らしいんだよ。それなら、俺も相手によってはちょっと見直されるかも〜、なんて思ってるんだけど……」

「小戌」


 和ませようと軽い口調で話してみたが、まったく通用しなかった。やべぇかも。


「はい」

「どうして、怒らないの?」

「……なんだ、そう見えてるのか?」

「……え?」


 一瞬だけ、3人の剣幕が治まった。しかし、今度はそれを誤魔化すように。


「今すぐ誰のお弁当を食べるか選んでください」

「いやいや、それ誰の選んでもギスるヤツじゃん」

「ソンナコトナイノ」

「ダッテアタシノエラブモンネ?」


 もうイヤ。


「頼むからそんなにクサクサしないでくれ。代わりに一人一つずつ何でも言うこと聞くから。エロいこと以外で」

「それじゃあ何でもじゃないよね?」

「ぐっ……。と、とにかくそれで落とし前付けてくれよ。頼むよ」

「仕方ないですね。なら、考えておきます」


 という訳で弁当を3人前食べることにはなったが、ひとまずはこの意味の分からない争いは落ち着きをみせた。しかし、この軽はずみな言動が後に彼女たちの奴隷へと向かう序曲である事に、俺はまだ気がついていなかった。


 ……いや、ほんの少し考えればわかるだろ。なんで気づいてねぇんだ?この時の俺は。

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