Song.4 再会

 年齢も顔も知らないSNS上の友人、『木の葉』からの言葉が心の支え。

 すぐさま『ありがとうございます』と短い定型文を送れば、木の葉からは既読の意味を含んだイイネのボタンが返ってきた。


 自分のことを見ている人がいることにホッとし、こわばっていた筋肉が緩んだ。

 無駄な力が抜けたおかげで、気力が戻り、体を動かす力が湧いてきた恭弥は、大きく深呼吸をし、ベッドから起き上がる。

 せっかく温めたご飯が、冷めてきていたが、それをゆっくりと口にした。

 頭はご飯を求めていなかったが、胃は求めていたらしい。食べきらないと思っていた夕食は、時間をかけて全て胃袋におさまった。

 その後すぐに痛み止めを飲み、シャワーを済ませる。

 再び頭が痛む前に、恭弥は早めに床に就いた。


 ☆


 朝を告げるアラームに起こされ、寝ぼけ眼のまま自転車で学校に向かう。今日の空は厚い雲に覆われていて薄暗い。それを見ながら、ぼんやりとペダルを踏む。


(雨、降りそうだな……カッパはあったっけ。無ければ歩けばいいか……ああ、そうだ。昼飯買っていこう)


 天気予報など確認していない。これから雨が降ろうが、雷が鳴ろうが、槍が降ろうが、学校と家の往復するということは変わらないのだから。

 必要最低限の食事を買うために、道中見えたコンビニに寄り、今度こそ学校に向かった。


 学校につき、自転車を止める。すると、登校してきた生徒たちがきゃあきゃあ言いながら小走りで昇降口に向かっていった。


(やっぱり降ったか……)


 空から落ちる大粒の雨。

 恭弥も自転車置き場から、昇降口までほんの少し走った。

 それでも濡れてしまった体を、しまっていたタオルで軽く拭きながら上履きに履き替え、教室へと入っていく。


 にぎやかな朝の教室。しかし、恭弥は挨拶どころか会話をする相手などいない。もちろん自分から話しかけることもない。


(音が煩い……帰りたい……)


 声が混じり、ノイズのようにしか聞こえない。それに囲まれて気分が悪くなる。だから帰りたい、その一心から、休み時間を全て一人で過ごして潰した。

 昼休みになれば、恭弥は真っ先にビニール袋に入ったままの昼食とスマートフォンを片手に立ち上がる。

 教室にも、学校にも恭弥と共にお昼ご飯を食べる人物などいないのだ。


『出た、ぼっち。キモい』

『そんなんだから友達いねぇんだよ』

『便所飯じゃね』


 教室からありもしない声が聞こえ、誰とも目を合わせることなく教室を出た。


 賑やかな廊下。他のクラスも授業を終えたところらしい。

 それぞれが友人の元へ、学食へ、購買へと好きに動いている。


「飯だーっ! 先行くぜっ!」


 目の前を風のように走っていく男子生徒がいた。

 勢い余って、そのまま階段から転げ落ちている。

 後から続いた友人たちに心配されると、へなへなと笑って返していた。



 足早に恭弥が向かった先は特別棟の裏へと続く扉前。校舎の陰になって薄暗く、倉庫があるわけでも、自動販売機があるわけでもないので、人が寄りつかない。誰にも邪魔されることのない静かな場所。ここでいつも一人でお昼ご飯を食べていた。


 今日はあいにくの天気。

 ギリギリ濡れない扉の前に座り、地面に当たって弾ける雨粒を見ながら、コンビニで買ったパンをかじる。

 するとその時。


「キョウ、ちゃん……?」


 懐かしい声、懐かしい呼び方に心臓が強く音を立てる。

 まさかとは思いながら、恐る恐る振り向いた。

 するとそこには、目を見開いて立ち止まる一つ年下よ幼なじみ――作間さくま瑞樹みずきがいた。

 父の死以降、意図的に瑞樹を避け、全く顔を合わせてこなかったが、その姿は昔と何一つ変わらない。

 男子高校生にしては、背が低く、目が丸く大きい。柔らかく栗色の髪が一層と瑞樹を幼く見せる。


「瑞樹……」

「やっぱり! やっぱり、キョウちゃんだっ!」


 飼い主を見つけた犬のように、パアッと明るくなったかと思うと、瑞樹は恭弥に向かって飛びかかる。

 座ったままだったこともあって、身をかわすことはできず、その身を受け止めるしかなかった。


「僕ね! キョウちゃんを探してたの! ずっと、ずっと……! でも会えた! ねぇ、また一緒にバンド、やろう? 僕、キョウちゃんとやりたいんだ」


 感動の再会らしく、声を上げる瑞樹に対し、恭弥はいたって冷静である。

 瑞樹を自分からはがし、食べかけだったパンを袋に戻しながら、立ち上がった。

 そして瑞樹に目を合わせることなく、淡々とした声を放つ。


「それは、無理だ……俺はもう、バンドも、音楽もやれない」

「え、なんで? あんなに好きだったじゃん。僕、あの時より上手くなったんだよ? 足手まといになんかならないからさ、ねぇ? ちょっとっ……」


 訴えかける瑞樹の声を背に、言葉は何も返さなかった。

 逃げるようにして向かったのは保健室。

 昼休みのそこには、いつも他に利用者がいない。慣れた様子でノックをし、返事を聞くことなく中へ入った。


「あら、野崎くんじゃない。最近毎日来てるわね」

「ええ、まあ。奥、借りていいですか? 気持ち悪くて」

「ごめんなさいね、いつもの一番奥は先約がいるの。手前のベッドなら空いてるわ」

「……あざす」


 いつも使うことが多い、窓際のベッドはカーテンに囲まれ、利用者がいるらしい。

 しぶしぶ空いている手前のベッドに入れば、養護教諭が心配そうな顔をしながら、何も聞かずにそっとカーテンを閉めた。


(瑞樹には会いたくなかった……)


 ギターとベースで共に音楽をやってきた一つ年下の幼なじみ。会えば一緒に音楽を楽しんだ過去がついてきてしまうからと、父の死以降、会うことを避けてきた人物に会うとは何ともついてない。


 進学した学校すら教えていなかったのに、瑞樹は探し出して同じ学校に来たというのか。


(俺と関わるとろくなことねぇよ……)


 毛布を頭までかぶり、ズキズキ痛む胸を押さえて瞳を閉じた。

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