白血球はどんな味?

あやえる

第1話

「どうしたんだよ。この傷。」

「え?」


 知らない間に、脚に傷が出来ていた。


「本当だ。知らない間に。」

「女子って大変だよな。」

「え?」

「スカート履いてるから足出してて寒そうだし、そうやって知らない間に怪我したり……あとは、生理?なんか血だらけだよな。」


 男子のくせに、ズケズケとデリカシーのない事はかり言ってくる。しかも生理の事まで。この変態め。


 でも私は、この変態を拒めない。


「私は……血、嫌いじゃない。」

「は?なんで?」

「なんとなく。」


 グイッと腕を捕まれ、制服のシャツの手首のボタンを外された。


「だよな。こんな手首だもんな。」


 そのまま肩辺りまでシャツを捲られる。


「シャツ……ブカブカじゃん。また痩せた?」

「そうかな?」


 嘘。痩せたくて仕方ない。食べたら吐いたり、下剤を大量に飲んだりしてる。  


 はぁ……と、吐息みたいな声を漏らしながら手首の傷を触られる。


 私の手首の傷は肩までに至る。


 リストカットの傷だ。


「そんなに自分傷つけて楽しい?」

「うん。」

「なんで?」

「細いだけで皆が心配してくれるから。」

「皆って?」

「知らない人も……みーんな。」

「俺は、心配しないよ?」

「でも、足の傷には気付いてくれた。嬉しい。」

「……この変態。」

「知ってる。」


 コイツと私は、付き合ってない。


 私は、ずっと避けられたり虐められて生きてきた。


 母は、鬱とアル中。祖父祖母に今も育てられている。祖父は私を溺愛どころか、物心付いた頃から裸の写真を取り続け、キスをしてきた。祖母は、お箸の持ち方が違うだけで手を叩いてくるくらい厳しい。よく、祖父の悪口を言うし、話がわかってるのかわかってないのかも、わからない母と私によく「二回も子育てさせられて。本当に家政婦もいい所だわ。」と、毎日小言を言われている。


 普通の家には、お父さんとお母さんがいるらしい。


 保育園の時に、祖父と祖母が、私のお父さんとお母さんだと、皆から思われていた。小学校に行っても同じで、クラスの皆に「お父さんとお母さんじゃなくて、おじいちゃんとおばあちゃんだよ。」と、話たら、何故か虐められるようになった。


 お弁当は、祖母が作るから他のクラスメートのお弁当は色鮮やかなのに、私のお弁当は白や茶色だった。それをクラスメートがよく馬鹿にしてきた。


 上履きがなくなるなんて日常的。


 私が触ったものには、バイキンが付くそうだ。


 虐められているのは私なのに、よく帰りのホームルームで「○○さんが……。」と、見に覚えの無い事柄で、クラスメートから告発された。先生も𠮟るどころか「また○さん?家庭に問題あるから仕方ないよ。」と、ホームルーム中に平気で皆に公言した。

 

「ははは。」

「どうした?」

「皆が赤血球なら、私は白血球だなって。血は皆に認知されてる。白血球だって頑張ってるのに、でも怪我が化膿しないと肉眼では見たことないなって。」

「ほう。」

「ねぇ。白血球ってどんな味だと思う?」

「は?」

「血は、鉄の味。白血球ってどんな味なのかなって。」


 リストカットする度に、自分の傷口を舐めるのが好きだった。


 カサブタを剥がすのも好き。


 そのカサブタされも食べるくらい好き。


 カサブタは、もちろん味はしない。


 無味無臭の紙みたいな感じだ。

 

 私も、相当な変態かもしれない。


 コイツは、隣のクラスの虐められ男子。


 お互いがお互い、虐められていて、自分の事だけでいっぱいいっぱいなのだ。


 こうやって放課後に体育館のトイレの個室で、元気な運動部たちの声をBGMに、便座を椅子代わりに座っているコイツの膝の上に向き合うように座り、抱きしめ合いながら、お互い囁く様に話しているだけの関係。

 

 顔は近いし、抱き合ってるのに、何もしない。


 コイツは、勃ってるし、私も濡れてる。 


 でも、お互い何もしない。


 お互いの“性”と“生”のギリギリを、肌と小声と心で感じている。


 そんな時間が愛おしい。


 コイツじゃなくて、この触れ合っている何が、生きてい実感と安堵をもたらしてくれる。


「血舐めるの好きって、言ってたよな?」

「うん。」

「生理の血も同じ味?」

「流石に……生理の血は、舐めたことないけど、普通の血とは違う匂いがする。」

「へぇ。」

「男子は生理ないもんね。」

「生理はなくても、精子はあるよ。」

「生理みたいに出ないじゃん。」

「男は自分で出すの。」

「え?」

「エロい妄想したり、そういうの見て自分で出さすんだよ。」

「生理みたいに強制的じゃないんだね。」

「なんか、大人になればなるほど精子って出なくなったり、エロい気分にならなくなるんだって。」


 その日も、運動部の部活の終了の掛け声が聴こえたら解散した。


 帰ってから祖父と祖母の小言を聴き、 食べた物を吐いて、下剤を飲む。食べてないから出るものも無さそうなのに、下剤を飲むと腹痛に襲われてお腹を下す。この痛みと寒気のゾクゾク感がたまらない。


 痩せすぎて体重も減らなくなってきた。


 肩と肋と骨盤は浮いてるのに、顔と足は浮腫んでいる。


 恐らく、顔の浮腫は、栄養失調と吐くことで下を向いている事が多い事と、足の浮腫も栄養失調からくる貧血による浮腫だ、とネットに書いてあった。


 ガリガリなのに栄養失調と下剤でしか排泄出来なくなったからか、肋骨は浮いているのに下腹はぽっこり出ている。……変な体型。


 気持ち悪い体型。


 体重が減っても減っても安心できない。


 本当は、吐くより、口に食べ物を含んで味わってから飲み込まないで吐き出すのが一番好き。


 そしたら体の中には何も入ってこないから。


 でも最近本当に体重が落ちなくて、この口に拭くんでは飲み込まないで吐き出してても、味覚が刺激されてカロリー摂取してしまっているのではないのだろうか、と思ってしまう。


 だから、リストカットをして血を抜いて少しでも体を軽くしようとしているのだ。


「痛った……。」


 考え事をしていたら、リストカットを失敗失敗変な切り方をしてしまった。

 

 絆創膏ではなく、大きめなガーゼが必要な感じだった。


「……やらかした。」


 ブツブツと私は、独り言を言いながらガーゼを当てた。


ーーーーー


 あの日以降、アイツは学校に来なくなった。


 連絡先も家も知らない。


 私達のことを知っている人間なんていない。


 だからアイツの噂話すら聴こえこない。


 何も聴こえてこないのに、私の心……いや、身体はアイツの肌のぬくもりと小声を覚えている。


 さみしくはなかった。


 アイツの小声の記憶が心地良い。


 あの変な傷つけ方をしてしまった傷口は、変な切り方をしてしまったから化膿していた。


 その傷口を舐めた時は、皮膚の中の肉片に舌が触れ、痛かった。


 ねぇ、白血球はどんな味だったと思う?


 私には独特の気持ち悪い匂いと、ブヨブヨした感じで、でもちょっとしょっぱかったよ。


★☆★Fin☆★☆

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