第6話 敗北の味、誓いの言葉

──トフィアダンジョン。

日によって難易度が桁外れに変わることから、気まぐれダンジョンの異名を持つ。

ある日はDランク冒険者でも難なくこなせる難易度であったり、ある日はAランク冒険者でも命を落とす危険があるほどの難易度であったり。

だがその反面、気まぐれの性質故にもたらす恩恵も大きい。

お宝のレア度に関しても気まぐれなのだ。

それは低ランク冒険者が国宝級の宝具を見つけて億万長者になったという話も聞くほどに。


ルイスたちが住む街クアイリスから馬車に乗って二十五分。

前方にダンジョンの入り口と思わしきものが見えた。


「あれがトフィアダンジョンの入り口よ。道中に話したとおり、このダンジョンはとても危険よ。あなたの力を見込んでいるから連れてきたけれど、私の指示には絶対に従うこと」


ルイスの前を歩いていた彼女は振り向くと、いつにも増して真剣味を帯びた顔で警告してきた。

無論、ルイスも彼女の意見には賛成である。

今までダンジョンなど潜ったことすらないルイスよりも、行き慣れている彼女の指示に従うのは当然だ。


「あぁ。分かってるよ」

「それじゃあ、行くわよ」




けたたましい断末魔がダンジョン内に響いた。

オレンジ色の長髪を靡かせながら、たった今倒したばかりの魔物から長剣を抜いたのはカーネルだ。

既にダンジョンに潜り始めてから二時間ほどが経過しており、少し息が切れていきた。

彼女は剣を振るって魔物の体液を払う。

納刀までの所作全てが洗練されていて、思わず見入ってしまう。


「さ、先に行くわよ」

「お、おう」

「何よ」


彼女は怪しげにスッと目を細めた。


「い、いやぁ別に。なんか俺必要ないかもなって思っただけだ」


ルイスは焦りながらも返答する。

彼女は自分の腕を見つめると、顔を上げた。


「そんなことはないわ。あなたの魔術での後方援護にはかなり助かっているし、私も少し疲れてきたわ。交代してくれるかしら」


彼女が単に疲労しているだけなのか、気を遣ってくれているのかは分からないが、どちらにせよ動きが鈍ってきているのは見て取れるので、交代することにした。


瞬間、ダンジョン内が大きく揺れ始めた。


「ッな、なんだ?!」


慌てふためくルイスをよそに、彼女の顔は段々と険しいものになっていく。

その様子に気づいたルイスは、何やらよからぬことが起こることを悟った。

少し時間が経ち、揺れが収まったかと安堵したのも束の間、少年少女の顔は驚きに染まっていく。

彼らの目線の先には、周りに凄まじい風を纏った全身真っ白なユニコーンの姿があった。

その姿は神々しさすら感じてしまうほどのものだった。


「うそ……」


呆然とする彼女に少年は指示を仰いだ。

少年の声で意識が起こされた彼女は、ハッとした顔で叫ぶ。


「逃げるわ! あんなの勝てるわけない!」


踵を返して逃げようとしたルイスとカーネル。

しかし、ユニコーンが咆哮を上げると幾つもの風の刃が出現し、一斉に彼らの背中に迫る。


「クッ、空の守護エアー・プロテクション!」


咄嗟に少年が行使した魔術によって、目の前に分厚い空気の壁ができる。

幾つもの風の刃が衝突するごとに増していくヒビ。

そしてついに空気の壁が破られた。

残りのそれを腰の短剣でなんとか抑えて、横にいなした。


「なんだこいつ……全く歯が立たねぇ。これじゃジリ貧だ! 俺が時間を稼ぐからお前はその隙に──」


ルイスが彼女を探すと、なんと彼女は後方で怯えながら座り込んでいた。

仕方なく彼女を両腕で抱え、ユニコーンがいる方とは逆の方向へ駆け出した。


「……ダメだわ。私を置いてって。このままじゃ……」

「そんなことできる訳ないだろ! お前は……初めてのパーティメンバーなんだ!」


どれくらい経っただろうか。

後ろを振り向かずにひたすらに走り続けたルイス。

奇跡的に見逃してもらえたのか、追ってくる気配はない。


「立てるか……?」

「……えぇ」


二人の空気は重く、次に口が開いたのはそれから三十分ほど後のことだった。


「本当に……悪かったわ。私のせいでこんな目に……」

「お前のせいなんかじゃない。それにほら、ちゃんと二人とも生きてるだろ」


彼女は顔を俯かせてしまった。


「全く……おらっ!」


次の瞬間、少年は自分の額と彼女の額をごつんとぶつけた。


「痛いっ! 何するのよ」


彼女は額を手で押さえ、上目遣いで抗議してきた。

それに対してルイスは、ふっと笑ってからこう述べた。


「そっちの方が、お前らしい」


彼女は少し顔を赤面させると、視線を逸らした。


「情けないところを見せたわ。私は──絶対にあのユニコーンに勝てるぐらい、強くなってやるわ」

「おうっ!」


無邪気にニカッと笑ってみせたルイスであった。

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