嘉一視点
Criminal
双子で良かったこと、悪かったこと。それぞれの側面がある。生まれてから22年が経つが、結果的に双子で良かったのかと言われれば、よく分からない。
自意識過剰とは言わないまでも、双子である俺たちは一段と注目される存在であったと思う。特に子供の頃は2人でいると、多くの人から「双子なんだ、かわいいね」と声をかけられた。
同じ年齢、そして同性の遊び相手が常にそばにいる。よくテレビゲームやレゴブロックで一緒に遊んだ。退屈することは無かったように思うし、色々なことや物を一緒に共有できる点については良かった。しかし、先ほど述べたように、もちろん良いことばかりではない。
小学生、中学生ともに、同じ学校に通う俺たちは常に比較された。学校というのは残酷なもので、頭の良さや運動神経などを点数化して人を評価する。通知表を見比べた時、どれも俐一の方が少し俺より上回っていた。負けず嫌いだった俺は少しでも自分の点数を伸ばそうと諦めなかったが、そんな俺を見て俐一も負けじと応戦するせいで結局俐一を上回ることができなかった。俺の比較対象はいつも俐一だ。「劣る方の嘉一」としてみんなから認識されている気がして、つらかった。
「2人とも全然性格違うよね」
よく言われた言葉。
俺たちは容姿は似ていても、性格は似ていなかった。アイデンティティが確立されつつある中学生の頃になるとそれが顕著に現れた。俺は無愛想な方だったが、俐一は社交的で愛想も良く、先生や生徒たちからの信頼も厚かった。当然、俐一の方が人から好かれるのは想像に難くない。
文化祭のミスターコン、顔は同じなのに、いち早く候補に名前が挙がったのは俐一の方だった。バレンタインだって、もらうチョコレートの数は俐一の方が多かった。成績も、人気も……俺は俐一の引き立てポジションでしかなかった。
しかし、そんな俐一の双子の弟であることは、同時に誇りでもあった。俺たちが廊下を歩けば、皆の視線は自然とこちらに集まった。双子が物珍しいというものもちろんあっただろうが、俐一が人気だからこその視線だ。俺はこの「人気者の兄貴の双子の弟」、という肩書を手に入れた。俐一と一緒にいることで俺もまた輝けたのだ。
でも、そんな肩書きさえも捨ててしまいたくなる出来事が後に起こることになる。後のことだ。
よく昔から言われてきた。「女の子みたいにかわいい双子」だと。パッチリな目に長いまつ毛、華奢な身体つきだったこともあってよく俺たちは女子に間違われた。俐一はそれを何とも思っていないようだったが、俺は違った。成長するとともに性に対する意識が大きくなり、だんだん女子に間違われることが嫌になってきた。
小学校の高学年の頃、周りの女子の胸が少し膨らみかけてきて――。こんなにも女性に間違われる自分は、実は女性の遺伝子も持っていて、他の女子と同じように急に胸が突然膨らみ始めるなんてことが起こるのではないかと本気で心配していた。早く背が伸びないか、声変わりが来ないかと切望していた。
幼少期、俐一がお絵描きをしている中、手持ち無沙汰になった俺はヒーローと怪獣の人形を戦わせて遊んでいた。
「がおー」
怪獣が街を襲い、ビルが破壊されていく。みんなが困って逃げ回る中、正義のヒーローが駆けつけて怪獣を必殺技で倒す。ストーリーは日によって変わるが、水戸黄門のように「家紋」を見せつけて、敵がひれ伏す定型があるように、俺の中のストーリーにも定型が存在した。それは、どんなに困難な状況であっても最終的に正義のヒーローが悪を討つことだ。弱き者を守るヒーローに俺はずっと憧れがあった。
悪を倒すためには、強くなければならない。……今思えば悪が何なのかもよく分かっていなかったが、とりあえず強くなりたいと思っていた。それはずっと変わらなかった。そんな俺は中学になって空手部に所属し、5段の顧問から直接極真空手の指導を受けた。
最初は筋肉も何もないペラペラの身体だったけれど、基礎練習や筋トレを重ねるうちに、筋肉が少しずつ大きくなるのを実感するようになった。本格的に成長期が来たのは高校の頃で、今思えば中学の頃の体格の変化は微々たるものではあったが、特に裸で鏡の前に立つと、以前の自分とは幾分も違うことが分かったし、俐一と並んでみてもそれは分かった。その目に見える成果が、俺に密かに自信をもたらしてくれた。
学校では相変わらず俐一が中心になっていたが、喧嘩なら今の俺の方が強いと確信できた。そう思うだけで、日常を楽観的に過ごすことができてきた。
そしてある日――あの光景を見た日。
それは中学2年生の頃。
本当に偶然のことだった。夕方、その日は顧問の急な体調不良で部活がなくなったので、簡単な自主練をして早い帰宅になった日だった。
家の前まで来てぼんやりと2階の方を見上げる、バイトでいないはずの姉の部屋の灯りが点いていた。家には俐一がいるはずだが……。怪しく思った俺は音を立てないように玄関の扉を慎重に開けて入り、そっと百子の部屋のドアの隙間を覗いてみた。姉の服を着た少女が化粧鏡の前に座っていた。
鏡に反射して見える顔――美少女だが、その顔は俺と同じだった。動揺し反射的に口元を押さえ、即座にその場から離れて自分の部屋に入ってすぐにドアを閉めた。少女の正体は紛れもない、俐一だった。俐一は女子のように化粧をし、真っ赤な口紅をほどこし、百子の服を着ていた。心臓が脈打つ。
まさか、俺の兄が――。人がいないこの時間を狙って女装していたというなら、その行為は俐一にとって後ろめたいものであることは想像に難くない。いったい、どういうつもりで……。
しばらく、何も考えられなかった。ただただ、ショックだったことは覚えている。
中学の頃の俐一は自由奔放で中性的な雰囲気を身にまとい、何事も卒なくこなすスマートさを持ち合わせていた。彼は男女問わず、誰とでもすぐに打ち解ける。当時は男女別のグループが普通だった中、俐一は男子とも女子とも仲良くしていた。休み時間に彼が女子と談笑していても何も違和感がなかったほど、俐一はよく溶け込んでいた。女子グループに男子が混ざることはイレギュラーなことだったが誰もそのことを指摘する人はいなかった。
そんな俐一がしきりに口にする男の名前があった。希翼、俺の元クラスメイトだ。放課後に二人で遊んだ話や、部活の後にご飯を食べた思い出など、希翼の話をするたびに俐一の瞳が輝き、笑顔がいつも以上に柔らかくなるのがわかった。
性格こそ違えど、俐一は俺の鏡だ。そこに友情以上の特別な感情がある、と俺は分かってしまった。
もしかして――俐一は希翼に見初められるために女になろうとしているのか。あの日見た、自分と同じ顔をした少女が希翼に寄り添っている姿を想像して机を強く叩いた。
冗談じゃない。
「俺は違う!!」
内では収まらず声帯を響かせながら発した言葉。男のために、女の真似事を進んでするなんて考えられない。俺は絶対ああはならない。
心のどこかでは何事も俺より一歩秀でている俐一のことを尊敬していた。俐一と双子で良かったと思っていた。でもあの光景を見てその思いは一瞬にして崩れたんだ。俐一と俺を一緒にして欲しくない、という思いがどんどん膨張していった。
そんな心境もあって、それ以来、俐一とどう接して良いのか分からなくなってしまった。そもそも、俐一を男として見て良いのか分からなかった。あいつはいつも通りのように接してきたが俺は「知ってしまった」のだ。そして、知ってしまったからこそ、今までのようにはいかなかった。軽蔑、罪悪感、嫌悪感、嫉妬心、苛立ち……血縁という断ち切れないつながりが、更なる心の迷路を作り出していた。このモヤモヤをとにかく誰かに吐き出したかった。
しかし、誰にこの事実を打ち明けることができるだろうか。双子である俺たちのアイデンティティは、一見して一体とされる。俐一の女装癖やその性的指向が明るみに出ることは、必然的に俺にも影響を及ぼすだろう。間違いなく、俺も同じような噂に巻き込まれる危険性がある。
だから俺は硬く口を閉ざし、この事実を誰に言うことなく、ただ自分の目の前のことに意識を集中して過ごして来た。高校からは俐一とは別々の学校に進学し、極力自分が双子であるということを人に言うのは避け、そして俐一とはつかず離れずの距離で今まで過ごしていた。
ただ、これまでで一度だけ百子にある質問をしたことがある。
「姉ちゃんはもしリーが男が好きって言ったらどう思う?」
化粧台に向かう姉は口を開けて鼻の下を伸ばしながらマスカラを塗っていた。俺の問いかけに百子は、「えー?」とだけ返した。
マイペースなところは俐一に似てると思う。だが、姉はいつも平等に俺らを扱ったし、正義感が強かった。俺と俐一のどちらかを特別扱いするなんてことはしなかったし、いつも正直だった。だから、そんな百子の意見が聞きたかった。
「いや、だから、俐一が――」
「別にどうもしない。どうでも良い」
姉は頬のあたりにチークを塗りながらそう言った。
面倒臭がっている。会話を続けようとしていない。明らかに興味がない。それはまるで、くだらない質問なんてするなと言いたげなようだった。俺は質問をしたことを後悔した。
距離を取るようになってからは平和に過ごしていたと思う。俐一の交友関係や恋愛に関しては首を突っ込まないようにしていたし、俺も自分の話をしないようにしていた。しかし、ある日のこと、俐一が幼馴染の詩音と交際しているという事実が耳に入った。その瞬間、疑問が心に湧き上がった。「本当にお前が好きなのは男なんじゃないのか?」
中学の時、詩音とはそれなりに仲良くしていたが、詩音と遊ぶ俐一は女同士で遊んでいるようにしか見えず、恋愛関係になるなんて想像もしていなかった。男前で高身長、貴公子にも似た希翼が好きだったはずの俐一が、小さくか弱い控えめな笑顔が特徴の可愛らしい女性を好きになるなんて……。
俺は思った。これは自分が男が好きだということを隠すためのカモフラージュに詩音が使われているのではないか、と。人の心を弄ぶ奴なんて最低だ。いつか、裏の顔が見えた時は、落とし前はつけさせる。そんな思いだった。
そして最近、偶然にも俺が入院した病院には希翼がいて、俐一は希翼と再会した。
それからというもの、俐一はどこかうわの空のように見えた。俺が何度言ったって聞きもしなかったタバコだって、希翼と再会してからは突然やめたのだ。どんなやり取りがあって俐一の心境に変化があったのかは知らないが、いつも俐一の身体を気にかけている詩音に同情せざるを得なかった。
そして、今――。
あいつは詩音が恐怖に苛まれている最中、放置して「
これが全てだろう。目の前で起こったことだ。
――――――――――――――
「知ってたんだ」
病院の廊下。目の前の俐一は弱々しく、生気のない声で言った。
「知ってた」
「そっか……。でも、僕が今好きなのは……詩音だよ。これは嘘じゃない。信じてくれないかな。……別れたく、ない」
「散々放置しといて、どの口が言ってんだ」
まだあくまで異性愛者を演じ続けるのかと怒りが募る。吐き捨てたように言うと、俐一はその場でへたり込んだ。絶望しきった表情だった。こんな俐一を見たのは初めてのことだ。
「バカな彼氏が電話に出ないから、俺に助けを求めるしかなかったんだろ。郵便のポストには大量の紙クズが入ってて、インターホンが鳴ってモニターを覗いたら刃物を持った人がそこに映ってたって言ってた。夜の良い時間に……怖かったろうな」
絶望しきった表情の兄を前に強い口調になる気力は起こらず、ひとまず俺は状況説明に徹することにした。
「カイが助けたの?」
「あぁ」
「詩音に怪我はないんだよね?」
「ねーよ。でも、俺がいなかったらどうなってたか……」
「……ありがとう。詩音を助けてくれて。……ありがとう」
俐一は泣きそうな声で言った。その様子を見ていると、これは演技じゃないように見えた。本当に詩音のことを想っているように見えてしまった。
やりづらい。泣きっ面に蜂――徹底的に痛めつけるのは好きではない。今の俐一にこの真実を伝えるのは酷な気がする。でも、知っておくべきだろう。遅かれ早かれいずれ知ることになるんだろうし。
「西村だった」
「……え?」
「ストーカー、西村だった」
空間にしばらく間が空いた後、俐一は口を開いた。
「冗談、でしょ……?」
俺だって、こんなこと信じたくなかったよ。奥歯を噛む。
「冗談でもなんでもない。リーを階段から突き落としたのも、西村だ」
俐一の目は大きく見開かれていた。
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