第47話 ささいな異変

祭りが終わった、次の日の朝。

珍しく遅くまで寝ていたアクスが、一階に降りてきた。

「おはよう」

サリアとリーナが、朝食を済ませた跡があった。

「ヘルガンは?」

「出かけてくるって。朝食と一緒に置き手紙があったわ」

ヘルガンの残していった紙を、サリアがアクスに渡した。

手紙には『出かけます。明日には帰ります』と、短い文章が書かれていた。

「どこに行ったんだ?」 

「明日には帰るって書いてんだから、どうでもいいでしょ」

リーナは冷たくあしらった。

「なんか機嫌悪いな」 

「はぁ?別に普通だけど?」

口ではそう言っているが、明らかに機嫌が悪い。

「昨日の事、まだ根に持ってんのか」

「昨日の事?」

「あーー!!何も言うな、殴るわよ!」

昨日のあのメイド姿は、知られたくないらしい。

おどす様に、アクスの口をふさいだ。


遅い朝食を終えたアクスは、特に用事も無いため、自室で過ごしていた。

アクスはベッドで寝転がりながら、天井をじっと見つめていた。

「どうしたんですかアクスさん?」

そばにいたジベルが、不思議に思い、問いかける。

「お前も昨日の事は覚えてるよな」

「アイスが美味しかったですね!」

「そっちじゃなくて、魔物の事だよ」

祭りの最中、町のすぐ近くにまで魔物が近づいていた。

魔物達はアクスによって倒されたが、その時のヘルガンの様子が、アクスは気になっていた。

「探してみるか」

アクスはヘルガンの気配を探り始めた。

探知能力に長けたアクスは、すぐにヘルガンの場所を突き止めた。

「居た、西の方だ。遠いな」

「西……海を渡ったんですかね」

西には海が広がっている。

海の真ん中には魔王城がそびえ立ち、さらに西へ行くと、大きな大陸がある。

「それじゃあ、港に行ってみるか」

アクスは家を飛び出し、町の港へ向かった。


町に着いたアクスは、港に居る船員にたずねた。

「昨日か今日に、ヘルガン来なかったか?」

ガタイのいい男は、首をかしげた。

「ヘルガン?知らねぇな」

「緑のローブを着て、小さな猫っぽいのと一緒にいる男だよ」

「……あぁ!あの野郎か…」

男は何故か、ヘルガンを思い出した途端、顔をしかめた。

「来たのか?」

「今日の朝方にな、小舟を一隻いっせきくれって」

「小舟で?どこへ行ったんだ?」

「西の大陸に行きたいって言ってたな。まったく、迷惑な野郎だぜ」

「そうか……ありがとな」

アクスは礼を言い、港から離れた。

「西の大陸……何があるのか見当も付かないな」

情報を得たものの、地理にうといアクスは、話し以上の情報は得られなかった。

「あっ、居た!」

前からサリアの声が聞こえ、顔を上げる。

「もいきなり飛び出してどこ行ってたのよ!」

「世話が焼けるわね…」

心配したサリアとリーナが、町まで探しに来ていた。

「ちょうどいいや。さっき船乗りのおっちゃんに聞いたんだけどな、ヘルガンのやつ、朝方から小舟で出かけたらしい」

「小舟で?どこへ?」

「西の大陸だってさ」

「西の大陸?……もう少し情報が欲しいわね。もう一度、詳しく話を聞きに行きましょう」

「私はパス。そっちはあんたらに任せるわ」

リーナだけが港へ行かず、人混みの中に消えていった。

「リーナ!?……まぁいいか。じゃ、二人で行きましょ」

二人は港へと向かい、アクスが話を聞いた男から再び話を聞いた。

「またお前か。今度は何だ?」

「ヘルガンの様子を聞きたくて」

「様子?知らねぇよ!」

男は徐々に苛立いらだちを見せ始めた。

「何でもいいんです、何か知りませんか?」

「ん?あぁ…そうだな」

サリアが話しかけると、態度がやわらいだ。

「あー……妙に興奮してたって言うか、落ち着きが無かったな」

「………そうですか、ありがとうございます」

サリアは頭を下げ、礼を言う。

男はほおを赤く染める。

「良いってことよ。で?乗んのかい?」

「いえ、それはまた今度」

二人は港を後にした。

「それでサリア、何か分かったんだろ?」

「ええ。まずはリーナと合流しましょ」

「あっ、そっちは何か分かった?」

いつの間にか、リーナが二人のそばに居た。

「どこ行ってたんだ?」

「ギルド。あんたとヘルガン、二人で魔物退治したんでしょ?昨日の夜」

一枚の紙を、二人に差し出した。

それには、昨日アクス達が倒した魔物達の詳細しょうさいな情報が書かれていた。

ことの証人として、ヘルガンの名前が記載きさいされている。

「知ってたなら来てくれよ」

「あんたがいたし大丈夫でしょ。私は忙しかったし」

「ふ〜ん……で、これがどうした?」

「こいつらの武器についてる模様もようを見て」

アクスとサリアは、言われた通りに武器の模様もようを見た。

「それ、ウェボー国の模様よ」

「…って事は、やっぱり!」

サリアが得心がいったように頷いた。

「やっぱり?」 

「西の大陸って聞いてから考えてたのよ。ヘルガンが向かったのは、鎖国国家ウェーボよ」

ウェーボ国とは、西の大陸にある一つの国。

古くから他国との交易をせず、国の内情は誰も知らない。

「鎖国国家って何だ?」

「簡単に言うと引きこもり。他国と一切交流しないのよ」

「私も世界中旅した事はあったけど、その国には入った事無いわね。なにせ、海には巨大な魔物、陸には巨大な壁。入る隙が無いわ」

「まるで見たことがあるような物言いね」

「それよりも、ヘルガンを探しに行こうぜ」

「そうね。あの国の情報は全然無いから、念入りに準備して行きましょ」

三人は急いで準備をした。

居なくなったヘルガンを追い、小舟で海を渡る。


港から出港して一時間。

ようやく町が見えなくなってきた。

「さすがに小舟じゃ遅いわね」

「仕方ないでしょ、大きな船には乗せてくれないし!」

「まぁ、危険な場所には行きたくないでしょうね」

先程さきほどの船乗りに目的地を告げたところ、乗船を断られた。

仕方なく、三人は小さな小舟で海を渡るはめとなったのだ。

「たくっ!ヘルガンのやつ……会ったらぶん殴ってやる…!」

「まぁまぁ…」

今朝から機嫌の悪かったリーナは、さらにイライラしていた。

「ちょっとアクス!そろそろぐの代わりなさいよ!」

リーナが、向かいに座っていたアクスに声を掛けると、ゆっくりと顔を上げ、青ざめた顔を見せた。

「アクス!?どうしたの!」

「………は、はきそう」

アクスは船に乗ったのは初めての事だった。

ゆえに、船酔ふなよいの事などまったく知らず、出発前に昼飯を食べ過ぎたのだった。

「我慢しちゃ駄目よ、早く出しちゃいなさい。あ、海に出すのよ海に」

「まったく……!」

リーナは船のオールをがっしりつかみ、いきなりスピードを上げた。

怪力から出されるスピードはすさまじく、海に大きな波を立てながら進んでいく。

「ちょっ……!なんで急に…」

「うっさいわね!あんたがゲロるから早く陸に上がろうしてんのよ!」

「もっとゆっくり……おぇ!」

リーナは聞く耳を持たず、小舟は加速し続けた。

「ちなみに……あと何時間かかる?」

「大陸まで遠いし、このスピードでも一日はかかるかな」

「うぇぇぇ……勘弁かんべんしてくれ…」

アクスはすでに限界で、腹の中の物を全て吐き出した後も、何度も海に胃液を吐き出していた。

「ん?」

突然リーナが、スピードをゆるめた。

「どうしたの?」

「下から来る!」

海の中を見ると、大きな黒い影が見えた。

黒い影は、小舟の真下へと潜り込んだ。

「ちっ!」

リーナは急いで小舟を移動させた。

影から離れた途端、海の中から巨大なタコの足が突き出てきた。

「クラーケン!!」

海底に潜み、海上の船を襲う魔物。クラーケン。

タコやイカに似た姿をしているが、大きさはタコやイカの十倍以上とされている。

三人を襲ったクラーケンは、クラーケンの中でもかなりの大きさのようだった。

「もしかしてこいつが、海に潜む魔物!?」

「おそらくそうね。まだ大陸からは離れてるのにも関わらず仕事熱心ね!」

飛び出てきた足を狙って、リーナが火球を放った。

火球は見事命中。

海の底から、悲鳴の様な声が聞こえた。

それと同時に、逃げる様に海中に足を引っ込めた。

「まだいるわよね?」

「いるわ」

二人は海の底を警戒した。

アクスは未だに調子が戻らず、呑気のんきに寝ていた。

「アクス!!魔物来てんのよ!!」

リーナの怒声どせいで、アクスが驚いてその場から飛び上がる。

「なんだよ…?」

「魔物!殺せ!」

「えー……分かったよ…」

やけに当たりの強いリーナを恐れ、アクスも海の中を警戒した。

「ん?離れてくぞ」

「………本当ね、諦めたかしら」

気配の分かる二人は、クラーケンの動きを読み、逃げたと思った。

しかし、それは間違いだった。

「ん?まずい、飛んで来るぞ!!」

魔物の気配が、突然三人に向かってきた。

アクスが叫んだ時にはすでに遅く、クラーケンが海の中から小舟に向かって飛んできた。

余りにも突然な事態に、三人は対処出来ず、小舟は破壊された。

小舟から放り出された三人は、海に落ちた。

三人は、急いで海面へ上がろうと泳ぐ。

もう少しで浮上出来るとこで、三人は海底へと引っ張られていった。

クラーケンの長い足が、三人を捕らえていた。

三人は体の自由を奪われ、クラーケンの足で体を圧迫された。

溺れ死ぬか、圧死するか、死がすぐそこまで近づいていた。

しかし、三人が死を受け入れる事は無かった。

初めに、リーナがクラーケンの足を力づくで引きちぎった。

自由になったリーナは、海の中で力を解き放った。

リーナの赤いオーラが、海水をもはじいた。

「タコ風情ふぜいが邪魔すんじゃないわよ!!」

クラーケンに今までの怒りをぶちまけ、にらみつける。

リーナに続いて、アクスがクラーケンの足をこおらせ、氷となった足を破壊した。

自由を取り戻し、サリアを捕えていた足をも切り裂いた。

「アクス!こいつを、上に上げなさい!」

息の出来ないアクスは、こくりと頷いた。

氷で巨大なもりを作り出し、クラーケンに向けて投げつけた。

クラーケンの体を貫通したもりは、アクスの手によって真上に飛んでいった。

もりと共に飛んでいったクラーケンは、海を出て、空へと飛んでいった。

それを追って、リーナが跳び上がる。

『レッド・バレット!』

炎を宿やどした右手で、クラーケンを殴った。

「ふっ飛べぇ!!」

クラーケンの巨体を打ち上げた。

海に落ちたクラーケンは大きな水しぶきを上げ、水上にぷかぷかと浮いてきた。

「助かったよリーナ」

アクスがリーナに向かって手を振ると、リーナは顔をそむけて鼻を鳴らした。

「ふん…」

「まだ怒ってのかあいつ…」


戦闘を終えた後、アクスは氷で船を作った。

先程さきほどまで乗っていた小舟と同じくらいの大きさの船だ。

「よし、乗っていいぞ」

「小さいわね。もっと大きく出来ないの?」

贅沢ぜいたく言うなよ。これ以上は疲れる」

「むしろ手漕てこぎなんだから、小さい方がいいわよ」

「いや、これ手漕てこぎじゃないんだよ」

アクスがそう言うと、船が勝手に動いた。

速く、安全に、船は進み始めた。 

「船の底に、氷で足ヒレの様な物を付けて動かしてんだよ。便利だろ?」

「「最初からそうしろ!!」」

今の今まで手漕てこぎでいできた二人は、声を合わせてアクスを怒った。













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