第46話 約束の夜

アクスは急いでいた。

サリアと花火を見る約束をしていたのだが、トラブルに合って、約束の時間をすでに過ぎていた。

二人っきりでとの約束のため、ジベルを一度家に帰す必要があった。

そのため、余計に時間がかかっていた。

暗い街道かいどうを駆け抜け、町へと着いたアクスは、約束の場所へと急いだ。


先に待っていたサリアは、念入りにおしゃれしていた。

アクスがおしゃれに興味が無い事を知っているが、それでも、多少でも気をきたいと思うサリアだった。

アクスが来るまでのあいだ、サリアは町の時計を何度も見た。

時間を過ぎてもなお来ないアクスを心配していた。

しかし、そんな心配は不要だった。

民家の屋根から、アクスがサリアの目の前に降りてきた。

「遅い!」 

「悪い!いろいろあって遅れちまった」 

手を合わせて頭を下げるアクス。

その時、サリアが妙な事に気がついた。

「アクス、その手袋はどうしたの?」

普段のアクスなら、たとえどんなに寒い日でも手袋なんてしない。

それが妙だと思ったサリアは、無理矢理手袋を脱がした。 

脱がすと、左手が氷の義手になっていた。

「ちょっと、これどういうこと!?」

「いや…これは、その……」

少し前、アクスは魔物のとの戦闘で、左手を失っていた。 

アクスは怒られると思い、身構えた。

「まったく……怪我したら言いなさい」

ところが、怒る事もせず、新しく左手を創ってくれた。

「ごめん…」

「別にいいわよ。おおかた、魔物でも退治したんでしょ?だったら怒れないわよ」

アクスの怪我を治すと、サリアはほおを赤らめ、アクスにたずねた。

「それよりどうかな?今日の私…」 

「いつも通りだと思うけど」

「違うでしょ、よく見て!」

アクスはサリアをくまなく見つめた。

今日のサリアは、白いワンピースを身に着け、普段はしない化粧けしょうもしている。

しかし、アクスがそれを見たところで、大した感想は出てこなかった。

「いつも通り、綺麗きれいだな」

「他には?他に感想は無いの!?」

サリアがアクスに詰め寄る。

あまりの圧に、アクスがうろたえる。

「………まぁいいわ。それじゃあ、そろそろ行きましょう」

緩急の激しいサリアに、アクスは訳が分からなかった。


二人は町の中を、サリアがアクスの手を握って、引っ張るような形でめぐっていった。

サリアは祭りでしか見られない、珍しい物に興味が向いていた。

ある店では、祭りの日限定のケーキが目に入った。

残り一点と書かれており、サリアは急いでそれを買った。

「限定ケーキだって!一緒に食べましょ。あっ、一人で全部食べたら駄目だからね」

二人は一つのケーキを、仲良く食べあった。

「あっ!アクスがイチゴ取った!!」

「あ、悪い。はい」

食べる前だったイチゴを、サリアの口に突っ込んだ。

いきなりの事で、サリアが固まる。

イチゴを味わいながら、顔を赤くして、アクスに詰め寄る。

「何だよ?イチゴ食べたかったんだろ?」

その後、口にするのも恥ずかしく、サリアは何も言わなかった。

また、別の店では、弓矢を使った的当てにきょうじた。

「見て見て、あれやりましょうよ!」

弓を使い慣れてないアクスは何度も外した。

逆にサリアは慣れているのか、次々と的に当てていく。

「慣れてるんだな」

「ええ。これでも、色々武器を使えてね。剣に槍に斧も使えるわ」

最後に放った矢は、見事命中。まさに百発百中。

「やった!やった!」

子供の様に飛び上がり、嬉しそうに笑う。

しかしやり過ぎたのか、店から出禁をくらってしまった。

多くの景品を抱え、複雑な顔で店を後にする。

「大丈夫か?」

「大丈夫よ。なんだかんだ楽しかったし」

すぐに笑顔を取り戻した。

その後も二人は、祭りを楽しんだ。


祭りも終わりが近づき、花火が上がる時間がせまってきた。

二人は、花火がよく見える所へ移動するが、そこはすでに人でいっぱいだった。

「ここも人いっぱいね……」

「花火は見れるだろ」

「二人っきりで見たいな…」

サリアはどうしても、アクスと二人で見たいらしく、すがるようにアクスの顔を見上げた。

「………よし、わかった」

アクスはサリアを背負い、町から少し離れた山まで登った。

町を見下みおろすことができ、ここからなら花火もよく見えるだろうと、アクスが選んだ。

「いい場所ね、ありがとう」

サリアはアクスに寄りい、花火が打ち上がるのを待っていた。

「………花火が上がるまでひまだし、何か話さねぇか」

時間がかかると判断したアクスが、サリアに提案ていあんした。

「そうねぇ……世界最強の男の話とかどう?」

「詳しく頼む」

アクスが食いついた。

子供の様に目を輝かせるアクスに、サリアが優しくほほ笑む。

「私のお母さんの知り合いにラードって人がいてね」

アクスはその名前に聞き覚えがあった。

「ラードって……伝説の勇者の名前じゃねぇか」

「多分、その伝説の勇者本人よ」

「勇者本人?かなり昔の人だろ?」

アクスは、サリアの言う事とは言え、どうにも信じられなかった。

「以前、王子に伝説の勇者の本を見せてもらったでしょ、あれの作者が私のお母さんなのよ」

以前、国の王子に見せてもらった本には、伝説の勇者と共に旅をした者の記録が綴られていた。

それを執筆したイリア。その人物こそが、サリアの母だと言うのだ。

「なんで、自分の母親って分かるんだ?」

「名付けのセンスが同じだから」

アクスは本の内容を思い出した。

「ああ、“ヘルカッター”とかいうやつか」

「かっこいいでしょ」 

「うん?………うん」

センスとは無縁なアクスは、適当に流した。

「それでね、私のお母さんとラードさんは昔からの仲らしくて、私にも色々話してくれたの」

「へ〜…それで、伝説の勇者ってどれぐらい強いんだ?」

「聞いた話だと、地球に現れた邪神やら破壊神やらを圧倒したとか」

「人間なのに神より強いのか………」

突然アクスが、サリアの身体からだをじろじろ見た。

「どうしたの?」

「サリアって神様の割に、あまり強くないよな」

「それはだって、本気の状態見せてないから」

「じゃあ見せてくれよ」

「ダメ。非常時意外、神の力を行使するのは禁止されてるの」

「ケチ」

アクスは不満げに、ほおふくらませた。

しかしどんな事を言おうと、サリアは軽く受け流した。

「はいはい。いくら文句言ってもダメよ」

「何でもするからさ、頼む!」

「な…何でも…?」

何でもという言葉に誘惑され、サリアの心が揺らいだ。

「……何でもでもダメ!!」

しかし最後には、きっぱりと断った。

「それよりも、他の事話しましょう」

話題を無理やり変えようと、サリアが新しい話題を提案する。

するとアクスは、意外にもすんなりと受け入れた。

先程さきほどの事は、諦めがついたようだ。

「そうだ、聞きたい事があってさ、人間と精霊で子供出来たりするのか?」

「子供?出来ないわよ、仕組みが違うもの」

「そっかぁ……」

アクスは残念そうに、気を落とした。

「俺って何なんだろうな…」

「………きっといつか、分かる時がくるわ」

サリアは、優しく言葉を掛けた。

その様子は、いつもよりも優しいと、アクスは感じた。


二人が話している内に、町の方がより騒がしくなっていた。

「おっ、そろそろかな?」

町から小さな光が打ち上がり、大きな花火が夜空に輝いた。

続けて打ち上がり、大きな音と共に、綺麗きれいな花火が広がる。

「たーまやー!!」

サリアが大声で叫んだ。

「なんだそれ?」

「知らないの?花火が打ち上がった時は、こう叫ぶのよ」

また一つ、花火が打ち上がると、今度はアクスが叫んだ。

「たーまやー!!」

子供の様に無垢むくなアクスに、サリアは笑顔を見せた。

それからも花火は打ち上がり続け、静かな夜空をにぎやかにした。


長く続いた祭りは、最後の花火が打ち上がると、終わりを告げた。

「終わったな…じゃ、帰るか」

アクスはここへ来た時と同じ様に、サリアを背中におぶろうとした。

ところがサリアは、それをことわった。 

「どうした?」

「その……ゆっくり、歩いて帰らない?」

アクスの手を握りしめ、隣に寄りった。

「ん?まぁいいけど」

二人は手を握ったまま、ゆっくりと一歩ずつ歩いて家に帰っていく。


山を降り、町を通り、長い道のりを歩き続けた。

先程さきほどまでと違って、サリアは随分ずいぶんと静かであった。

「ねぇ、アクス」

不意に、サリアが話しかけた。

「私ね、秘密があるの。簡単には話せない秘密」

秘密と聞いて、アクスは興味深く耳を向ける。

「アクスには話しておこうと思って……」

サリアは、アクスの両手を強く握った。

「その話を聞いても、まだ私の事を…好きでいてくれる?」

涙の混じったひとみで、アクスに訴えかける。

その涙は、恐怖と悲しみによるものだった。

「サリア……?」 

アクスは動揺どうようし、頭が驚きで満ちていた。

しかし、アクスの答えは決まっている。

「当たりまえだろ。嫌いになんてなるもんか」

まっすぐな目で見つめ、思ったままの言葉を伝えた。

「……うん、うん!ありがとう!」

サリアの涙は嬉し涙へと変わり、アクスに抱きついた。

抱きついた状態のまま、アクスの耳元で語り始めた。

「私ね、お母さんの細胞から創られたの」

「創られた?」

「創られたと言っても、ちゃんとお腹で育てて産んでくれたんだけどね。普通とは少し違って、お母さんは自分の細胞を使って、妊娠したの」

とても理解しがたい話だった。

人間では想像もしない、おかしな話に、アクスは理解しきれていなかった。

サリアは、そのまま話を続ける。

「父親が居ないもんだから、変な噂もされてね、小さいころは友達なんていなかった…」

「そうか……だから他の宗教からあんなに嫌われて…」

サリアこと、癒やしの神ヒーラを崇める宗教は、他の宗教からやけに嫌われいた。特に理由も無くだ。

アクスの拳に、ひそかに力が込もる。

次第に、サリアの声が弱々しくなる。

「お母さんも忙しくて、私…寂しかった…」

抱きしめる力がより強くなった。

「アクスとこうして旅が出来て嬉しかった。だからねアクス……私のことを、一人にしないで……」

サリアの想いに、アクスは優しく抱き返して答えた。

言葉ではない答えに、サリアはいつもより嬉しそうだった。

「私もねアクスと一緒。最初は私という存在が分からなかった。でもずっとじゃない、だから安心して。きっといつか分かる時が来るから」

「ああ……ありがとう、サリア」

二人は道端みちばたで、しばらくのあいだ抱き合い、長い夜を共にした。

そうして長い時間が経ち、二人は家に帰っていった。

「おやすみなさい、アクス」 

最後にそう言い、二人は眠りに就いた。
















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