第43話 旅立ち

花の精霊フランシスの作り出した木の根に乗り、私とユリは巨大な氷像に近づいて行く。

恐らくそこに、ブルーフも居るのだろう。

やつとの距離がちぢまるたびに、胸の鼓動こどうが大きくなっていく。

あんな大口を叩いたのに、何も作戦なんて無い。

こんな時、姉さんなら……

「先輩!」

びっくりして、体が大きくね上がった。

ゆっくりと、ユリに視線を向けると、期待きたいのこもった目でこちらを見てくる。

やめて……私は別にすごくないの。

姉さんは、魔法や武術にさらにら知能にすぐれ、名家めいかの名にじない完璧な人間。

なのに私は、同じ家に生まれたのに欠陥けっかんを持って生まれ、従来の魔法も使えず馬鹿にされてきた。

それだけじゃない、空間魔法を作った姉さんに憧れて、新しい技を作ろうと私は試した。

そして……私は……姉さんを、そしてユリも…

「上から来ますよ!」

ユリの声を聞いて上を見ると、氷像の腕がってくる。

ユリをかついで、その場から大きくんだ。

私達が乗っていた木の根は、氷像によって砕かれた。

「逃さんぞ!」

もう片方の腕が、私達に向かってってくる。

かわしきれない。そう判断し、ユリを下へと落とした。

「先輩!?」

その直後に、氷の腕が私をつかんだ。

巨大な腕で私を握りしめてくる。

ただでさえ、さっきので全身が痛いのに…ちくしょう…!

声を出す事も出来ず、意識が徐々に薄くなっていく。

「先輩を離せ!『マカルカル!』」

ユリが放った炎の魔法が、氷像の腕を貫いた。

地面へと落ちていく私とユリを、フランシスさんの木の根っこが助けてくれた。

「大丈夫ですか先輩!」

「だい…じょうぶ…」

強がったが、すでに右腕と左足が動かない。

でも…私がやらなきゃ…!

「先輩……失礼します!」

ユリが私のほおを叩いた。

呆気あっけに取られていると、ユリが涙を流しながら口を開いた。

「先輩はバカです!どうして相談してくれないんですか!?」

「な…なんのこと…」

「本当は作戦なんてないんですよね」

「…………」

「どうして黙るんですか!」

「………仕方ないでしょ!」

「っつ!」

「私なんて姉さんに比べて弱いし!姉さんに比べて頭も悪い!私に出来る事なんて体張るぐらいしか…」

「だからバカなんですよ!」

再び私のほおを叩いた。

「どうして、私を頼らないんです?」

「………それは」

私は何も言い返せなかった。

『それは貴女が憎いから』

頭の中で、私の姿をしたやつがそう言っているのが聞こえた。

「違う!私は……!」

「先輩……私だって覚悟ぐらいあります。なので先輩は、私の覚悟を無碍むげにしないでください」

「ユリ…」

ユリが私の手を取り、すがるように握りしめた。

「私が時間を稼ぎます。先輩は、奴を倒してください。お願いします」

そう言うと、私の手を離して地面へと降りた。

「ユリ!!」

ブルーフに向かって走り出し、無謀むぼうにも攻撃を仕掛けていく。

氷像の足元へと近づくユリに、ブルーフも気づき、氷の弾を発射する。

それをかわしながら、ユリは魔法を唱える。

『マカルカル』

炎の玉をぶつけるが、まるで効いていない。

さっきの攻撃は効いていたが、魔力を使い過ぎていたのか、威力が低い。

「ユリ…!」

『でしゃばり』

『弱いくせに』

まただ、私の脳内に自分の声が流れ込んでくる。

「…ふざけんな!私達の邪魔すんじゃないわよ!!」

声が静まり、私は集中し始めた。

その場に右膝みぎひざき、体がなるべく揺れない様にする。

動かない右腕を左腕で支え、ブルーフに指を向ける。

人差し指と中指の指先に、魔力を集中させていく。

問題は、倒す方法。

氷像は壊れてもすぐに再生してしまう。おそらくはブルーフ本体が氷像のどこかに潜んでいるはず。

でも分からない、どれだけ探っても居場所が分からない。

落ち着け私、集中するのよ。

呼吸を整えて、氷像に意識を集中させる。

巨大な頭のてっぺんから、体の隅々すみずみまで調べあげ、ようやく見つけた。

「くらえ!」

指先に集中した魔力を放った。

光の一撃は、衝撃で私の体をも吹っ飛ばし、氷像の胸を貫いた。

貫かれた胸から、大量の血が吹き出た。

「グギャアァァァ!!」

ブルーフの声だ、まだ生きてる!?

「こんの!クソガキがぁ!」

氷像の腕が、私に向かってってくる。

「先輩、避けて!!」

体が動かない……やっぱり、私なんかじゃ……

「諦めないで!」

当たる寸前に、大きな木の根が氷の腕を防いだ。

「リーナさん、貴女に私達の力もあげます。もう一発撃ってください」

フランシスさんの声で妖精達が集まってくる。

妖精達が私の体に触れ、魔力を分け与えてくれる。

でも……私じゃ…

「リーナさん、貴女には力があります。それがたとえどんなものでも、自分の力を信じなさい」

フランシスさんの言うことに、私はなんとなく察した。

おそらくはあの声、あれの事を言っているのだろう。

………正直言って嫌だけど、今だけでいい、力を貸して!

再び、右手の指先に魔力を溜める。

たださっきとは違う、体の中から感じた事のない力を感じる。 

真っ黒で気持ち悪い、強い力。

黒いモヤが、指先に集まる。

指先を奴に向け、発射体勢に入る。

不思議と不安は無かった。

確実に当てると、そう思っていたからだろうか。

こちらの攻撃に気づいて、ブルーフが氷像の中を高速で移動する。

でも、無駄よ。

「くたばれ」

放った一撃は音も無く、螺旋状になった光がブルーフ本体を貫いた。 

叫ぶ事もなく、氷像から大量の血が流れ落ちた。

じきに氷像は崩れ、ブルーフの完全な死を確認した。

「やっ…た……!」

すっかり安心し、私の意識が消え始めた。

「先輩!先輩!!」

遠くからユリが走って来るのを見て、完全に意識が途絶とだえた。


目が覚めると、星がかがやく夜空が見えた。

周りを見渡みわたすと、どうやら学校のようだった。

「目が覚めましたか!」

「ユリ…!無事?」

「はい!元気ですよ」

「よかった……」

ひとまずほっとした。

「……ごめんなさい、ユリ」

「え?」

「私は、危険だと分かっていたはずなのに、あの力を使ってしまった」

「あの力…?あっ、あの怖いやつですか。あれって何なんですか?」

「………あれは、私が十歳のころ……」


姉さんが空間魔法を作った時の事だった。

「お姉ちゃんすごい!新しく魔法を作るなんて!」

「ありがとうリーナ。リーナに褒めてもらえるのが、一番嬉しいよ」

姉さんは従来の魔法だけではなく、私と同じ様に昔の魔法も使えるすごい人だった。

そんな姉さんに、私は憧れた。

「すごいなぁ…私もお姉ちゃんみたいに何か出来るかな?」

「リーナも頑張れば出来るさ」

「うん!!」

それから私は一生懸命に勉強し、ある技を思いついた。

脳のリミッターを外し、肉体の強化をはかる技。

私は王都から離れた森の中で、早速試してみた。

気づけば病院のベッドで寝ていた。

初めは記憶が無かった。だから意味が分からなかった。

全身が痛かったが、周りの状況が気になって部屋の外へ出てみた。

廊下で二人の看護婦が話していた。

「見た?あのお嬢さん、ガデン家の長女さんですって」

「見た見た、右目に赤い爪痕つめあとがあったわ。回復魔法でも治らないんですってね」

「婚約したと聞いたのに、あれじゃあ破談はだんされるわね」

「可哀想に…」

それを聞いた私の足は病院の外へと進み、気がついた時には川の前に立っていた。

死んでつぐなおうとでもしたのだろう、川の中に入ろうとしていた。

すると背後から、姉さんに抱き止められた。

「ダメだ!!馬鹿な事は止めろ!!」

姉さんは、右目が痛みながらも私を止めに来た。

「お姉ちゃん……わたし……」

「言うな!大丈夫だ、大丈夫だから!」

姉さんは泣きながら、私を力強く抱きしめた。

病院へと連れて帰られ、姉さんは私にすべてを話してくれた。

紅いオーラ、獣のような姿、右目の爪痕つめあとの事。

話を聞くたびに、後悔やら悲しみやらで胸が押しつぶされそうになった。

それと、私は決心した。姉さんの傷を治す方法を探すために外の世界へ行こうと。


「そんな事があったんですか……」

「黙っててごめん。あれを使う機会なんて、無いと思ったから」

「それは別にいいです、結果的に助かったんですから」

「でも……」

「その話はもう禁止!それよりもほら、見てくださいこの服。私達の近くに置いてあったんですよ、きっとフランシスさんがくれたんだと…」

「どうして!姉さんも、あんたも気楽にしてられるのよ!」

「えっ!?」

「姉さんは右目を潰され、その後の人生も狂ったのに、笑って許してくれた。

あんたも、姉さんの様になるかもしれなかったのよ!?私のせいで!

なのに、なんで笑ってるのよ…」

「それは先輩が好きだからです」

思いがけない返事に、一瞬思考が止まった。

「…………そんなことで…」

「充分な理由ですよ?」

私は涙を流した。

自分のバカさに、周りの人たちの優しさに。

まるで子供の様に泣き崩れてしまった。

「大丈夫ですよ先輩」

温かい手が私の頭をでる。

それが今は、とても嬉しい。

「リーナ!」

声が聞こえてくる。

少しずつ大きくなっていく声と共に、あかりが見えてくる。

その声は、私がよく知る声だった。

「リーナ!!無事か!?」

「姉さん…」

姉さんは私を見てすぐに、ランタンを捨て、私を抱きしめた。

「心配したんだからな……!」

抱きしめる力は強く、耳元では姉さんの泣く声が静かに聞こえてくる。

「……ごめんなさい」

暖かい優しさに、私は眠ってしまった。


あの後、目が覚めたら母さんと父さんにこっぴどく説教された。

途中でユリが弁護べんごしてくれたおかげで、許してもらえた。

それから時はさらに流れ、学校を卒業した。

ようやく長かった学校生活が終わった。

この家を出るという事だ。

昨夜の内に、母さんと父さんには改めて話した。

母さんは、元々学校を出たら好きにしていいとの約束だったので、特に何も言われなかった。

父さんは、男のくせに泣きついてきてうるさかった。

姉さんは……今は顔を合わせたくなかった。

準備は済ませ、家を出ようと部屋の扉を開けた時、姉さんが立っていた。

「姉さん……」

「少し…いいか?」

黙ってうなづいた。

「本当に行くんだな?」

「うん…」

「そうか……なら止めはしない。ただ、必ず無事に帰ってこい。たとえ、なにも見つからなくてもだ」

「…………うん」

姉さんの手が私のさすった。

「気をつけてな」

「…うん!」

私は部屋を後にし、家を出た。

すると、家の前でユリが立っていた。

「ユリ…なんでここに?」

ユリはほおふくらまし、私をにらんだ。

「先輩…私、怒ってるんですけど」

「え?……なんで?」

「あれ以来、ずっと様子が変じゃないですか!」

「いや……私は別に…」 

「私、避けられてます?」

「そんなことは……」

「だったら!前みたいに、もっと強気できてくださいよ!先輩のおたんこなす!」

「は、はぁっ!?誰がおたんこなすよ!」

「ふふ、ようやく戻ってくれましたね!」

「え、あ!いや、いまのは」

「いいんですよそれで、私はそっちのが好きですから」

ニコリと笑い、私に抱きついてきた。

「ちょっ…苦しいからやめろ」

「ああっ!ごめんなさい…」

「それで、わざわざあおりにきたわけ?」

「違いますよ!挨拶あいさつと、私も冒険者になるって事を話しに来ました」

「………あんたも?」

わざわざ冒険者にならなくても、こいつなら普通にいい所で働けるだろうに。」

「ほら、先輩これ!」

ユリがかばんから、黒いローブを取り出した。

それは、花の精霊フランシスさんから貰ったおそろいのローブだった。

「私、卒業したら先輩の後を追うんで、その時に先輩がフリーの冒険者だったら、一緒にコンビ組みましょうね!」

「コンビね………ま、考えとくわ」

「本当ですか!じゃあコンビ名は、このローブの背中の模様もようにかけて、花の魔術師たちとかにします?」

「ふふ…いいんじゃない?」

「えへへ……」

私達は共に笑いあった。

「それじゃあ…そろそろ行くわ」

「はい!気をつけてくださいね、先輩」

「ありがと」

その場で別れ、私達はそれぞれの道へ行った。


いよいよ王都の外へと出る。

何度も深呼吸をし、気持ちを落ち着ける。

準備が整い、今外へ踏み出す。

何の希望も、当ても無い旅になるだろうけど、不思議と気持ちが明るかった。

今度帰って来るときは、必ず姉さんの傷を元に戻せる方法を持って帰ってくる。

そうちかい、故郷こきょうにしばしの別れをげた。











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