第33話 伝説の黒龍

王都を出てしばらくのこと、馬車でフェーバが突如話し始めた。

きみたちに言っておきたい事がある。ただしこの事は決して誰かに話してはならない」

小さな声で話し始めたフェーバに、四人が息をんで注目した。

「実はとりでの近くに、伝説の黒龍こくりゅう死骸しがいが埋まっているんだ」

ヘルガンが目を輝かせ、真っ先に聞き返した。

黒龍こくりゅうってあの伝説の!?」

「ああそうだ」

それを聞いて、ヘルガンはさらに興奮した。

黒龍こくりゅうって…たしか絵本に出てくるドラゴンだっけ、ただの作り話だろ?」

「違いますよ!元々あの絵本は伝説の勇者の功績が書き記された本や当時の記録を参考に作った物で、伝説の黒龍こくりゅうは実際にいたんですよ!!」

「そうなのか?」

「ええ!よかったら今度その本貸してあげますから、アクスさんも読んでくださいよ!」

ヘルガンは妙に興奮してアクスにすすめるが、アクスはどうも盛り上がらなかった。

「それで!二体いる黒龍こくりゅうのどっちの死骸があるんですか!?」

「見つかったのはどちらでもない、三体目の黒龍こくりゅうだ」

「三体目!?二体のはずじゃ…」

「この本を読んでみてくれ」

フェーバが出したのはずいぶんと古い本。

ずいぶんと色あせてはいるのも、丹念に手入れしてきたのか汚れ等はなかった。

本の表紙には、<日記>と書かれていた。

アクスが中を開いて見てみると、綺麗きれいな細い文字で書かれた、【イリア】という名前が目に入った。

「イリア!?」

横から見ていたサリアが、びっくりしたかのように大声を出した。

「どうしたサリア?」

「いや…なんでもないわ、続けて」

アクスは再び日記を読み始めた。


『今日から日記を書く事にした。

ラードという男と会って四日目、私が目を覚ますころにはすでに朝食の準備が出来ていた。

今日の朝食はサンドイッチと豚の串焼き、肉にタレの味がよく染みていておいしい。

世界が崩壊した中でどうやって手に入れたのかは謎だが味は最高だった。

まだ胸の傷が痛む中、魔物と遭遇そうぐうした。

いまだに魔物は慣れない、くさいし怖いしで最悪。こんなのが今まで下界にいなかったのが幸運だった。

私が魔物から逃げようとすると、いつの間にか魔物は消えていた。

目を離したせいで何が何だかわからないけど、ラードがなんとかしてくれたと思おう。

これまでの事といい、この人間は不思議な事ばかりだ。女神である私よりもすごいのは少し腹立たしいけど。

聞けばルーフの一族とか言う戦闘民族らしいが、私はそんなの聞いた事が無い。

そういうやばい奴なんだと思う事にした。

そんな事を考えていたら新しく魔物がやって来た。

今度の魔物は植物型の魔物だった、うねうねしていて気持ち悪い。

すると彼が剣を抜き、何か技を放った。

剣から炎が発せられ、炎の斬撃が回転しながら敵を斬り裂いていった。

技名がよく聞こえなかったので私が勝手につける事にした。………ヘルカッター。

我ながら良いセンスだと思った。


一つ付け加えておく。

珍しく寝ている彼の顔に落書きでもしてやろうと思ったら、腕をつかまれてへし折られそうになった。

これからは気をつけよう。』


日記を読み終えたアクスは、何か考え事でもしているのか何もしゃべらなかった。

だが、ヘルガンがうるさく騒ぎ始めた。

「ちょっと!!なんですかこの本!!」

「それは我が国に保管されていた本で、私のご先祖がそれを拾ったらしい。問題はその本の最後に挟まれている紙だ」

アクスは本の最後のページを開いた。

そこには三枚の紙が挟まっており、それぞれの紙には黒い龍の姿が描かれていた。

それぞれ姿は異なり、翼の生えた龍、大きな山の様な体の龍、手足が発達した龍など、様々さまざまだった。

「これもすごいですけど…それよりも!ルーフの一族って…もしかしてアクスさんって勇者の子孫だったり!?」

「え?……あぁ、確かにルーフの一族って書いてあったな」

「冗談やめなさいよ、こんなのが勇者の子孫な訳ないでしょ」

「失礼だな」

「それよりアクスくんきみがルーフの一族ってのは本当かい?」

「うん?そうですけど…」

「そうか…ちなみに君はこれらを見て何か思った事はあるかい?」

しばらくの間考え込んでいたアクスは、ようやく言葉にして話した。 

「もしかしてリーナの技ってこれに影響されてのかなって…」

リーナの体がびくりと跳ね、ばつの悪い顔でアクスをにらんだ。

「……だとしたらなに?」

「いいとしして恥ずかしくねぇのかなって」

その瞬間、アクスの胸ぐらをリーナが掴んだ。

今にも殴りかかりそうなリーナを、サリアがなんとか抑えた。

「ちょっとサリア!!やめなさい!!」

「離しなさい!こいつは一発ぶん殴る!!」

「そんなこと言ったってよ…サリアもそう思わねぇか?」

「えっ!私!?……いや〜…その…私は別にいいと思うけど…」

徐々に視線をずらしていき、サリアはそっぽ向いてしまった。

「きゅっ!きゅっ!」

ヘルガンのふところから突然ラックルが出てきた。

「ラックル?………はっ!!アクスさん!!」

「ん?…!前から来るな」

ラックルの能力で未来を見たヘルガン、その頭の中には何かよからぬ未来が見えたようだ。

アクスは馬車の外に顔を出し、馬車の前方を見た。

すると徒歩で歩く人の集団が、遠くの方からこちらへ向かって来ていた。

しっかりと視認出来る距離まで来ると、すべての馬車がその場に止まった。

「おーい!!そこの者達止まれ!!」

前方の馬車の御者ぎょしゃが集団に向かって声を掛けた。

声を掛けられた集団はその場に止まり、御者ぎょしゃに声を掛けた。

「あなた方はもしや援軍の方ですか!?ならば早く来てください!!とりでが…」

「行くぞリーナ」

「わかってる…」

馬車の外へと二人が飛び出し、集団の先頭に居た男をり飛ばした。

すると地面に倒れた男の姿が、魔物の姿へと変貌へんぼうした。

「くそっ!!なんでばれた!?」

すると、他の人間達も魔物の姿となった。

「魔物か!!」

「ああそうだ!王子様は任せたぜ!!」

護衛達ごえいたちに王子を任せ、アクス達は魔物の群れに向かって行った。

数は多いものの、今のアクス達にとっては敵ではなかった。

瞬く間に敵が倒され、辺りに魔物の死骸が転がった。

「ん!また来るぞ、今度はちょっと多いな…」

奥の方からさらなる敵が現れた。

数は先程さきほどの倍はいたが、アクス達は動じなかった。

「めんどうだな…さっさと終わらせて…」

『デーボッド!!』

突如、魔法の詠唱が聞こえた。

それは目の前の敵でも味方が放ったものではなく、どこからか聞こえてきた。

「アクス!伏せなさい!」

リーナがアクスの頭を押さえつけ、無理矢理地面に伏せた。

目の前に居た魔物達は、巨大な爆発に巻き込まれて吹き飛んだ。

爆発の衝撃で風が起き、大きな馬車が激しく揺れた。

「まだまだ!『ビューラビラ!』『レイアース!』」

風の魔法と氷の魔法の二つの魔法が同時に放たれ、巨大な吹雪を生み出した。

魔物達はなすすべもなく凍りついた。

それどころか吹雪は、辺りの木々までもこおらせた。

「そしてとどめの!『マカギール!』」

太陽の様な輝きを放つ、巨大な炎の球が空から落ちてきた。

「ちっ!」

リーナが手からエネルギー弾を放ち、巨大な炎の球を空へと弾き飛ばした。

炎の球は空高くで弾け飛び、辺りを熱風が襲った。

その場に居たみなは、衝撃になんとか耐えきった。

熱風と衝撃が収まると、リーナが辺りを見回した。

「みんな大丈夫!?」

「っつ!!熱っち!」

アクスが酷い火傷をっていた。

あわててサリアがけつけた。

「アクス!大丈夫!?」

「大丈夫だ…こんくらい自分で治せる」

火傷に冷気を当て、さらに回復魔法を掛けると、火傷は治っていった。

全員の安全を確認したリーナは、すぐそばの林の中をにらみ付けた。

「さっさと出て来なさい」

敵かと、アクスは構えた。

「ふっふっふっ!!呼ばれたら名乗らせていただこう!!」

林の中から一人の女性が現れた。

「我が名はユリ!魔物に鉄槌てっついくだし!弱きを守る!正義の味方、スーパーユリ!!ただいま参上!!」

謎の掛け声とポーズを取る女性に、リーナは顔を引きつらせていた。

「リーナの知り合いか?」

「どうして私の知り合いだって思う?」

「お前と似てるなぁと思って」

「似てないわよ!!」

ユリと名乗った女性はリーナに近づき、力強く抱きついた。

「お久しぶりです先輩!!」

「なんであんたがここにいるのよ……」

ユリという女性はリーナよりも大きく、リーナと比べると、その差は大きく離れている。

黒くつややかな髪に、豊満な肉体、リーナとは何もかも正反対の存在であった。

「というか…あの!あなたが着ているそのローブって…リーナさんと同じやつですか!?」

「あ…!…え〜っと…その…」

ヘルガンに話し掛けられたユリは、先程さきほどまでの勢いは消え、恥ずかしそうにリーナの後ろに隠れた。

「そうよ。このローブは昔にもらった物でね、よりによってこいつとおそろいの物をね」

「へぇ〜!という事は昔からの知り合い?」

「学生時代の後輩よ…それよりもユリ!さっきのあれはどういう事か説明してもらおうかしら…?」

「あれですか?あれは先輩が好きそうな事をやってみたんですよ!どうでしたか?」

「どうもなにも!うちの仲間が火傷負ったんだけど!?」

「えっ!そうだったんですか!?それは大変失礼しました!!次からは気をつけます」

「次からはするな!」

「そんなぁ!先輩はこういうの好きじゃないんですか!?」

「好きじゃないわよ!!」

ユリのペースに翻弄ほんろうされ、普段のクールな面影おもかげは無かった。

「え〜っと…きみはここで何をしているのかね?」

フェーバが尋ねると、その顔を見てユリが一気に青ざめた。

「も…もしかして…フェーバ王子?」

「そうだが…」

「ごめんなさいごめんなさい!!王子様に対して大変無礼なことを!!」

目から涙を大量に流しながら、地面にめり込むほどの土下座をした。

あまりの勢いに、さすがのフェーバも戸惑とまどっていた。

「ま…まぁ…きみのおかげで魔物はいなくなったんだ、だからそう泣かなくて大丈夫だ」

「そうですか!ありがとうございます!」

一瞬で涙は消え、すぐさま元気を取り戻した。

「ところで、あんたはここで何してるの」

「そうだった!私、先輩がショゴーとりでに行くと思ってここで待ち伏せしてたんですよ!」

「めんどくせぇ……」

リーナは口からため息をらし、がっくりと肩を落とした。

「そんなめんどくさそうな顔しないでくださいよ!私と先輩の仲じゃないですか!」

「とりあえず二人とも、いつ魔物来るかわからないし、一緒にとりでに行きましょ」

「えっ!?……いいんですか?」

「王子様、よろしいでしょうか?」

「構わないよ。あれだけの魔法が使える者はまれだ、ぜひとも協力してもらいたい」

「ありがとうごさいます!!その…ユリ=ヘイボと申します!みなさんよろしくお願いします!!」

改めて名乗ったユリはまだ緊張しているのか、声はうわずり体は震えていた。

それでも元気いっぱいにお辞儀じぎをした。

「では進もう、予定よりも遅れてしまっているからね」

フェーバの言葉でみなが馬車に乗り込み、再びとりでへ向かって走り出した。


砦へ向かうなか、一緒に付いてくる事になったユリは、リーナにべったりとくっついていた。

しかしリーナは、死んだ魚の様な目をしてそっぽを向いていた。

「やっぱり仲いいんじゃねぇか」

「どこが?」

「先輩は昔からツンデレだからしょうがないですよ」

「ツンデレちがう」

リーナは抵抗するのにも疲れ、されるがままになっていった。

「あれ?前の馬車と後ろの馬車が離れていきますよ?」

いつの間にか馬車が道を変え、アクス達が乗っている馬車だけがとりでへの道から離れていった。

「…先程さきほどの話の続きをしよう。この道の先に黒龍こくりゅう死骸しがいが埋まってるんだ、君達きみたちにも見せておきたい」

「いいんですか!?」

「ああ、特にアクスくんは伝説の勇者と同じルーフの一族だそうだし、黒龍こくりゅうを見れば何かわかる事があるかもしれない」

「…………」

「アクス?どうしたの?」

アクスは誰の言葉にも返事をせず、口を押さえてうなだれていた。

「………ん?悪い…なんか言ったか?」

「馬車でった?気持ち悪いなら言わなきゃ駄目だめよ」

サリアが背中を優しくさすってあげた。

「………少し楽になった、ありがとう」

そうは言ったが、アクスの調子は依然いぜん悪そうだった。

すると馬車が止まり、御者ぎょしゃが扉を開けた。

「着きました」

「うん、ではみなの者も降りてくれ」

馬車を降りると、目の前に高台があった。

「あそこの高台から黒龍こくりゅうが見える」

フェーバに続いて五人が歩いて行く。

高台の奥の方からは、ひどくにごったかのような重苦しい空気がただよってきた。

それは思わず、呼吸をもためらうほどに。

「……さすがに気持ち悪いわね、この空気…」

「気配とかわからない僕でも、嫌な感じが伝わってきますよ…」

嫌な空気を押しのけ高台へ登ると、下の方に大きな穴があった。

地面に大きく掘られたその穴の中心に、黒龍こくりゅう死骸しがいがあった。

昔は大きなりゅうだったのだろが、今では体のほとんどがバラバラになり、唯一ゆいいつ無事に残っているのは顔の部分と大きな水晶のような紅い玉だけだった。 

穴の形に沿って大きな結界が張られており、魔物がそこに近づくことは出来なさそうであった。

「あの玉はなんですか?」

「あれはコア。あの大きな玉からは無限に魔力が湧いてくると伝え聞いてる」

「無限ねぇ…そんなものが存在するなんて」

「無限エネルギーは大変強力なものだが、危険なものでもある。かつてこの黒龍はそのエネルギーを熱として外へ出し、海のほとんどを熱湯に変えたそうだ」

「よくそんなのを勇者は倒せましたね」

「いや…どうだろうな、あの本は途中から書かれていないんだ。こいつがどうやって死んだかはよくわからないんだ」

「あっそうか、…こいつ生きてたりしませんよね?」

「それは大丈夫だ、りゅう自体はすでに死んでいる」

「……よかった…」

ヘルガンは安堵あんどして、目の前の黒龍こくりゅうをぼんやりとながめ始めた。

「すごいけど、空気が気持ち悪いわね…アクスは大丈夫?」

サリアが振り返ると、アクスは地面にうずくまってき込んでいた。

「大丈夫!?具合悪いの!?」

心配して背中をさするも、せきはさらに激しくなり、アクスは口から黒い血を吐いた。

「アクス!?しっかりして!!」

慌てて回復魔法を掛けようとすると、アクスの体から金色のオーラが放たれ、その衝撃しょうげきで近づく事が出来なくなった。

さらにアクスの腰から長くて黒い尻尾しっぽが生えた。

「これは…!」

勢いが収まってくると、金色に輝くオーラが黒く変化していった。

さらにはアクスの右目が黒く染まっていき、苦しくもだえ始めた。

「あが…がぁぁ…!ガァァァ!!」

「王子様!!急いでここを離れましょう!!」

サリアは返事を待たずにアクスを抱きかかえ、馬車へ向かって走っていった。

一足先に馬車へ戻ったサリアは、アクスに回復魔法をかけ続けた。

「なんとかなるよね!?死なないよね!?」

しかしアクスは血を吐くだけで、気を失ってしまった。







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