第32話 姉の思い

城の一室にて、アクスとイアンの二人がぶつかった。

大きく声を上げながらアクスが突っ込んだ。

挨拶あいさつ代わりといった単調なパンチを放った。

しかしイアンはそれを受け止める事はせずに、ひょいとかわしてみせた。

アクスの勢いは止まらず、攻撃の拍子ひょうし武舞台ぶぶたいの外へと出そうになってしまった。

「おっと!危ないよ」

イアンがアクスの手を引っ張り、中へと戻してあげた。

「大丈夫かい?」

「悪いな、助かった………って!あんたが助けちゃ駄目だろ!!」

「ははは!ごめんごめん!」

「……なんか調子狂うな…」

武舞台ぶぶたいに戻ったアクスは再びイアンに向かって行った。

鋭いこぶしを放つも、イアンはそれを簡単にかわした。

続けてこぶしを放つがそれも受け流された。

上や横から、こぶしだけではなくりを混ぜた攻撃を繰り返すが一向に当たらない。すべての攻撃が受け流されていた。

「どうしたんだい?宇宙人と戦ったちから、もっと強いはずだろう?」

「にゃろ…こうなったら本気でいかせてもらうぞ」

腕を前に交差し、大きなうなり声と共に腕を大きく広げた。

アクスの体から強大な魔力が発せられた。

体の周りをきりのような白いオーラが包み込んだ。

それを見て、リーナが声を上げる。

「ちょっとアクス!あんた私の話を…」

めようとしたリーナに、イアンが待ったを掛けた。

「大丈夫だリーナ、これぐらいやってもらわなくては強さがわからない」

アクスの力を見てもなお、イアンは落ち着いていた。それどころか、少し楽しそうに口角こうかくが上がっていた。

「いくぜ!!」

アクスが構えると、イアンも構えた。

二人が本気を出し、その様子をみながはらはらしながら見守った。

再びアクスが仕掛けた。

先程さきほどと同じ様に突っ込むと、イアンのふところにまで潜り込んだ。

そこからあごを目掛けてこぶしを放つも、イアンはアクスの手の甲を地面に向かって叩きつけ、攻撃の軌道きどうをずらした。

ずれた衝撃は地面にヒビを入れた。

「おぉ…やるね!」

更にイアンは、アクスの手を掴みながら足を掛けた。

宙に浮かされたアクスは、無理矢理体を回転させてイアンを吹き飛ばした。

二人は体勢を整え、正面から向かって行った。

ちからと速さではアクスがまさっているも、イアンの防御を崩すのは容易ではなかった。

かといってイアンも攻めに転ずるすきが無く、二人はひたすらに同じ事を繰り返していた。

そこでイアンが仕掛けた。

アクスが放った大振りの攻撃を、宙に作った透明なまくの様な物で受け止めた。

膜は大きくなり、アクスの全身を包み込むと、アクスは身動きが取れなくなった。

完全に動けなくなったアクスを、イアンはまくごとり飛ばした。

「ぐっ…まずい!」

アクスはすぐさま氷の刃でまくを斬った。

するとまくは弾け飛び、自由になったアクスは場外ぎりぎりの所でえた。

すぐさま反撃を試みようと前を見るが、イアンは消えていた。

上に横に下に後ろ、どこを見てもイアンの姿は無かった。

するとアクスは武舞台ぶぶたいの中央に立ち、目をつぶった。

心をしずめ、イアンを探す事に集中した。

次の瞬間、目の前からイアンが現れた。

現れるのと同時に、アクスにこぶしを振りかざした。

すると、地面から氷の柱がイアンを貫いた。

「なっ!?なんて事をするんですかアクスさん!!」

見ていたヘルガンが思わず声を上げるも、リーナやサリアは動じなかった。

何故ならイアンの体から血は出ず、それどころかその姿はどこかへ消えていた。

すると、一瞬の内にアクスの背後に回っていた。

残像を見せて相手を惑わせる、それがイアンの狙いだった。

「もらった!!」

アクスの首を狙って手刀を放った。

しかしアクスはそれをつかみ、振り返りざまにイアンの死角である、眼帯の付いている右側に向かってこぶしを振った。

その時、アクスの背後からなにかが現れた。

それは人では無く、怒りの感情の様な不確かな存在。

それをアクスは感じ取り、恐怖で顔から冷や汗が吹き出していた。

アクスの眼孔がんこうは恐怖で開き、攻撃の手をめて後ろを振り返った。

しかし後ろには、サリア達が居るだけだった。

すきあり!」

再び振り返った時には、アクスの体は大きく吹き飛ばされて場外へと出ていた。

「そこまで!イアンの勝利!」

勝敗は決まり、サリア達がアクスに声を掛けた。

「どうしたのアクス?勝負中に余所見よそみするなんて」

「……いや…なんでもない……」

問いにアクスは答える事が出来ず、地面から天井てんじょうながめていた。

「大丈夫かい?」

顔を覗かせていたイアンが、アクスに手を差し伸べた。

アクスはその手を取り、立ち上がった。

「私が残像を見せるのを見極みきわめていたとはね…なかなか楽しかったよ!」

「…気配を探るのは得意でな、すぐにわかったよ」

「でもアクスさん!なにも分からない僕からしたらすごいハラハラしたんですからね!」

「それはわるかった。次からは気をつける」

「心臓に悪いから次からはやらないでください!!」

リーナをのぞみなが笑い合う中、イアンがアクスの耳元にこっそり話しかけた。

今夜君きみと話がしたい、予定を空けておいてくれ」

そう言い残すと、イアンはアクスから離れて行った。

「どうしたんですか?」

「いや…なんでもない」

アクスはいまだに汗が引かず、体が少しばかり震えていた。

「すばらしい戦いだったよアクス君!」

戦いを見ていたフェーバが、アクスをたたえた。

「これなら心配なさそうだ、明日の朝に出発出来るよう準備していてくれ。今日はこの城でゆっくり休んでくれ、それぞれ部屋を用意しているので案内させよう」

フェーバは一人の執事しつじを呼び、四人を部屋へと案内させた。

部屋を出て少し歩くと、長い廊下にそれぞれの部屋が並んであった。

四人はそれぞれの個室へと入って行った。

中は質素だが、ベッドや椅子いすなどの家具は良い物で、一息ひといきつくには充分だった。

「それでは皆様みなさま、食事や入浴の時間になりましたらお呼びいたしますのでそれまでごゆっくりどうぞ」

執事しつじが一礼して下がると、四人は部屋で腰を下ろした。


それから時間が過ぎ夜になった。

食事と入浴を済ませ、みなが眠り始める時間。

アクスの部屋の扉を、誰かが叩いた。

「アクス?起きてる?」

「起きてるぞ」

返事をするとサリアが入って来た。

サリアのほおは赤みを帯びていて、妙によそよそしい様子であった。

「こんな時間にどうしたんだ?」

「その…怪我けがは大丈夫かなって」

「ああ、それならもう大丈夫だぞ」

「そっか……となり、座ってもいいかな」

アクスの返事を待たず、サリアはベッドに座るアクスの隣に腰を掛けた。

「なんかあったのか?変だぞお前」

「えっ!?そう!?そんなことないと思うけど…」

「もう遅いから寝たほうがいいぞ。ほら、夜ふかしは美容の大敵たいてきだとか言うだろ」

するとサリアは大きく息を吐き、調子を落ち着かせてから言った。

「それなんだけどさ……一緒に寝てもいいかな?」

「これからイアンが来るから無理だ」

「えっ!?」

サリアから一気に血の気が引いた。

「だからイアンが部屋に来るって…」

「早くない!?」

「早いって何が?」

「えっと…その、なんていうか…ほら!まだ会ったのも数回ぐらいの人を寝室に入れるなんてさ!」

「そんなん言ったら、お前もあって二回目で一緒に寝ただろ」

「そうだった……!」

サリアは頭を抱え、必死に考えをまとめる。

「いやあのね、私はほら保護者みたいなものだけど、イアンは違うでしょ?」

「何が言いたいのかよくわかんねぇな?」

「だーかーらー!!」

「さっきからうるさいんですけど!!」

ベッドで寝ていたジベルが起き、ジベルの声が二人の耳に響いた。

「お前が一番うるせえよ、普通の人には聞こえないけど俺たちには聞こえるからやめてくれ」

「なんだお二人でしたか、失礼しました。ところで一体なんの話を?」

「それがよ、イアンがこの部屋に来るって言ったらサリアが怒ってよ」

「ふぅむ…なるほどなるほど!エリートである私にはもうわかりましたよ!サリア様の意図いとが!」

「ちょっとジベル、こっちへ…」

サリアがジベルの口をふさぎ、アクスに聞かれぬよう部屋のすみでひそひそと話し始めた。

「ジベル…今思ったことはアクスには内緒ないしょにして」

「何故ですか?サリア様はつまり、アクスさんを守りたいということでしょう?」

「えっ?ああ…うん!そうなのよ!」

「でしたらアクスさんに直接話すのがよろしいかと!」

「そうね!……でも恥ずかしいからあなたから言ってくれない?」

「仕方ありませんね、サリア様の頼みとあればお引き受けさせていただきましょう!」

ジベルは意気揚々いきようようとアクスに歩み寄り、話し始めた。

「いいですかアクスさん、サリア様はあなたの貞操ていそうを守るために言っているのですよ!」

「言い方!言い方を考えて!!」

貞操ていそう……大丈夫だろ」

楽観的らっかんてきなアクスに対し、ジベルが熱く語り出した。

「いいえ!断言は出来ませんよ!実は我々妖精を見ることが出来るのは純粋な心を持つ者だけ、あの人はおそらく私の姿は見えていないでしょう!」

「つまり?」

よこしまな心を持っているということ!貞操ていそうの危険は充分にあります!!」

アクスはあきれた様子で聞き流していた。

しかしサリアはに受け、興奮した様子でアクスに詰め寄った。

「そうと決まればアクスは寝なさい!私が断っておくから!」

揉めている間に、扉を叩く音が聞こえた。

「アクスくん、入ってもいいかい?」

イアンの声を聞いたアクスは返事をする前に、サリアの様子をうかがった。

するとサリアはジベルをつかんで、急いでベッドの下へと隠れた。

しっかりと隠れたのを確認し、アクスは扉を開けた。

「夜遅くに悪いね、失礼するよ」

二人は向かい合うように椅子いすに座った。

「で、俺に話したい事ってなんだ?」

「妹の事についてね、少し話しておきたい事があってね」

「その前に、俺はあんたの眼帯の下が見たい」

不意の言葉に、イアンの表情は一瞬固まった。

だがイアンはすぐに表情を戻し、ごまかすように笑った。

「眼帯の下を見たいなど…なかなか変わった趣味をお持ちだね」

「重要な事だ…見せてくれ」

いつになく真剣な顔つきで、イアンに訴えかけた。

「ふむ……」

イアンは大きくため息をつくと、右目の眼帯を外した。

するとそこからは、アクスが昼間に感じた謎の気配と全く同じものを感じ取った。

部屋の中を強烈な風が暴れまわり、扉や窓がガタガタと音を鳴らす。

「っつ!!」

アクスが慌てて身構えた。

「そう構えなくていい、眼帯をすれば収まる」

イアンが再び眼帯を付けると、気配が収まっていった。

「何が見えた?」

「……紅い爪痕つめあと?」

「そうだ。そしてこの傷の原因に、リーナが関わっている」

「……!!どういうことだ?」

「……十年前、私とリーナさある事件に巻き込まれてね、その時にこの怪我を負ってしまった。その時の事をリーナは未だに自分にも責任があると思っているのさ…」

アクスは驚きを顔には見せず、口を開いた。

「…………具体的には?」

「……私は当時婚約していてね、この怪我が原因で破談になってしまった。まぁ、私としては怪我けがぐらいで文句を言う男なんて御免ごめんだから感謝しているんだけどね」

「違う。傷の事を聞いているんだ」

「魔物だよ、ずいぶんと手強い魔物でね、私とした事がうっかり…」

うそだな」

アクスの言葉にイアンの体がわずかに震えた。

だが決して表情は変えず、アクスに尋ねた。

うそだって?ははは!私がうそを言うように見えるかい?」

「リーナのためならうそぐらい言うように見えるな」

するとイアンは、すっかり黙ってしまった。

「俺だって馬鹿じゃない、あんたのその傷からリーナと似た気配を感じた」

「……そうか…なら正直に言うよ」

深くため息をつくと、アクスの目を見て堂々と話し始めた。

「察しの通り、この傷はリーナに付けられたものだ」

「………話してくれ、何があったんだ?」

「…すべては話せない。ただし一つだけ忠告しておく、あの子を追い詰めないでやってくれ」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味さ、あまり無茶をさせないよう君が支えてやってくれ」

すると、イアンは頭を下げた。

「この通りだ、どうかよろしくたのむ」

「………わかった」

「ありがとう…それでは失礼するよ」

椅子から立ち上がり、イアンは扉を開けて出ていこうとした。

「そうだ、あんたは元々何を話しに来たんだ?」

「…うそを言いに来た。だが…思っていたよりも君がするどくてね、予定が狂ってしまった」

「それは悪かったな」

「ふふ…そうだ最後に一つ、彼氏を奪う様な趣味は無いから安心してくれ、サリアさん」

ベッドの下のサリアに向かって言うと、部屋を出ていった。

するとベッドの下からサリアが出てきた。

「なぁサリア、彼氏って何の事だ?俺は別にお前の彼氏じゃねぇのにな」

「えっ!?え〜っと…イアンから見たらそう見えるほどお似合いっていう意味じゃないの?」

「そうかぁ?」

「私的には親子の方がしっくり来ます!」

「お……!親子…!?」

何故かサリアは、ジベルの言葉にショックを受けた。

するとサリアはゆっくりと立ち上がり、ジベルをベッドへ置いた。

「……今日は…戻って寝るね……」

「おう、気をつけろよ」

サリアを見送ると、アクスとジベルはベッドに横になってそのまま熟睡した。


次の日の朝。

アクス達と王子を入れた五人は、ショゴーとりでに向かうために早くから出発しようとしていた。

「それじゃあ準備はいいかい?とりででの戦いは激しくなるだろう、道中でも警戒はおこたらずに進んで欲しい…いいね」

ヘルガンは今更いまさらながら震え始めた。

だがアクスは、むしろ楽しそうに体が跳ねていた。

「よっしゃあ!早速行こうぜ!」

五人は馬車へと乗り込んだ。

五人が乗る馬車の前を護衛の馬車が一台、後ろには護衛ごえいと物資輸送の馬車が二台ずつ付いていた。

先頭の馬車が走り出し、それに続いて他の馬車もショゴーとりでに向かって走り出した。

その時城の窓から、走りく馬車をイアンが見送っていた。

「気をつけろよリーナ…そして、頼んだぞアクスくん…!」















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