第20話 すべきこと

ヘルガンとラックルを吸収したコバスは、アクスの前に歩みだした。

「勝負を急がせてもらうぞ、貴様ばかりに構っている暇もないのでな」

徐々に歩み寄るコバスの動きに備え、アクスは構えを取った。

先程までとは違う大きなパワー。

アクスはそれを感じ取り、冷や汗をかいていた。

コバスはアクスの目の前で止まり、上から見下ろした。

先手を仕掛けたのはアクスだった。

鋭い蹴りで頭を狙った。

コバスはそれを掴み取り、アクスを投げ飛ばした。

さらに続けて、魔力で出来たエネルギー弾を撃ち出した。

アクスは飛ばされるなかで、自身の背後に氷の壁を作り出し、無理矢理止まった。

そして、目の前に迫ったエネルギー弾を自身が生み出したエネルギー弾で相殺した。

エネルギーのぶつかりで煙が巻き上がり、その煙の中からアクスが飛び出した。

動きは加速し、建物や地面に移りながらコバスの周りを動き回る。

「無駄な事を…」

依然として変わらぬ余裕で、コバスは僅かに笑みを浮かべていた。

アクスは素早い動きで、背後からコバスに飛びついた。

しかし、コバスは見もせずに攻撃をかわした。

動きを止めることなく、アクスは攻撃を仕掛けていった。

だが、コバスには一発も当たらなかった。

アクスは動きを止め、大きく下がった。 

「…これならどうだ!」

アクスは両手に魔力を溜め、それを一つにして撃ち出した。

大きなたまとなったエネルギーは、コバスに向かっていく。

向かってくるエネルギー弾に、コバスはそれよりも大きなエネルギー弾を片手で撃ち出した。

アクスのエネルギー弾は容易にかき消され、コバスのエネルギー弾がアクスに向かった。

「なにっ!?」

避ける事も出来ず、受け止めるが押されていく。

エネルギー弾に押されて、倒壊した建物に突っ込みながらアクスは必死に止めようとする。

「ぐぬぬぬ……だりゃぁ!」

両手でエネルギー弾を空へとそらし、エネルギーは空中で爆発した。

火傷した手に息を吹きかけながら、アクスは疑問を呟いた。

「いくらパワーアップしたとはいえ、ヘルガン程度の力が加わっただけでこんなに強くなるもんなのか?」

コバスの力は想像以上だった。

「どうした?もう終わりか?」

背後からコバスの声が聞こえた。

アクスが振り返ろうとすると、蹴りで大きく吹き飛ばされ、先程の場所まで戻された。

続けて、大きなエネルギー弾を生み出したコバスは、アクスに向かって投げつける。

体勢を立て直す暇もなく、咄嗟にアクスは上へと跳んだ。

それと同時に、コバスから長く伸びた手がアクスの足を掴んだ。

「しまった!」

アクスが気づいた時には既に遅く、長い腕で地面へと叩きつけられた。

地面が割れ、アクスは痛みを叫ぶ。

さらに続けて、アクスを持ち上げ今度は背中から地面へと叩きつけた。

何度も何度も、アクスは繰り返し地面へと叩きつけられた。

意識が薄くなり、アクスの叫びが消えると、コバスは腕を離した。

仰向けに倒れたアクスは、起き上がろうと上体を起こそうとするが体が動かなかった。

「はぁ…はぁ…まったく通じねぇ…!まるで動きが読まれてるみてぇだ」

「その通り。先程吸収したやつの能力だろう、どうやら未来を少しだけ見れるようだ」

「未来を…?……あっ」

アクスはある話を思い出した。

ラックルと初めて会った日の事だ。

『カーバンクルは自分のあるじに幸福をもたらす幻の生き物とされていて、宝石のような瞳が特徴なのよ』

“幸福”

その言葉をアクスは思い出し理解した。

「あれ…そういうことだったのか…」

「さぁ…そろそろ楽にしてやろう!」

コバスはアクスの胸を足で踏みつけた。

「おわぁぁぁ!!」

骨のきしむ音と、アクスの叫びが町に響き渡る。

力は強さを増し、アクスの体を痛めつける。

「はっはっはっはっ!!」

勝利の笑いか、コバスはアクスの叫びに負けぬ程の笑い声を上げた。

徐々に薄れていく意識の中で、アクスは何かを感じ取った。

それと同時に、コバスの笑いが止んだ。

コバスはアクスから飛び退いた。

次の瞬間、アクスの元に何かが勢いよく飛んできた。

巻き上がる砂塵さじんの中で、影がゆらめく。

「誰だ!出てこい!」

コバスの声に応えるように砂塵さじんを吹き飛ばし、リーナが現れた。

「貴様は…」

リーナはコバスには見向きもせず、アクスに近寄った。

「まったく情けないわね…ほら起きなさい!」

小瓶に入った緑色の液体をアクスの口に流し込むと、アクスは意識を取り戻した。

「……おまえ…どうしてここに?」

「大きな気配を感じて何かと思って来てみたのよ」

「すまねぇ…助かった」

「それよりも、あいつからヘルガンの気配を感じるのはどういう事?」

「ヘルガンとラックルが…やつに吸収されちまったんだ…」

「そういうこと…」

ボロボロになった体を起こし、アクスはリーナの前に立った。

「その体でまだやる気?下がってなさいよ」

「いや…こいつは俺がやる」

青い光が瞳に宿り、コバスを睨みつけた。

「…わかった。ただし、三分過ぎたら私がやる」

「へへ…ありがとよ」

リーナはアクスの後ろに下がり、瓦礫の上に腰を下ろした。

その様子を見ていたコバスが高笑いをした。

「貴様正気か?今ので分かったはずだ、今の俺には敵わないと!」

アクスは苦しそうに息を切らしながらも、笑っていた。

「敵わないからって逃げたら強くなれねぇだろ」

ボロボロになった服を脱ぎ捨て、両手を握りしめ、力を溜め始めた。

体から青いオーラが溢れ出し、冷たい風と共に体に纏った。

命の危険に、体から限界以上の力を引き出された。

気合いの雄叫びを上げ、アクスは言った。

「勝負はこれからだ!」

強い力で地面を蹴り、コバスに向かって大きく腕を振るった。

だか、それもかわされた。

「言っただろう!今の俺は未来をも見れると!」

横にかわし、手刀をアクスの背中に振り下ろした。

アクスは口から尖った氷を、顔に向かって吐き出した。

しかし、それすらもかわされた。

「無駄だ」

コバスは手刀をくらわせ、地面へと叩きつけた。

地面へと倒れたアクスは、コバスを睨みつけながら立ち上がろうとした。

「これで終わりだな…」

魔力を掌に溜め、大きなエネルギー弾をアクスに叩きつけようと腕を振り下げた。

「ん?なんだこれは…」

コバスは攻撃を止めた。

未来を見たのだろうが、コバスにも理解出来ていない様子だった。

その時、コバスの体を大きな氷が貫いた。

「なっ…!なんだっ…」

突然の事にコバスは理解出来ず、動きを止めた。

「どうやら未来予知ってのも完璧じゃなさそうだな」

アクスが地面から立ち上がり、力いっぱいに拳を振るった。

身動きが取れないコバスはもろに攻撃をくらった。

大きな氷ごと後ろに大きく吹っ飛び、大きくダメージを受けた。

「はぁ…!はぁ…!なんだ…こいつからみなぎるの力は、アドレナリンのようなものか、厄介だな」

コバスは冷静に分析し、アクスの力を見極めていた。

「だが何故だ!この氷は!?」

自身を突然貫いた氷に触れ、アクスに問いかける。

しかしアクスは、少しの隙も与えずすぐさま次の攻撃に移った。

走りながら、拳に力を込めて殴りかかった。

コバスは体を液体状に変形させ、体に刺さっていた大きな氷から逃れた。

アクスの攻撃は空振るも、元に戻ったコバスの後ろへと回り込み、足に冷気をまとい蹴りを放つ。

蹴り自体は避けられたが、足から放たれた冷気は刃となってコバスの体を横に真っ二つにした。

コバスの未来予知では、体が真っ二つになる所までは見えず、攻撃を受けてしまった。

上半身と下半身は二つに別れ、地面へと落ちた。

しかし上半身が動き出し、アクスの体に飛びついた。

「せっかくだ、貴様の体もいただくとしよう」

上半身はアクスを捕まえたまま、自身の体を変形させ、包み込むように大きく広がった。

アクスは逃げようと必死にもがくが、拘束から逃れられずにいた。

そんな状況でもリーナは黙って見ていた。

気がつけば、アクスの体はコバスの体に大きく包まれて、見えなくなっていた。

「ん?何をする気だ…」

コバスが呟いた瞬間、まばゆい光が放たれ、大きな爆発を起こした。

その結果、アクスを捕らえていたコバスは吹き飛ばされ、アクスは黒い煙と共に体の中から飛び出てきた。

酷い火傷を負ったアクスは地面に転がり、短く呼吸を繰り返した。

さらに、アクスの右腕が無惨にも切り落とされていた。

一方で、コバスは爆発に巻き込まれながらも無傷だった。

「なるほど自爆したのか。だが無駄なこと、今ので貴様の腕しか吸収出来なかったが、それでも充分なパワーアップだ!」

しかし、アクスはまた笑っていた。

「ふふふ…そいつはどうかな?」

「なに?………んぐっ!なんだっ!?」

突如コバスがもがき始めた。

体に異変が起き、腹が膨れ上がった。

膨れ上がった腹は風船のように大きくなっていき、遂には腹が破れた。

中から何かが飛び出した。

氷に包まれた、コバスの肉片の一部だった。

肉片は外に出ると大きく変化した。

すると肉片は溶け始め、中から吸収されたはずのヘルガンとラックルが現れた。

「なっ!?しまったぁ!」

コバスの体は再び変化し、元の姿へと戻っていった。

体の急激な変化に苦しみながら、アクスに問いかけた。

「貴様ぁ!いったい何をしたぁ!」

「へへへ…お前が吸収したと思っているのは俺が生み出した氷だ」

「まさか…!」

「そう…俺はお前の体内で氷を操り、体内のヘルガンとラックルをお前から切り離したんだ」

アクスは説明し終えると、地面にへたり込んだ。

「ははは…もう全然動けねぇや…」

体力と魔力、共に使い果たしたアクスは震える体を地面に寝かせた。

「貴様ぁ!!」

怒号を上げ、コバスが凄まじい勢いで飛びかかり、拳を振るった。

重い音をたて、拳がぶつかった。

だが、攻撃はリーナによって片手で受け止められていた。

「ちょうど三分。交代よアクス」

「あぁ…後は頼んだ」

限界にまで達した体を無理矢理動かし、ヘルガンとラックルを引きずりながら後ろへと下がった。

リーナの手を振りほどき、コバスは威勢よく声を上げた。

「ふん!貴様の力ではこの俺は…」

「ふっ…はぁぁぁ!」

コバスの言葉を遮り、リーナは力を開放した。

体の周りを真っ赤なオーラがまとい、強烈な風を巻き起こした。

まとめていた髪がほどけ、長い髪が荒々しくたなびく。

瞳の色はより赤みを増し、今までに感じたことのない力にアクスは驚愕していた。

「すっ…すげぇ…」

それを目の前にし、コバスは狼狽うろたえるも、恐怖をごまかすように叫びながら拳を振るった。

「うぉぉぉぉ!!」

再び放たれた拳は簡単に受け止められた。

「私はあいつより甘くないわよ」

真っ赤な瞳で睨みつけ、受け止めたコバスの拳を握りしめた。

拳を砕き、悲鳴を上げる前にさらなる追撃を叩き込む。

超スピードで放たれる攻撃は、アクスの目でもわずかな拳の影しか見えなかった。

コバスは上空高く吹き飛ばされたと思うと、今度は地面へと叩きつけられた。

地面に大きな穴を開け、地面に倒れた。

リーナは高い建物の上へと降り、冷徹な顔で右手をコバスに向けた。

「これで終わりよ」

右手に魔力を溜め始めた。

リーナの魔力から放たれる真っ赤な光が町全体へと広がった。

魔力は大きくなったあと、小さくしぼんでいったが、その小さな玉からは強大なエネルギーを感じた。

『ブラッディミーティア!』

真っ赤なエネルギー弾が、コバスに向かって放たれた。

「まっ!待てっ…!」

コバスの言葉は遅く、エネルギー弾はコバスにぶつかった。

ぶつかった瞬間、小さなエネルギー弾は大きく膨れ上がり、強烈な熱風を放った。

とどめに、エネルギー弾は爆発を起こし、焼き尽くされたコバスを塵すら残らず消え去った。

爆煙が消え、ごっそり抉られた地面があらわになった。

それを見て、アクスはまた笑った。

「ははは…やっぱりリーナはすげぇや…」

「このくらいなんてことないわよ」

いつの間にかアクスの横にリーナが立っていた。

「おーい!みんなぁ!」

遠くからサリアの声がアクス達を呼んだ。

「ちょうどいいわ」

リーナはアクス達を持ち上げ、サリアに投げ渡した。

突然飛んできたアクス達に驚きながらも、サリアは受け止めた。

「ちょっとリーナ!何するのよ!?」

「勘違いしているようだけど、私は別にあんた達を助けに来たわけじゃないのよ」

そう言うと、リーナはその場から去って行った。

「もう…って!大丈夫!?」

「……今ので……死にそう……だ……」

サリアの腕の中で、アクスは気を失った。

「しっかりしてくださいアクスさん!」

死にかけながらもサリアとジベルの助けを受け、なんとか一命を取り留めたのだった。


次の日。家に帰ってきたアクス一行は、庭で焼肉パーティーを開いていた。

「さぁ!今日はみんな頑張ったから、焼肉パーティー…って!勝手に食べ始めないでよ!」

サリアが仕切ろうとしたものの、アクスとリーナは勝手に食べ始めていた。

「別にいいだろ、せっかく目の前に肉があんのに食わねぇ方が変だろ」

「その通りよ」

二人は話しながらも、口に肉を運んでいた。

「あのねぇ…」

「まぁまぁいいじゃないですか、それよりも皆さんには迷惑かけてすみませんでした」

「きゅきゅきゅ…」

ヘルガンとラックルは先日の戦闘での事を謝罪した。

「別にいいぞ。それより、ロウロとの件はどうなったんだ?」

「そのロウロが行方不明みたいでね、うやむやなっちゃった」

「そうか…まぁこれでしばらくは面倒事もなくなるし、ゆっくり修行できるな」

「アクスは駄目よ、今回の疲れが取れるまでゆっくりしなさい」

アクスは皿と箸を置き、サリアに詰め寄った。

「別に疲れてねぇよ」

「駄目よ。服を破った罰よ」

「あれはボロボロになっちまったんだから仕方ねぇだろ」

「だからって破ることないでしょうが!」

アクスの頬を思いっきり引っ張った。

「痛ってぇ!!」

叫ぶアクスを眺めながら、ヘルガンが呟いた。

「平和ですねぇ…」

「見てないで助けてくれ…いてててて!」

久しぶりの光景に、ヘルガンは平穏を感じていた。















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