第19話 王都の混乱

晴れ晴れとした空の下、アクス達は駆ける馬車に乗り王都へ向かっていた。

「二人共悪いな、面倒な事に突き合わせちまって」

「別に気にしてないわよ。むしろ、あのロウロとこれから会う事も無くなるからラッキーよ」

事の始まりは数日前のこと。

以前からサリアに付きまとっていたロウロが、アクスの食事に毒を盛った容疑がかかり、今回王都の裁判所にてその罪をはっきりさせる事になったのだ。

そのために、アクスとサリア、それからヘルガンの三人は当事者として憲兵に連れられ王都へとやって来た。

「僕も全然大丈夫ですよ、一度王都に来てみたかったんですよ!……でも、リーナさんは来なくて良かったんでしょうか?」

「あいつは行きたくないってさ、無理に連れて行くのもあれだしな」

三人が他愛のない話をしていると、数時間をかけて馬車は王都へ着いた。

高い防壁に囲まれた門を潜ると、多くの人で町が溢れかえっていた。

東西南北四つの門からは、様々な人々が入り、町がより賑やかになる。

馬車に乗りながら、三人は町の風景に目を輝かせていた。

町の中を進んでいくと、大きな宿の前で馬車が止まった。

「皆さん着きましたよ」

御者を務めていた憲兵が、馬車の扉を開けて三人を降ろした。

「裁判は明日になりますので、皆さんはこちらの宿屋にて滞在してもらいます。もちろん宿泊費はこちらが既に払っておりますのでご安心を。では明日、朝に迎えに来ますので」

憲兵が三人に礼をすると、馬車に乗ってその場から走り去っていった。

「この後どうします?僕は色々見たいものがあるんですが…」

「自由でいいわよ。でも、明日は大事な日なんだから事件とか起こしちゃだめよ」

「もうっ!僕よりもアクスさんに言ったらどうですか?」

「まるで俺が事件を起こすみたいな言い方はやめろ」

二人の言い合いに、サリアは自然に笑みを溢した。

そんな中、町の人々がざわめく。

人々の動きが激しくなり、通路からはけるようにしていた。

気になったアクス達が人混みを掻き分け、人混みの奥へと進んだ。

そこには、列をなした兵士達が南の門へと向かって行く姿が見えた。

先頭にはマントを羽織り馬に乗った兵士がおり、その後を他の騎兵が続いている。

「国の兵士達ですかね?何かあったんでしょうか」

「まぁ…気にしなくていいだろ、俺達は俺達でやる事があるしな」

そう言うと、三人はそれぞれ町へと繰り出していった。


王都にある刑務所の中にある医療施設。

毒物所持、そして混入の疑いがかけられているロウロがベッドの上で頭を抱え喚いていた。

「くそっ!くそっ!あのふざけた野郎めぇ!」

「おい!うるさいぞ静かにしろ!」

大声で喚き、看守に注意を受けた。

「……くそっ、これもあいつのせいだ…」

看守に聞かれぬよう声を抑え、自身の胸を触り何かに語りかける。

「おい、出てこい」

「お呼びでしょうか?ご主人さま」

ロウロの胸から黒いモヤが現れ、モヤが人の形となり、ロウロのそばに立った。

黒いタキシードにシルクハットを身に着けた、執事風のそいつはロウロに深く頭を下げた。

「どういう事だコバス、貴様から貰った毒はまるで効かなかったぞ」

コバスと呼ばれているそいつは、とぼける様に首を捻った。

「う〜ん…それは私にもわかりかねますな…」

「ふざけるな!……ちっ、まぁいい。それよりも俺をここから出せ、そして関係者の記憶から今回の事を消せ」

「かしこまりました。ですが…先に報酬をいただきたいのですが…」

「報酬?いくらでも払ってやるからさっさとしろ」

コバスの口から不気味な笑みが溢れた。

「なにを笑って…」

「お金ではありません…貴方の全てです」

「は?」

ロウロが理解出来ずに呆けていると、コバスの体が溶け、ロウロの体に纏わりついた。

「むぐっ!何を…!」

「散々こき使ってくれたんだ、役に立ってもらうぞ」

激しく手足を動かし抵抗するも、体は完全に包みこまれ、ロウロの姿は見えなくなった。

するとそこに、異変に気づいた看守が駆けつけてくれた。

「おい貴様!何をしている!」

看守の言葉はロウロには伝わらず、代わりにコバスが答えた。

「ちょうどいい…貴様の体も頂こうか」

コバスの指先から、自身の肉片を発射した。

体の一部は看守の体に当たると、体の中に潜るように入り込んだ。

看守の体に異変が起こる。

強烈な痛みと共に体が変わっていく。

血管は浮き出て、肌の色が変わり、体が肥大化する。

看守の叫び声で、さらに人がやってきた。

「おいどうした…なっ!」

「さあ…貴様らも役に立ってもらうぞ」

看守達の体に肉片が埋め込まれていった。


王都にて、アクスとサリアは買い物に勤しんでいた。

「ねぇアクス、このケーキ美味しそうよ、帰る時にでもリーナにお土産として買っていきましょうよ」

サリアの言葉にアクスの意識は無かった。

アクス達から離れた、町の中央に目を向けじっと立ち尽くしていた。

気になったジベルが懐から顔を覗かせた。

「どうしたんですかアクスさん?」

「いや…なんか変な気配を感じたんだが…」

アクスの感は当たった。

突如、町の中央から爆発が起きた。

爆音と共に、炎が上がった。

炎はあっという間に建物に燃え移り、辺りの空が赤く染まった。

少し遅れて、事態に気がついた住民達が悲鳴を上げた。

流れ行く人混みの中、アクス達は爆心地を見て表情を変えた。

「アクス!今のって…」

「あぁ!今ので確信を得た、魔物が入り混んでる!しかも普通の魔物じゃねぇ…悪魔だ!」

「魔物って…そんな馬鹿な!この町には結界が張られているのですよ!」

「そんな事知るか!今は何とかしねぇと…」

アクスがその場から移動しようと足に力を入れた瞬間、背後の人混みの中から悲鳴が聞こえた。

「魔物だぁ!」

一人の声と共に周りがうろたえ逃げ始める。

人を掻き分け、アクスが魔物の前に立った。

破れた服を身にまとった、全身が灰色に染まった獣の様な魔物だった。

その魔物は、アクスを見るなり牙を剥き出しにして飛びかかった。

アクスは魔物よりも高く跳び、頭上から足で頭をかち割った。

魔物は一撃で絶命する程度だったが、町の中にはこれが数十体はいる事をアクスは察知していた。

「サリアとジベル、お前達は消化を手伝ってやってくれ」

「アクスはどうするの」

「ヘルガンのやつが爆発の近くに居るんだ、助けに行かねぇと」

「分かった!気をつけてね!」

アクスは大きく頷き、人混みを避けて屋根の上を伝って行った。

「さぁ!私達もやるわよジベル!」

「はい!私にお任せください!火事なんてすぐに消してやりますよ!」

サリアとジベルは、協力して町に広がった火を消していった。


「ひっ…!あわわわ…」

その頃ヘルガンは、腰を抜かしていた。

突如近くで起こった爆発、現れた魔物達を目の前にして怯える事しか出来なかった。

よつん這いになりつつ、ヘルガンはその場から離れようと腕で地面を這っていった。

しかし、恐怖で体が思うように動かない。

すぐ後ろから、魔物達がヘルガンに襲いかかった。

「ひっ!!」

腰から抜いた短剣を前に突き出すも払いのけられ、ヘルガンは恐怖で目をつぶった。

死んだ。と思ったが、辺りは静まりかえっていた。

恐る恐る目を開けると、目の前には綺麗な女性が立っていた。

輝く長い銀髪に、スラリと伸びた肉付のいい体の上には黒いマントを羽織っており、紅い瞳がヘルガンの顔を覗いた。

その女性の右目には眼帯が付けられていて、眼帯の下からは僅かに傷が見えた。

「大丈夫か君!」

「えっ?あの…何が…」

ヘルガンは辺りを見回すと、魔物達が体をえぐられ倒れていた。

「怪我はないか?無事なら自分の足で避難してくれると助かる」

「あっ…ありがとうございます…」

深く頭を下げお礼をし、下げた頭を上げると、目の前から炎が迫って来ていた。

「えっ!ぎゃあああ!」

「はっ!」

その女性は慌てる事なく、手に薄い膜のような物を纏い、目の前の宙をなぞった。

膜は空間に張り巡らされ、炎を受け止めるように包み込んだ。

包まれた炎は、女性が手を握ると膜ごと消滅した。

「ほう…“空間魔法”を使える奴が居たとはな」

「貴様か!今の炎は」

どこからか現れたそいつは、二人の元にゆっくりと歩み寄ってきた。

金色に輝くたなびく髪に、白い肌の男は薄茶色の軍服のような物を身に着けていた。

「その通り、俺は魔王軍幹部コバス。この風景を見て分かる通り…この国を貰いに来た!」

燃え盛る辺りの様子を見せるように、大きく腕を広げた。

「名乗られたら名乗り返すのが礼儀だが、魔物に名乗る名はないな」

「くくく…言わなくても分かるぞ、その目の色に髪の色。ガデン家の人間だろう」

「おや…知っていたか」

女性はあっさり認めた。

「あっ!やっぱりそうだったんですね!」

紅い瞳に銀色の髪。ヘルガンもなんとなく察していた。

「悪いがガデン家の連中と戦うのはごめんなのでな、帰ってもらおうか」

あろう事か、コバスは戦う前から戦いを拒否した。

「何のつもりだ…」

コバスが指を弾くと、城の方から爆発が起きた。

「なにっ!?」

「くくく…どうする?このまま俺と戦うか、城を守るか…」

「さて…どうするか…」

女性が考える中、軽快に走る足音が近づく。

足音は上の方から聞こえ、ヘルガンが上を向く。

次第に大きくなっていく足音に、ヘルガンの表情は明るくなっていった。

「もしかして…」

「きゅっ!きゅっ!」

ヘルガンとラックルは期待していた、アクスの到着を。

大きな足音が、二人の目の前に降り立った。

「ヘルガン、無事だったか?」

「アクスさん!助かりましたよ〜!」

「きゅい!きゅい!」

「はは、悪い…ん?お前誰だ?」

女性を目の前にして、アクスは失礼な態度を見せた。

「あっ…えっと…名前は」

言葉が出ないヘルガンの代わりに、朗らかな笑顔で話した。

「私はイアン=ガデン。それよりも君強そうだね、こいつを任せてもいいかい?」

イアンはアクスにコバスを指し示した。

「あぁいいぞ、俺の目的はこいつだからな」

「そうか、ではよろしく頼む!」

そう言うと、イアンはその場から一瞬にして姿を消した。

「さてと…お前、悪魔だろ?魔王軍の手先か」

「その通り…俺は魔王軍幹部コバス。俺の正体が分かるという事は、貴様がアクスか」

魔王軍と戦っているうちに、アクスの名は幹部にまで知らされていた。

「悪魔の一体を倒したと聞いたが…所詮あいつは名前も無い下級悪魔、そいつを倒したくらいでは俺には敵わんぞ」

コバスから告げられる事実に、アクスはニヤリと笑った。

「そいつはどうかな…俺は以前よりもパワーアップしてんだ、舐めてると痛い目にあうぜ」

「ほう…では試してみるとするか」

大きく両腕を広げ、拳を握りしめた。

コバスの動きに合わせて、アクスは構えを取った。

二人の動きを見て、ヘルガンが息を呑んで見守る。

二人は地面を強く蹴り、強くぶつかり合った。

地面がえぐれ、衝撃波で建物がきしむ。

拳を合わせた二人は、拳にさらに力を込める。

二人は力を押し付け合い、アクスの拳がコバスの拳を砕いた。

出血した手を庇いながら後ろに下がるコバスを、アクスは追いかけた。

追いついたアクスは、コバスにもう一発攻撃を叩き込もうとするが、砕けたはずのコバスの拳が治っており逆に攻撃を受けた。

地面に転がりながら体勢を立て直すと、長く伸びた腕が迫って来ていた。

アクスは伸びてきた腕を、魔力を帯びた手刀で切り落とした。

短くなった腕を思いっきりぶん回し、空高く投げ飛ばした。

アクスは腰の辺りに両手を置き、両手の掌の中に魔力を溜め始めた。

そして、大きく張り上げた声と共に強烈なエネルギー波を放った。

空中に投げ飛ばされたコバスは、受け止めることも出来ずにエネルギー波をまともにくらった。

エネルギー波は爆発し、コバスは地上へと落ちた。

体から煙を上げながら、体の傷が治っていくコバスを観察するように見ていた。

「やっぱ再生すんのか…吸収はしなくていいのか?」

怪我が治ったコバスは、立ち上がり語り出した。

「私にはそういう吸収能力はなくてな…」

「そうか…だったら、前のやつよりは楽だな」

アクスは再び腰の辺りに両手を置き、魔力を溜め始めた。

それを見てコバスは、阻止しようと急接近した。

力を溜めるアクスの背後に回り込み、頭に蹴りを放った。

それを片手で防ぎながら、もう片方の手では続けて魔力を溜めていた。

片手で攻撃をさばきながら、アクスは足技を中心に反撃をし始めた。

攻撃を手で弾いたところを、大きな蹴りをくらわせコバスを吹き飛ばした。

攻撃を受け体勢を崩したものの、地面に着地したコバスは両腕を地面に突き刺した。

何かと思い様子を見てると、アクスの足元が割れコバスの腕が飛び出してきた。

後ろに下がって攻撃をかわすが、コバスの攻撃は執拗に続いた。

とうとう足をを掴まれ、体全体に腕が巻き付いて自由を奪った。

捕らわれたアクスの目の前で赤い光が輝く。

「くたばれ!」

コバスの口から高エネルギー砲が放たれた。

赤い光は自身の腕ごとアクスを巻き込み、直撃した。

エネルギー砲は凄まじい熱量と衝撃波を放ち、辺りの地形が溶けていた。

コバスの口から光が消え、エネルギー砲の勢いが収まっていった。

立ち込める煙が風で払い飛ばされ辺りの様子が映し出された。

そこにはアクスは居なかった。

「くく…くたばったか」

それは違った。

日光に混じり、青い光が空から照らされた。

それに気づいたコバスは上を見上げた。

「なっ!?」

日光に隠れ、アクスが空高く跳んでいた。

片手には青い光を放つ魔力の玉が出来ていた。

「はぁぁぁぁ!!」

片手に溜めた魔力を一気に放出した。

魔力は巨大なたばとなり、コバスを地面に打ち付けた。

地面はへこみ、コバスは地面とエネルギー砲に挟まれながら、エネルギー波の爆発に巻き込まれた。

地上に着地したアクスは、立ち込む爆煙を冷気の混じった風を起こし吹き飛ばした。

丸いくぼみが出来た地面に、コバスの足だけが残っていた。

「やったぁ!!」

勝利を確信し、ヘルガンが叫んだ。

だが、アクスの浮かない様子だった。

じっと見ていると、コバスの足から肉が生まれ体を形成していった。

少しの時間も経たない内に、コバスは元通りの姿になっていた。

「まいったな…あれだけバラバラになっても再生できんのか」

「そういうことだ」

アクスは息を切らしながら、崩れそうになる足を落ち着かせた。

「今のでだいぶ体力を消耗したようだな」

「そりゃお互い様だ、今の再生でお前のパワーもガクンと落ちちまってるぜ」

しかしコバスは、余裕そうに笑みを浮かべた。

「それはどうかな…?さっき貴様に切り落とされた腕…どこにいったと思う?」

「ん?何のことだ…」

先程、アクスがコバスの腕を切り落としたが、コバスの体は五体満足の状態であった。

それは再生で新たに出来た腕であり、切り落とした腕とは違う物だ。

「むぐっ!なんですかこれ…」

「きゅっ…!きゅ…」

ヘルガンとラックルのうめき声が聞こえ、アクスが振り返る。

そこには、謎の肉片に包まれた姿があった。

「ヘルガン!?どうしたんだ!」

コバスが指で自身へと招くと、肉片はヘルガン達を包んだままコバスに向かって飛んでいった。

「はぁ〜!!」

肉片はコバスの口に入り込み、体を変化させていった。

コバスの体はみるみる内に姿を変えてまったく別の姿になった。

現れた姿は、白く輝くふさふさとした長い髪に。

ヘルガンが身に着けていた緑のローブをまとっていた。

コバスは自身の体を眺めながら、何度か腕を回したり拳を握ったりして体の具合を確かめた。

「おいお前!ヘルガンとラックルをどうしやがった!」

「見ればわかるだろ、この俺がいただいたのさ」

コバスの姿は、まさしくヘルガンとラックルの特徴を持った姿であった。

「てめぇ…汚えぞ、吸収するなんて…」

「汚いだと?甘っちょろいやつだな、戦いに綺麗も汚いもないだろう」

アクスは一概に否定する事が出来ず、力強く歯を噛み締めた。

「さてどうする、このまま戦うか?」

「当たり前だ!」

「だろうな…くくく、自分の命を取るか、仲間の命を取るか見物だな」

「そんなもん…両方だ!」

拳を震わせ、アクスは怒りのままに戦いの構えを取った。

「強欲なやつだな、その欲深さはいずれ命取りになるぞ」











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