第8話 戦いの前の静けさ

朝、急な寒さで目が覚めたサリアは、窓の外を覗いた。

「あっ!雪降ってる!」

外はすっかり冬景色ふゆげしき、辺り一面が雪で染まっていた。

「やっぱり生で見る雪は違うわね」

以前まで神々の住まいである天界で暮らしていたサリアは、雪を間近まぢかで見るのは初めての事だった。

「ふっ!やっ!はあっ!」

外からアクスの声が聞こえてきた。サリアは辺りを見回して探した、アクスを見つけた途端とたん、あらんばかりの叫び声を上げた。

「ぎゃあああ!」

外に居たアクスは、寒空さむぞらの下で、あろうことか薄着で修行をしていた。

声に気づいたアクスがサリアに振り向く。

「どうしたサリア!なにかあったのか?」

サリアは大急ぎで着替え、玄関を通ってアクスを家の中に引っ張り込んだ。

突然の事にアクスは困惑し首をかしげる。

そんなアクスを見て、サリアがため息をつく。

「アクス、その格好はどういうつもり?」

「なにって?修行したら暑くなるからな、脱いだんだよ」

「あのねぇ!外は雪よ、雪!」

アクスはお気楽な声で答えた。

「雪が降ってようが暑い時は暑いだろ?」

歯をぎりりと鳴らしながら、サリアは自分の部屋へと戻って行った。

少しするとサリアが戻って来た。

「はいこれ!」

アクスにしぶい緑色のコートを差し出した。

首から下まである長いコートは、触るだけで丈夫で暖かいことがわかる。

サイズもアクスにピッタリで、動きやすい素材で作られている。

「アクスの防寒着よ、作っといたから外に出るなら着なさい」

しかしアクスは、手に取ったコートを不満げに眺めていた。

「別に寒くねぇんだけどなぁ…」

その言葉に、サリアが鋭い視線で睨みつけた。

世間体せけんていが悪いのよ、私まで変な風に思われちゃうわ」

サリアの困った顔を見て、アクスは渋々しぶしぶコートを羽織はおった。

「あら?二人とも朝から早いわね」

二人の背後からリーナが声をかける。

「あっリーナ、聞いてよアクスったら…」

サリアは振り返り、リーナの姿を見て押し黙った。

アクスと同じように、冬だというのに薄い服を身に着け、平然としていた。

サリアは身を震わせながら、おずおずと尋ねた。

「…リーナ?まさかその服で修行するなんて言わないわよね?」

「ん?するに決まってるでしょ?暑くなるし」

間延まのびした声でアクスが反応する。

「だよなぁ?」

「でも…!世間体せけんていってものが…」

リーナが呆れたようすで、サリアの話を遮る。

「あのねぇ…確かに非常識かもしれないけど、個人の自由ってもんもあるでしょ」

「うっ…!」

リーナの言い分に、サリアは否定できず、言葉が詰まる。

リーナは玄関へ向かい、ドアノブに手をかけた。

「まぁ、間違っても凍死したりしないから安心しなさい」

そのままリーナは雪が降り積もる中、家の外へと飛び出して行った。

それに続き、アクスが手に持ったコートを置き外に出ようとした。ふと、何か音が聞こえ、サリアに振り返った。

「…私はただ…二人の事を心配してるのに…」

小さく震え、目にはわずかに涙が見える。

それを見たアクスは、すぐさまコートを羽織はおった。

「サリア!すまなかった!コートはちゃんと着るから泣かないでくれ!」

そう言うと、アクスは外に飛び出して行った。

サリアは普段と違うアクスに動揺し固まっていた。

少し時間が経ち、我に返ると、再び涙を流した。だが、これは悲しみの涙ではない。

「アクス…成長したのね…!」

アクスの変貌へんぼうぶりに驚いていたものの、しっかりコートを着てくれたアクスに対しての成長を嬉しく思い涙した。

その様子を影からヘルガンが見ていた。

「なにやってんだこの人達…」


朝食を済ませ、四人は冒険者ギルドへと向かった。

ミルフィの町を襲った様々な事件を解決し、冒険者ギルドには活気が戻っていた。

四人は仕事はないかと掲示板を眺めていたが、全く仕事がなかった。

「もぉー!なんで仕事ないのよぉ!」

思わず叫ぶサリアに、リーナが答える。

「そりゃあ魔物も冬眠してるし、仕事の数は前と変わりないわよ」

サリアは肩を落とし、少し考え込んでから口を開いた。

「じゃあ!今日はしっかり休みましょう、逆に今まで働き過ぎだったのよ、たまには休みも必要よね!」

「じゃあ俺、帰って修行する」

のんきにそう言うと、一人でギルドから出ようとした。

すかさず、サリアがアクスの服のえりを掴む。

「“休みましょう”って言ったのよ?なのになんで修行とか言うのよ!?」

サリアはアクスにせまる勢いで問いかける。

「休んでたら身体がなまるんだ、いつ魔王軍が攻めてくるかわからないんだから、きたえとく必要があるだろ」

アクスなりに真面目な事を言うが。

「だ・か・ら!!休める内に休んでおこうって事よ!」

サリアの言い分も正しく、否定は出来ない。

修行をしたいアクスと休みたいサリア、二人はにらみ合ったまま話の流れはそこで止まった。

二人の間に割って入り、リーナが話を始めた。

「だったらさ、遊びと修行を両立りょうりつしましょう」

両立りょうりつ…ですか?」

ヘルガンがおずおずと尋ねる。

「遊びは楽しければリフレッシュできるし、体を動かせば修行にもなるわ」

話を聞いたサリアが、笑顔を浮かべながらリーナの手を握る。

「それよ!さすがリーナいい事言うわね。いいわよねアクス?」

振り返り、アクスに問いかけた。

「体を動かせるならいいぞ」

先程まで喧嘩してたとは思えないほど軽快に答えた。

「じゃあ早く家に帰って遊びましょ!なにしましょうか!?」

サリアは妙にテンションが高く、足取り軽く先に帰っていってしまった。


サリアの後を追って三人が家に戻ると、サリアが辺りの雪を集めていた。

「なにしてるんだ?」

尋ねられたサリアは鼻息をふんと鳴らし、得意げに話し始めた。

「体を動かす…遊びを加える…これに当てはまるものは、そう!雪合戦!」

「なるほど雪合戦ですか」

「そうよ!これなら体も動かせるしいいでしょ?」

サリアは、アクスとリーナに向かって自信満々に語った。

「雪合戦ってのがなんなのかは知らねぇけど、面白そうだからいいぞ」

「私もいいわよ、じゃあチーム分けはどうする?単純に男VS女にする?」

「それでいいわよ、他のルールとしては…それぞれ領地を決めて一番奥に旗を置く、これが取られたら負けで」

サリアはそれぞれ違う色の旗を取り出した。

「って事は、領地に侵入してもいいのかしら?」

「ええもちろん、あとは魔法とかは禁止ってことぐらいかしら」

他に意見が出ることはなく、準備時間に入った。

アクスとヘルガン、サリアとリーナに別れ、それぞれ距離をとり雪の壁を作り始めた。

サリア達二人は、いくつもの壁を間隔を置いて作り出した。一番奥にある旗を守る壁は、水をかけて凍らす事でより一層固くした。

サリアは鼻歌まじりに、どんどん壁を作っていく。「ずいぶん楽しそうね」

「まぁね、子供の頃は一緒に遊ぶ友達がいなくてね、こういう事は初めてなのよ」

一方アクス達は、いくつか壁を作り終え、雪玉作りに専念していた。

「きゅい!きゅい!」

ラックも、二人の雪玉作りを真似まねして雪玉を作り始めた。

「ラックも手伝ってくれるのかい?ありがとうね」

ヘルガンがラックをめるように頭をでる。その時、ヘルガンの頭に覚えのない風景が映し出される。

「うっ!なんだ…!?」

頭の中に映されたのは、雪合戦をする四人の姿、不思議なことにその映像の中で、自分が倒れている姿が目についた。

「…お…い…ヘル…ガン…!」

そこで映像は途切れてしまった。

「ヘルガン!大丈夫か?」

アクスの呼びかけで正気に戻ったヘルガンは、自身の体をペタペタと触った。

「あの…僕の身体、変じゃないですよね?」

ヘルガンは先程さきほど見た映像の、倒れていま自分を見て不安そうに話す。

「なに言ってんだお前?変な物でも食べたか?」

当然アクスにはヘルガンの言う事はわからず、首をかしげられた。

「でっ…ですよね」

あの映像が気になるも、原因も意味もわからず、ヘルガンは気持ちを切り替える事にした。

「そうだ!さっき僕の事呼びました?」

「ん?ああそうだ!雪合戦ってなんだ?」

今更ルールを聞いてくるアクスに、呆れながらも丁寧に説明を始めた。

「雪合戦は、雪玉を使って相手にぶつけるんですよ。なので、殴ったりしたら駄目ですよ」

念を押すように、力強く言い切った。

「それだけか、まぁ簡単そうだし大丈夫だろう」

アクスには自信があるようだ、雪玉を握りしめ、大きく手を振りながらサリアに声をかける。

「サリアー!早くやろうぜ!」

アクスの呼びかけに反応し、サリアも手を振りながら声をかける。

「いいわよー!それじゃあ…始め!」

サリアの合図と同時に、リーナが大きく腕を振り上げ雪玉を投げつける。

遠くから放たれた雪玉は、風を切るように飛び、アクス陣営の壁を何枚も貫通して壊わし、一番奥の壁に叩きつけられた。

「「えっ…!」」

サリアとヘルガンの気の抜けた声が同時に聞こえた。

雪玉を投げた張本人は、軽く舌打ちをした。

「ちっ…!さすがに奥までは無理か」

次の雪玉を握り、再び投げつけようとする。

「そうこなくちゃな!今度はこっちの番だ!」

リーナが投げる前に、アクスが雪玉を思いっきり投げつける。

雪玉は何枚もの壁の間をくぐり抜け、リーナの眼前がんぜんまでたどり着いた。

「ふんっ!」

咄嗟とっさに出した左腕で雪玉をはじいた。

二人はお互いに笑みを浮かべながら、次の投擲とうてきに移った。

今度はさらに早く連続で投げつけた。

投げた雪玉は、お互いにぶつかり合い、空中ではじけた。

サリアとヘルガンの二人はなにもできず、ただただ壁に隠れる事しか出来なかった。

「ちょっとアクスさん!これなんですか!?」

アクスは変わらぬペースで雪玉を投げながら、答えた。

「なにって雪合戦だろ!?」

「絶対違いますよ!これただの戦争ですよ!」

「どこを見ている!」

ヘルガンに注意が向いた一瞬をつき、リーナの雪玉が重たい音を立てアクスに直撃した。

「なんですか今の音は!雪玉からあんな音でるんですか!?」

もはや雪合戦とは遠く離れた状況にツッコミきれなかった。

ふと、サリアの事が気になったヘルガンは、壁から少しだけ顔を出し、大きな声で呼びかけた。

「大丈夫ですか!サリアさん!」

声に反応し、壁からサリアの手だけが見えた。

「…ケテ…タスケテ…」

荒れ狂う雪合戦の中で、サリアはとっくに戦意を失っていた。

「サリアさん!なんとかしてくださいよ〜!」

ヘルガンの叫びはむなしく響き渡った。

「スキあり!」

リーナが投げた一球が、ヘルガンの顔に直撃した。

「ぐへぇ!」

重い雪玉をくらったヘルガンは、勢いよく地面に仰向けに倒れ込んだ。

「ヘルガンしっかりしろ!」

「きゅい!きゅい!」

アクスとラックが呼びかけるも、ヘルガンからの返事は返ってこなかった。

「よそ見してるひまはないわよ!」

いつの間にか、リーナは距離を詰めてきていた。

距離が詰まった事で飛んでくる雪玉のタイミングがズレ、アクスは腕や胴体にダメージを受けた。

「…こんの!」

腕を痛めながらも、アクスは反撃しようとここぞの時を待った。

リーナの投擲のすきを見つけ、雪玉を投げようと腕を振りかぶる。

「いっつ…!」

雪玉を投げようと振りかぶったその時、腕に鋭い痛みが襲った。

咄嗟とっさに投げるのを止めようとするが、腕は止まらず、そのまま雪玉を投げつけた。

し雪玉はねらいから大きくはずれ、奥に居たサリアに向かって飛んでいってしまった。

「しまった!!」

それに気づいたアクスは、素早く人差し指を立て、サリアの目の前に氷の壁を作り出した。

雪玉は重い音を立て、氷の壁にぶつかって粉々になった。

「よそ見してるひまなんてないって…言ったでしょ!」

すきだらけのアクスをねらい、容赦ようしゃなくリーナが雪玉を投げつける。

「ぼへっ!」

対応出来ずに、もろに雪玉を顔面にくらったアクスは勢いよく吹っ飛んだ。

なんとか立ち上がろうと体を動かすも、徐々に目がかすんでいき、気を失った。

アクス達が倒れ、リーナは素早い動きで旗を取った。

「よっしゃ!私達の勝ちよ!」

リーナが大きく腕を掲げ、勝利のガッツポーズをとる。

「喜んでる場合じゃないわよ!二人を助けないと!」

壁に隠れていたサリアが二人の元に駆け寄り、身体をゆすって二人の反応を待った。

「う…うん?サリアか…いてて…負けちまったか」

アクスは打撲だぼくを負っていたが、軽傷であった。

起き上がったアクスを見て、サリアは安堵あんどした。

「よかった!無事みたいね」

軽く息を吐き、胸を撫で下ろした。

「ヘルガンも大丈夫?」

「うぅ…痛いです…」

ヘルガンは痛みで赤くれた顔を押さえながら、地面に仰向けに寝転がっていた。

あとから遅れてリーナがやって来た。

「あー…ごめんね二人共、大丈夫?」

申し訳無さそうに、軽く平謝りした。

アクスは特に怒ってる様子も見せず、さわやかに答えた。

「大丈夫だ、こんくらいなんて事ねえさ。それよりももう一回しようぜ!今度はチーム変えてよ…」

「いやです!」

ヘルガンが切実な想いで叫んだ。

それに便乗するように、サリアも口を開いた。

「私もいやよ、遊びって言ったのに本気で攻めてくるし楽しくないわ」

アクスはあごに手をつき、考えるようにうつむいた。

「そうなのか…スピード感があって楽しいと思ったんだが…」

「速すぎても駄目に決まっているでしょう!?とにかく、今日はもう修行も禁止!家でおとなしくすること!」

「「えぇー!?」」

アクスとリーナが同時に叫んだ。

「文句言わない!」

結局、その場はお開きとなり、四人は家でゆっくり休む事にした。


時間が経ち、すでに外には大きな満月が見えていた。辺りは静寂せいじゃくに包まれ、動くものはいない。

「へくち!うぅ…寒い…」

サリアが寒さのあまり、ベッドから体を起こした。

「今夜は冷えるなぁ…」

再びベッドに潜り込み、眠りにつこうとしたが、寒さで眠れなかった。

眠る事も出来ず、下の階で暖炉だんろにも当たろうと部屋を出た。

一階に降りようと階段に足をかけると、扉が開く音が聞こえた。玄関からのようだ。

サリアは息をみ下に降り、玄関の扉をおそるおそる開けた。

「アクス?」

アクスが空を見上げ、雪が降る中、満月を一点に見つめていた。

「アクス!」

二度の呼びかけでようやく気づき、アクスは振り返った。

「…サリアか」

アクスは妙に落ち着いた様子で、普段とは違う感じにサリアはほうけたように立ち尽くしていた。

「どうしたんだサリア」

アクスの声で正気に戻ったサリアは、アクスに尋ねた。

「なにしてるの?」

アクスは振り返り、月を見た。

「満月の日は…妙に身体がうずいてな、修行しようと外に出たんだが」

そう言うと、アクスの視線は再び満月に捕らわれていた。

「今日は修行禁止って言ったはずだけど?」

呆れたように深く息を吐き、アクスを見る。

「今は深夜の二時だぞ」

気づけばとっくに一日を過ぎていた。

「あら、そうだったの?でもね、こんな時間に起きて修行したら明日の朝起きれなくなるわよ」

「…その辺は大丈夫だ、もう少ししたら寝るから」

やはり何か妙だ、おとなしいというか冷静というか、サリアはアクスの様子に困惑していた。

「…なにか変な物でも食べたのかしら、それとも昼間の雪合戦で受けたダメージで…」

一人でぶつぶつとつぶやき、考え込むサリアに、アクスが近寄っていった。

「どうしたんだサリア?なんか変だぞ」

「それはこっちのセリフよ、なにか体に異常とかないわよね?隠したりしてないわよね?」

アクスの体をすみからすみまでペタペタ触り、異常が無いか確認した。

「なにも問題ねぇよ、大丈夫だから安心しろ」

腕を振り払い、アクスは再び満月を見た。

本人は問題ないと言うが、サリアから見れば今のアクスの様子はおかしく、もやもやした気持ちになっていた。

訳がわからず、アクスと同じように月を見て落ち着こうとした。

その時、アクスの眉がひそめられる。

「来たな…!」

アクスがつぶやくと、突如とつじょ、空に光る満月を黒い霧がおおった。

光が消え、辺り一帯が闇におおわれる。

アクスが北の方角へ目を向ける。その先にある森の中で、闇の中で光る邪悪な光が見えた。

森の中には、見覚えのある女性が立っていた。

魔王軍幹部、ラルトであった。

「さぁて…始めましょうか!」

闇の中でラルトの瞳が爛々らんらんと輝いた。








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