【07】第1話 : 探偵のコーヒーブレイク〈1〉

「あぁ…ヤマザキ先生。また、煮詰ニツまってますねぇ…」

 イタズラ顔のルージュが俺をからかう。

 軽く否定は、してみたものの気になる…。

「何で、そう思うんだい?」

「だって…。先生いつも考え事するタビに、コーヒーミル、ご自分でおきになるでしょう?」

 バレていたかぁ…。

 その通りだ。

「先生が豆を、おきになってばかりだから粉を保管するビンが、無くなってしまいました」

 昨日の手術からずっと、ローハイド氏の疾病シッペイ原因を考え続けている。

「それは、すまなかった! これで最後にしておくよ」

 もちろん、アルコールがアナフィラキシー・ショックの原因である事は分かっているのだが…。

「なぜ、本人が口にしていない大量のアルコールが、第七牛腑から摘出されたか…だ」

 ─ミルのハンドルが、ゆっくりと回る。

 まるで、深い迷宮階段を降りるかの様に。

 


 午前中の診療が終わり、キッチンで、二人と一緒に、コヒーブレイクと、しゃれ込んだはイイが…。

 不意にブリオが、明日までに提出するゼミ・レポートのペンを止め横槍ヨコヤリを入れて来た。

「なんなら、患者さんは命まで失いかけたんでしょう? 殺人未遂サツジンミスイの可能性だってあるじゃないですかぁ。先生なんだか探偵さんみたい! ブリオ、ミステリードラマ大好きなんですよねぇ…オラ!! ワクワクして来たっゾ!! 」

 ブリオが、国民的アニメ主人公のマネをして、おどけて見せた。

「コラ! ブリオちゃん。 ローハイドさんは、曲がりなりにもルージュさんの義理の、お父さんなんだぞ。 不謹慎フキンシンだろ!」

「あぁ…ブリオ、そう言うつもりじゃ…無くて…ごめんなさい…」

 ルージュは、シナモンロールケーキを運びながら言う。

「いいのよ。ブリオちゃん。気にしてないわ」

 彼女は、ニコニコしながら深煎フカイりコーヒーを二人にソえる。そして静かにテーブル席に着いた。

 ─俺は、この『シルバーナ』ケイコーヒーショップの豆が大の、お気に入りだ。

 深い香りと上品なコク。

 そこに重なる甘~いシナモンの吐息トイキ…。

 これほどの太いボディーの豆には、舌にみついて来るぐらい、ワガママなケーキがふさわしい。

 もはや背徳感さえ粉砕フンサイするワイルドな糖分と、薫香クンコウの狂気と化したカフェインが、俺の脳内を蹂躙ジュウリンけて行く…。



「先生! …先生! …ヤマザキ先生!」

 なっ何だよ…。サワがしいなぁ。

 こっちは、エツに入ってるんだよ。

 ほっといてくれよなぁ…。

「先生…たらっ! 先生から、お電話です!」

 ルージュが、いつの間にか受話器を片手に、俺をニラんでいる。

「ああ…すまない…ルージュさん」

 クワえたままのフォークを、シナモンロールに差し置く。

『チタ』とは、ブリオが通う医大の助教授である。

 ちなみに彼女は、チタ・ゼミの生徒でもあるのだ。

 俺は、研究会を通して彼と知り合った。

 変わり者ではあるが気さくで、いい男だ。

「ハイ! 代わりました…ヤマザキです」

「おう! ヤマザキ! 昨日、預かってた、病理検査の結果が出たぞ」

 さすがに、仕事が早い。

 助かる。

「さっそく、残留物の中身だがな…。

 一つ目が干し草だ。まぁ半分以上、胃液で溶けてしまっていたけどよ。こいつあぁ収穫した小麦を更に熟成させた発酵食品ハッコウショクヒンだったぜ」

 受話器の奥から子供をあやす声が聞こえる。多分、自宅から電話しているのだろう。

「ただの牧草では、なかったんだな!」

「ああ…そうだな!

 二つ目は液体状のアルコールだが、ありゃぁ麦酒だ。分かり安く言えば、苦味の成分であるホップさえ入れてやれば、ビールになっちまう代物シロモノだ」

 発酵食品と、ビール? ますます分からない。

「これは、余談ヨダンだがなぁ。

 その発酵食品を電子顕微鏡デンシケンビキョウで細胞レベルまで映像解析エイゾウカイセキしてみたら、大変にメズラしい三日月ミカヅキ形をした赤色菌セキショクキンを発見したんだ」

「そりゃ珍しい菌だぁ…。聞いた事が無い」

「だろう? そこで俺も気になってな。厚生賢医省コウセイケンイショウの友人を秘密裏ヒミツリに通して調べてみたらなぁ『スモーキー&カンパニー』の会社名義で、この菌、

 えぇと…『R1-35-O 酵母菌コウボキン』って名称で、25年前に特許申請トッキョシンセイされていたんだとさ」

「そんな珍しい菌が、何でローハイド氏の腹から出て来るんだよ」

「そんな事、俺が知った事かよ」

 ─あぁ…もっともだな。

「わりぃ! わりぃ! こっちも、ローハイド氏の疾患が分からなくて、弱っている所でな…」

 ─何とか解決の糸口さえツカめれば。

「それで、そのう、何だ…R1なんちゃらってヤツは、会社での使用目的は何だ?」

「さすがに、特許の内容までは公開されていては無いな…。まぁオレの見解だがなぁ…特許申請するくらいだから会社にとって、よっぽど価値の有る貴重な菌だろうよ」

 ─同感だ。三日月形の赤色菌か。

 糸口になるかもしれないな。

「チタ! 毎度、忙しい所、悪リィなぁ! 次、研究室の近くに寄ったら、レイに上がるよ」

「おぉ! それなら、この間、ヤマザキからもらったウイスキー…富士見フジミ…いや違う! ふ…し…み…そう! 伏見フシミ12年、ありゃぁウマかったぁ」

「手に入りにくい、酒だがなぁ…。ヨシ! 当てを探しておくよ。チタ!」

「まあ、万年金欠男のヤマザキ先生だ! 俺は期待キタイしないで待ってるぜ!」

 ─相変わらず、減らず口をタタきやがる。

「友人なら、少しくらいは、信用してくれよ」

「あいにくだがな! 俺がヤマザキを、唯一信用している所は…。まぁ…不思議に…その覚悟を持っただ! それだけだ!」

 ─ヘッ! ありがとよ。恩に着るぜ。チタ。

 電話口で『ワッ!』と赤ん坊が泣き出す。

 そこで、通話はプツンと切れた。





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