第5話

「あ、お母さん!」



妹の声で我に返った。



壊れたロボットみたいにぎこちなく視線を向けると、両親が寝室から出てきたところだった。



妹がすぐにその足にじゃれついている。



「恵美、今日は早いのね」



珍しくテレビの前に座っているあたしを見て声をかける。



「お母……さん」



自分が出した声だけど、自分のものじゃないように感じられた。



「どうしたの?」



いつもと様子の違うあたしを怪訝にかんじたお母さんが近づいてくる。



そしてあたしの顔を間近で見た瞬間息を呑む音が聞こえてきた。



「どうしよう、あたし……」



「なんで!?」



あたしの言葉をさえぎるようにお母さんが叫んでいた。



その声は家を揺るがすほどの大きさで、妹が驚いて動きを止めた。



「どうした?」



お父さんが近づいてきて、そしてすぐに目を見開く。



次にあたしの横に座り込んで右頬の数字を指先でこすり始めた。



「マジックかなにかで書いたんだろう? お父さんたちを驚かせようと思ったのか?」



言いながらもお父さんの声は震えている。



あたしの頬をこする力は強く、すぐに頬が痛くなってきた。



「なかなか消えないな。いったい何で書いたんだ?」



消えない数字にお父さんの声がかすかに震え始める。



「お父さん……」



気が付けば視界がゆがみ、涙がこぼれていた。



「大丈夫。こんなのお父さんが消してやるから」



そしてまた力を込めてこする。



頬はヒリヒリしてきていた。



「ダメだよお父さん。その数字、消えないの」



あたしはお父さんの手を自分の手で包み込むようにしてとめた。



動きを止めたお父さんの手が微かに震えている。



両親の顔を見なくてもそれが青ざめていることは安易に想像できた。



「どうしよう……あたし、商品に選ばれちゃった……」



自分で呟いたその声が、どこか遠くから聞こえてきたように感じられたのだった。


☆☆☆


それから30分後。



制服姿に着替えたあたしはお父さんの運転する車の後部座席に乗っていた。



助手席にはお母さんが乗っている。



2人ともさっきから前方を睨みつけていて、一言も言葉を発しない。



あたしもなにも言えなかった。



ただ、流れていく景色を見つめる。



昨日はあれだけ曇っていたのに、それでもあたしが見ている世界には色があった。



でも、今日は違う。



いい天気なのにすべてが曇っているように見えた。



道行く人々はすべて自分を敵視しているように見える。



誰かがこちらを見ていたら自分が見られているのでないかと思い、身をかがめた。



まるで犯罪者にでもなったような気分だ。



「もう少しで街から出られるからな」



ずっと黙っていたお父さんの声にあたしは顔を上げた。



「どこへ行くの?」



「どこか遠くだ。とにかくもっと人が沢山いる場所」



「そんなところに行ったらもっと狙われちゃう!」



後ろから慌てて言うと、お母さんが振り向いた。



「人ごみに隠れるのも手だと思うのよ。頬の数字はそんなに大きなものじゃないから、絆創膏で隠せば、きっと恵美が商品だとは気がつかれないから」



早口に説明するお母さんに、不安は増す一方だ。



本当にそんなにうまくいくだろうか。



この前まで商品だった子たちの半分は死んでしまった。

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