まん(じ)じゅう(べえ)こわい

一之三頼

まんじゅうこわい

「なぁ、小十郎。おめぇ、剣の腕が滅法立つが、何か苦手なもんや怖いもんはねぇのか?」

「おいおい、重蔵。そんなもん………。いや、そうだな饅頭が怖いなぁ。」


小十郎と呼ばれる男は友人の重蔵の問いに『さてはこいつ、俺を驚かそうって腹だな?』と邪推し、重蔵に饅頭を持ってこさせようと企んだ。饅頭が怖いと聞いた重蔵はきっと俺の下に饅頭を持ってくるだろうとほくそ笑んだ。


「饅頭?まんじゅう?あぁ、最近巷で噂の万次十兵衛の事か?確かに噂じゃ、果し合いにゃあ負け知らず、何人もの腕自慢が切られてる上に、姿を見た者は居ないって言う話だからなぁ。」

「なにぃ?万次十兵衛?」


小十郎は予想と違う返答に困惑した。

何せ自分の剣の実力には自信があり、強いと噂の猛者たちを探しては降してきたものの、万次十兵衛などと言う男の噂は、目の前にいる重蔵から初めて聞いたのだ。

それほどまでに腕が立つのであれば自身もその噂を聞いたことがあるはずにも関わらず、だ。


「おい重蔵、その万次何某はどこで会えるんだ?」

「いや、それがとんと分からんのよ。噂じゃあ夜に現れるって話しか聞かんのだ。斬られちまった連中は揃って十条の河原に晒されててな。物見に行った連中も十条の河原を探し回ったんだがどこにも果し合いをしている奴なんていないんだ。」


小十郎は重蔵の話を聞き、なんだ眉唾かと感じる反面、実は本当に万次十兵衛が実在するのではないかと半信半疑だ。

作り話であればそれでよし、しかし実在するのであれば探し出し、果し合いたい。


「重蔵、今日は帰りな。」

「おいおい、いきなりどうしたってんだ?」

「俺が今夜、十条の河原を見てきてやるよ。俺ほど腕の立つ男が来て、現れないんじゃあ万字何某は居なかったってなるだろう。それにもし本当にそんな奴がいるんなら、この俺が斬ってやる。」




重蔵を帰し、夜まで休んだ後、十条の河原へと向かう。

夜の帳は辺りを暗く包み込み、五間先は何も見えない。

だと言うのに、ぼぅっと白い装束の人間だけが、やけに目立つ。


「貴様、何者だ?名を名乗れ。」

「万次十兵衛。」

「そうか、貴様が!俺は小十郎。貴様との果し合いを所望する!」


小十郎は名乗り、刀を抜く。

しかし万次十兵衛は微動だにしない。


「命惜しくば、去れ。」

「俺を愚弄するか!後悔させてやる!」


距離を詰め、上段からの袈裟斬りで万次十兵衛を斬り捨てる。

かに見えたが、


「な!?」

「今一度言おう。命惜しくば、去れ。」


手応えは無く、万次十兵衛は傷一つない。どころか白装束すら斬れていないのだ。

確かに斬ったはず。されど現実はそれを否定する。


「貴様、化生の類か!?」

「半歩。」

「は?」

「引いたな。」

「なっ!?」


万次十兵衛は何かを呟いたかと思うと、小十郎が引いたことを指摘していた。

無意識的な行動。それを言い当てられた小十郎は動揺した。

いくら多くの果し合いを勝ち続けてきた小十郎と言えど、人ならざる者と戦うのは初めての事である。

優れた剣士であるからこそ、自身の間合いを活かす癖が、自身を勝利させてきた癖が、半歩引かせたのだ。


「さらば。」

「ま、待て!俺は、俺は引いてなど!引いてなど………。」


その半歩は万次十兵衛に小十郎が撤退の意思があると感じさせた。

そして小十郎は万次十兵衛へと手を伸ばすが、彼は夜の闇へと溶けていった。

闇夜に残されたのは自信が打ち砕かれ、刀さえ地に落とし、棒立ちの小十郎のみであった。






「おう、小十郎。どうだった?万次十兵衛は居たか?」

「居た。」

「ほぉ、それで生きて帰った来るとは、また勝ったんだな。こいつはめでたい。」


翌朝、重蔵は小十郎の家を訪ね、事の顛末を聞いた。

生きて帰って来た友人に言祝ぎ、笑みを浮かべた。

しかし当の小十郎の表情は暗い夜をそのまま引きずって来たかのようだ。


「勝ってなどおらぬ。」

「ん?噂じゃあ果たし合った連中は皆死んでいるって話だが、それならなんで?」

「死んだ連中は皆、勇敢だったのだ。俺は臆した。あの化生に。」

「なに言ってんだ。生きて帰ったなら、また鍛えて果たし合うことも出来よう。そう落ち込むな。」


重蔵は落ち込む友人を明るく励ます。

しかし小十郎は上の空のままポツリとこぼした。




「あぁ、万次十兵衛はこわい。」


と。

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まん(じ)じゅう(べえ)こわい 一之三頼 @hajimemirai

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