第43話、空の向こうの幻の命は、ここに在ると自覚した時点で幻じゃないと



―――ひとりぼっちだったぼくが、「お兄ちゃんになるのよ」と、おかあさんにいわれたあのひ。


ぼくはうれしかった。

うまれてくるきょうだいに、たよりにされるおにいちゃんになろうっておもった。

おとうさんはそんなぼくに、うまれてくるきょうだいはいもうとで、なまえは『しいな』だっておしえてくれた。


「お前はお兄ちゃんになるんだから、ちゃんと守ってあげなくちゃ駄目だぞ」って。


ぼくは、それにうなずいて『しいな』がうまれてくるのをまっていた。

たくさん、たくさんまっていたんだ。



だけど……。


『しいな』はいつまでたっても、やってきてはくれなかった。

ぼくはさびしかった。

そしてかなしかった。

おかあさんは、かなしいかおでごめんねって、ずっとないていた。


『しいな』にはもうあえないって。

『しいな』は……うまれてくるまえに、ひとりでとおい、とおいところにいっちゃったんだって。


とおいところでひとりぼっちだなんて、きっとさびしくてかなしくてないているかもしれない。

ほくはおにいちゃんになったんだから、たすけにいかなくちゃっておもった。



だけど。

『しいな』をぼくは、とうとうたすけることはできなかったんだ。


『しいな』のいるばしょは、ほんとうに。

とってもとっても、とおいばしょだったから。





……そして。

その日から、『詩奈』は。

その名前だけが残る、会うこともこともできない、姿なきたった一人の妹として、僕の中に生き続けていた。

話したくても、助けたくても、守りたくても、もう叶わないまぼろしとして。


だが、僕は時が経つにつれ……風化するように、だんだん彼女のことを思い出さなくなった。

そうやって逃げることしか僕には術がなかったからだ。


なのに。

その、焦がれて止まない詩奈の声が聞こえるんだ。

なにかとても悲しいことがあったのか。

浮かぶ涙が、その叫びが僕を激しく揺さぶる。


そんな詩奈をそのままにして、僕は今、何をしている?

詩奈のことを助けるって、守るって……そう、誓ったんじゃないのか?


「いそいで、いそいでよっ! しいながないてるよっ!」


幼いジブンが、そう叫ぶ。

だから僕は。

怒鳴るように、それに答えた。


―――僕が助けないで、誰が助けるんやっ!




「……」


よっし~が、倒れ伏して動かない僕を何の感情も出さないままに見下している。

やはりどこか手加減している部分があったのか。

僕は、かろうじて生きている。

つい少し前までの彼女ならば、躊躇わずに殺したのだろうか。


だけど。

僕が変わったように、彼女も変わったんだろう。

初めて会った頃の、触れればただ傷つけるような、自棄めいた雰囲気はそこにはない。

だから僕が、動くこともままならないはずの傷を抱えながら立ち上がったのを見ても、それほどの驚いている様子はなくて。


よっし~は再び、自らの武器に手をかけたところで。

しかし硬直したようにその手を止める。

それは、僕自身と異世の変容に気付いたからなんだろう。


ぐらぐらと、大地が揺れている。

空には迸る雷。

巨大な虹色の光を放つ翼を生やしている僕。

今まさによっし~がつけたはずの傷が、まるで逆戻しを見ているかのように……修復を始めている。



「何故? どういう、ことなの?」


それは彼女にしてみれば、信じられない光景なのかもしれない。

自らで創った世界であるはずなのに、制御を失ってしまっていることも。

僕が、僕にしか使うことのできないはずの力を使っていることも。


「やっと、やっと守れるんや。たとえそれが幻だったかてかまへん。兄として……男として、詩奈は守るっ!」

「……っ!」


全身から電気を撒き散らし、僕がそう叫んだのを聞いて。

よっし~は初めて表情らしい表情を見せた。

それは……動揺、驚き、そして忘れ去ったはずの悲しみと懐郷。



「……《全言統制(カレット・グロウフィリア)》っ!」


そのせいなのか。

そう叫び、ぶれながらスパークし、迫り来る僕の手が目前に迫ってきても。

よっし~は金縛りにでもあったように動かなかった。

それは、僕の力に圧倒されたのでも、相手を取り違え勘違いしていたせいでもなかったのかもしれない。



その本当の理由は。

きっとよっし~自身でなければ分かりようもなかったのだろうけど。


しばらくして、世界が元のあるべき姿に還ると。

何も起こっていない様子の自分の身をいぶかしげに思っているよっし~の姿が目に入った。


すぐに、僕と目が合う。

そんな僕は、それまで血に染まるように赤かった髪を、その活力を失い、銀色の髪に変えているに違いない。


それは、詩奈の探し人に気付くヒントになったのは確かだったのだが。

それでも魔法料理の効果は切れていないようだった。

相変わらず女の子のままの自分に、まだ終っていないという感覚とともに思わず苦笑がこぼれて。


「……あれー? 私……?」


だが、とりあえずはよっし~との決着はついた。

それを、彼女自身も気付いたらしい。


「お? いつもののんびりモードに戻ったんか、よっし~さん。目ぇつむったまま動かへんから、心配したで?」

「何で? 今私、あなたの攻撃を受けたはずなのに、どうして無事なのー?」

「どうしてって、そもそも攻撃なんかしてへんもん。今のは、よっし~の創った異世から出てきただけや。パソコンで言うと、シャットダウン、みたいなもんか?」


あんさんを攻撃するはずないやろと言わんばかりに僕はそれに答える。

よっし~が聞いたのは、そう言う意味ではなかったのだろうが。

目の前にいるのは僕に取り憑いた誰かではなく、正真正銘の僕自身であるからして。それは聞いても無駄なことなのだろうと、よっし~に納得させるように。


「それに、何だかんだいって、よっし~手加減してくれたやろ? あのウイニングショットもまだ何発も余力残ってたろうし、あの異世だって、僕が人工のモン操れんの分かっとってそれでも正々堂々誘い込んでくれたみたいやしな」

「……」


僕の奥の全言統制(カレット・グロウフィリア)は、ご存知の通り、あらゆる機械、人工物をそもそもの媒体にし、操り支配することのできる能力だ。

それはよっし~の創り出した異世にも当てはまるのわけだが。

彼女の異世は、あの試験の会場よりも大きいものだった。

あれから研鑽を積んで強くなったつもりだったけど、結局要領オーバーで、ジブンの生命力まで削られてる始末。

虚勢を張って、ピンピンしているように振舞ってはいるが、実際は満身創痍。

僕が得意のやせ我慢をしていることに、よっし~はきっと気付いていたんだろうけど。


「それでやな、そんなやさしーよっし~さんにお願いなんやけど、僕のこと見逃してくれへん? 後ちょっとの間でええんや」


《全言統制(カレット・グロウフィリア)》は、僕にしか使えない能力。

であるからして、よっし~もきっと僕が身体を乗っ取られたわけじゃないことに気付いただろう。

本来ならば、詩奈を狙ったのはよっし~なのか、もしそうなら何故詩奈を狙ったのか、理由を聞くべきだったんだろうけど。


そこで僕は、あえてそう口にした。

それよりやるべきことがあると、含みを持たせて。


「分かったわー。私もちょっと用事できちゃったしー」


すると、詩奈を襲ったのは彼女ではなかったのか。

言葉通り、何か誤解でもあったのか。

そう言って頷いてくれた。


「ええの? さすが! ハナシの分かるお人や~。さすがナイスバデーなだけあんな」


言ったからには取り消しは効かへんで、とばかりにそんな捨て台詞を残すと。

気が変わらないうちにと、僕はそのまま駆け出してゆく。



「……」


じぃっと、視線外さず見つめ続けている。

そんな、熱ぼったい視線を、背中に感じながら……。



            (第44話につづく)






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