第42話、物語を始まらせない運命の人のいない世界線でのラスボス妹




「なるほど、イロイロと危険な相手みたいね。尹沙の命を脅かしかねない存在だよ。……これは、本気でいかなくっちゃ」

「搦め手主体なんが真っ向勝負しとる時点で先は見えとる気ぃすんねんけどな」


身体のあちこちに仕込まれた暗器を、わずかに軋ませながら。

オペをする医師のように、様々な武器を指と指の間に挟ませ、ユサは凄みのある笑みを浮かべる。

対する僕は真似するように八本の長釘を両手のひらの指の間に挟みこみ、爪を装着したかのように構えて見せた。


今日あれだけのドンパチがあって、初めて見せる、僕の構え。


「あら? 呪術用の五寸釘ってやつ? 尹沙も持ってるわよ。大丈夫かしらそんなもので」


すると返ってきたのは、案の定の、詩奈と同じ言葉。


「アホゥ。けったいなモンに使わすなや。この釘はもともと建築境界用やっちゅーねん」


それは一戦交える前の、他愛もないやり取り。

それが終わるや否や、既に僕らは互いの得物を駆使して激突していた。


右手中指と人差し指から繰り出される手裏剣、左袖から投射される吹き矢。

肩越しから覆いかぶさるように襲い掛かるように迫ってくる湾曲する刀。

左足つま先に仕込まれたナイフ、右足から蹴り出されるかんしゃく玉。

僕はそれを、手に持つ八本の釘を駆使し、オーケストラを指揮するコンダクターのように受け流しはじき返す。

そして返す動きで肉薄すると、両脇から包み込むように釘を添えた両手をえぐるように伸ばした。


「……甘いよっ!」


だが、ユサは僕の持つ得物の判定距離まで把握しているのか、無駄のない最小限な動きでそれを全てかわしきる。

それから左手小指に巻きつけるように回転させて苦無を振り上げる。

そして向けるは必殺の笑み。


なるほど、悪くない。

それが崩れると思うと余計に。

なんてヒドイことを思いつつ。

それを受けた僕はおんなじ笑みをそのまま返した。



「甘いんやない、わざと当てへんかったんや」


さらにそういい捨てると、迫る苦無をものともせず、もう一歩深く踏み込んだ。



「《断鎔(ライズ・リソリューション)・八手》!」

「……っ!」


金属と金属がぶつかり合う音と、僕の肩口を切り裂く苦無の音。

吹き出る鮮血。

一見、ユサには何も影響がないように見えたが。

しかし、その時点で既に勝負はついていた。



「え? えええ? な、なんでっ」


驚き狼狽する尹沙を尻目に、ばらばらと、まるでパズルのピースが零れ落ちるかのように。

仕込んでいた装備がはがれていくのが分かる。


「どうして? 釘の効果範囲から離れたはずっ」

「だから言うたやろ。この釘は呪術に使う五寸の釘やない、建築境界用最大の、二十センチの釘やって」

「くぅっ」


そう言われて自分の敗因に気付き、それでもこぼれ行く暗器たちを拾おうとするが。

まるで主の意志に反するがごとく、ユサの手につかない。

守るものが無くなったと実感したユサは、無意識にも僕から離れようとしたから、僕はきっかりと言葉で釘を刺してやる。


「……動かんほうがええで。僕の《断鎔(ライズ。リソリューション)》は無機物やろうが何やろうがもれなく分解する。あんま動くと、着てるもんはじけ飛ぶで。いやーん、まいっちんぐってな。ま、僕的にはむしろかまわへんのやけど?」

「きゃぁっ!?」


ユサは、そのおどけた口調の中に、男の僕の姿を見たのかもしれない。

たとえ姿かたちが変わろうとも、僕は僕。

いろんな意味で眼福であると、赤くなってしゃがみこんでしまったユサに苦笑しながら、意気揚々とその場を去ろうと背を向けて。



『吟也さん……』

「わーってるよ。嘘に決まってるやん」


それは巻くための口実だと、声を上げる詩奈に僕は小声で言い訳する。


『吟也さんっ……!』


しかし、それでも食い下がるように詩奈の声がした。

僕はそれに対しもう一度、言い訳を口にしようとして。


その声に、今までにない焦りが含まれていることに気付き、尚且つその場の空気が芯から一変していることに気付かされた。



それは。

ヒースの異世である赤い雪の世界に類似した、現実とは異なる世界。



「……油断したわね。罠は二重、三重にしかけてこそ、でしょう?」


意識して相手に恐怖心を与えるような。

深い海の底のような少女の声に、僕は背中に流れる冷や汗を感じながら……ばっと振り返った。


そこには、先程までいたはずのユサの姿がない。



「はるなゆは……どこへ行きよった?」

「ふっ、心配しているの? 安心なさい。世界から切り離されたのは、あなた。もう戻ることもないでしょうけどね」


僕の言葉に酷薄な笑みをこぼして。

その声の主は、霞が濃くなり実体化するように、目の前に出現した。

いつの間にか陽は隠れ、灰色の雲が覆い、冷たい風が現れた少女の……雁字搦めに、縛めるように結ばれた黒の前髪を舞わせる。


そして、それまでその髪に隠れていた凄絶の果てに深い黒に染められし瞳が、僕を射抜く。

無意識か本能か。

気付けば僕は、一歩、二歩と後ろに下がっていた。


『こ、この感覚、もしかして昨日の?』


一方の詩奈は、昨日味わった恐怖に近いものを、その感触を思い出していたようだった。

靡く黒髪が僕の瞳を通して、彼女の目にも映っていたことだろう。


「えーと。よっしーさん? 何でいきなり、ジェノサイドモードですの? をよっ、ま、マジ怖いんやけどっ」


だからこそ、明るく繕うようにその少女……聖仁子(ひじり・よしこ)に僕はそう言うが。

その場のとんでもないプレッシャーは増すばかりだった。


「……あなた、これ以上しゃべらないで。私、もともと加減ができるほうじゃないから」


どこかで聞いたばかりのような言葉だが、またしてもいつもの僕のつもりで話しかけたせいか、変にそれが彼女の琴線に触れたらしい。

そしてそのままよっし~は、僕に向けて矢をつがえる様な構えを取る。

その空間には、弓も矢も存在しなかったが……。



「……っ!」


その構えを見ただけで、どっと噴き出す汗が止められなくなる。

このプレッシャーに比べれば、今までのやり取りなど遊びもいいところなのだろう。


自分に向けられる、明確な殺意に。

僕は背を向けて全力で逃げ出すことで答えた。


『吟也さんっ、ダメですっ! この空間はっ!』


だが、ここは異世。

この世界を創り出したもの、よっし~のフィールドであり、方向感覚も距離も、全て創造者……彼女の思う通りに顕在化される。


「わーってる! よっし~さんの思い通りになる世界なんやろ? 確か……その境の終わり、世界と世界の境界の壁を破って出ればいいねん!」


それでも僕には、ただ逃げるだけでなく考えがあった。

思えばいつもそう。

僕は今回の戦いを全て逃げる、という方法を大前提にとっていた。


それには全てわけがあって、ポリシーでもあった。

それは、相手ではなく僕自身のひとりよがりなわがまま。

僕に言わせれば、女の子に手を上げるなんてもってのほかだという理由があるのだが、それを言ったらきっと相手は怒るだろう。


ここに通っているものならば、それを一種の侮辱ととられるかもしれない。

だから、僕は何も言わず逃げる。

ただひたすらに逃げるのだ。


だが。

そんな僕の気遣いなど不要だと、そう言っているかのように。

よっし~は僕の前に立ちはだかる。

最初の時のように、目前に急に現れる形で。



「そんなこと、できると思った?」


そして、その場に似合わない、柔らかな笑みを浮かべ。

全てに達観したかのような……その果てない黒色に染まった瞳で僕を貫くと。

さっきまでそこになかったはずの、まるでそれ自体が光生む恒星のごとき輝きを持つ、光の矢を出現させる。


「……【セザール・ディバイン】ッ!!」

「ちぃっ」


避けられない。

そう判断した僕は、小さなビスを取り出し弾いて。

瞬間、鉄で作られた盾を創り出す。


でも、それでも。



「ぐあっ」

『きゃっ!?』


それの生成が間に合わなかったのか、それとも意に介しないほどに強力なのか。

その盾を光の矢はやすやすと貫き、そのまま僕の……ちょうどユサの苦無で受けた肩口の傷をさらに深くえぐり、その背後で大爆発を起こした。

僕はその前後からの凄まじい衝撃に空高く跳ね上げられ、地面に叩きつけられる。


『っ、吟也さんっ! 大丈夫ですかっ!』

「……っ、げほっ、げほっ。あ、あんまり。つーかマジで本気やんあの人」


その衝撃に、一瞬意識を飛ばしかけた僕だったけど。

詩奈にそう声をかけられ、かっと目を見開くと、言うことを聞こうとしない身体にムチ打って、強引に立ち上がった。


止まらない血、染まる制服。

サマルェになんて謝ろう? なんて心中の見え見えのやせ我慢も、長くは持たないかもしれない。

一刻も早く、打開の策を考える必要があった。


(いつものように逃げようにも、異世に放り込まれとるしな。ここはよっしーの庭みたいなもんや。僕がどうにかできるシロモノじゃ……いや、待てよ? ここはよっしーの作った空間、なわけやから……そうやっ!)


僕は考えに考えて。

あることをひらめいた。


それはまさに天啓。

僕にとって最後の奥の手でもあった。


けれど、全ては遅かったらしい。

よっし~は、そんな考える時間すら、僕に与えてはくれなかったのだ。


「さようなら、同郷人(なかま)よ。この旋律が……あなたへの手向けです。……トゥエル! いくわよっ。【第仁聖光】っ!」


よっし~の手に縋るように、一体化したのは極光に霞む、天使のように見えた。

だんだんと光の強さを増し、姿を変えて。

よっし~の背丈ほどの青銀色した武器へと進化する。

その姿は、銃のようにも、クロスボウのようにも見える、僕の知りえない未知の武器だった。


それは、元のあるべき姿を体現するように美しく。

僕は不覚にもそれに見惚れてしまっていて。


「……ぁ?」


ズシャアッ! と、先端の青銀の刃が自身を貫くのを。

人事のように見ていることしかできない。

一拍遅れてくる、突き抜ける激しい衝撃と、全身の神経にまで響く痛み。


だがその攻撃は、それだけでは終わらなかった。

無意識に抜け出ようともがく僕の身体を縫い付けるように。

二撃目、三撃目と、白銀の刃が飛び出して僕に突き刺さり。

さらに踏み込んだ仁子の一撃は、大爆発を起こしてくの字に折れる僕を跳ね飛ばした。


『ぎ、吟也さんっ!? そ、そんなっ……いやあああっ!』


朦朧とする意識の中で。

聴こえるのは、詩奈の悲痛な叫び。


僕はそんな悲しみを、痛みを与えてしまった自分をもどかしく思いながら。

意識を失った……。



            (第43話につづく)






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