第21話

 その夜、ダーシーは改めてルイの部屋へ押しかけた。

 昼間のルイの話だけでは判断がし辛かったからだ。

「ロックウェルとはあまり良くない状況ね」

「ああ、出来れば、もう少し時間が欲しかったところだ」


 相手がダーシーであるのでルイは顔に疲れを見せている。

 気が緩み弱音が出てしまう。

 渡された書類に目を通しながらダーシーも頭を抱える。


「最近、国同士はかなり良好だったはずよ。陛下もロイドクレイブ王国に訪問されているし、あちらの王族も王都に来ていたわ」

 ダーシーがロチェスターに来ることになった事件の舞台はフライアが開いたガーデンパーティーであり、そこにはロイドクレイブ王国王子レジナルドがいた。


 そういえば、話し損ねたままだったことを思い出した。

 あの後、兄に声をかけるように頼んだのだが、レジナルド自身が立ち去った後だった。

 ロチェスターに最後に届いた手紙にもレジナルドは国に帰ったと書いてあった。


「上はそうかもしれんが、下はそれほどでもない」

 ルイは吐き捨てるように言った。

「ロイドクレイブには海がない。結果、交易品のほとんどがロチェスター経由で国に入る。そこに関税がかかる」

 関税、国から国へ渡る際に税金が支払われる。

「事実、関税の値下げ交渉は毎年、行われる。顔を合わせればほとんどがその話題だ」


「でもそれは叔父様が決めるものではないでしょう?」

「そうだが、目の前にグラントブレアの者がいれば嫌味の一つや二つ、言いたくなるのだろうさ」

 幾度となく繰り返されたのだろう、ルイはやり切れないという感情を隠さなかった。


 交易。

 ふと、ダーシーはフライアが言ったお茶が高額だという話を思い出した。

 書類の項目を見れば、値が上がっているのはお茶だけではない。香辛料や嗜好品、幾つか不自然な動きがある。

 それらを指摘すれば、すでに報告済みだという。


「ラッセルリベラ侯爵は『転がる狸』と聞いたな」

 可愛らしい通称にダーシーは苦笑する。

「形勢をみてそれはころころと態度を変えるので、王都ではそう評されています。当代で侯爵位を得ましたが、買ったというのが正しい見方です」

「兄上も、今のところ大きな被害の報告がないということで放っているようだが」

「被害を受けるほうが愚かなのです。ですが、雲行きが怪しくなりましたね」


「その娘のメイジー嬢とアイザックに婚約話があるのを知っているか?」

「まあ、そうなのですか?」

 兄アイザックには婚約者はいない。

 いないことを使って、政局を判断し、有効な相手と縁を組む。それが父の考えだった。

 さすがに年齢的に決断しなければならない時期だが、エルフィー殿下死去に伴い、決断が延びている。


「うちのような爵位が下のものと縁を組もうなど、侯爵様らしくありませんわね」

「こらこら、うちのようなとか言うんじゃない。建国以来、献身的に王族にお仕えしている陛下の覚えめでたき名門だぞ」

「そのお話は聞き厭きました」


 うんざりとした顔でダーシーは肩を落とす。

 一族の男たちは決まって、ルイのように建国以来云々と何かにつけて呪文のように言うのだ。それが、自分たちを縛り付けていることに気が付いていない。


 メイジーが義姉になる可能性がある。

 フライアとの仲は良好だ。

 同じような友情が築けるだろうか。そんな未来を想像してみたがダーシーはうまく描けなかった。

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