第20話

 明らかに陽の光が変わった。

 鬱々とした雲の隙間から大地に降り注ぎ、地上を照らす。

 それだけで積っていた雪は解け始め、人々の気持ちも晴れやかにする。


 これほどまでに陽の光に感謝したことはない。

 ダーシーはカーテンを開けたまま空を見上げる。

 当たり前のものがここでは当たり前ではない。

 冬の間だけでもロチェスターで過ごせて良かった。


 しかし、目の前には課題がある。

 出来上がった毛糸のひざ掛けと刺繡入りハンカチを大事そうに抱えるフィンリーをダーシーは居たたまれない気持ちで見ていた。


 婚約者であるフライアはそれを嫉妬が微塵も感じられない表情で微笑ましく眺めていた。

 まるで息子を見守る母のようだった。


 あの玄関先で縋りついてきた彼女は何処に行った?

 思わず、口走りそうになったが場を荒らしたくはなかったのでダーシーは黙っていた。


 立場上、恋人同士のような甘い雰囲気はダメなのかもしれない。

 フライアはいち早く悟ってしまい、今一つ勘の鈍いフィンリーは置いて行かれてしまったようだ。


 このわずかな期間でどこまでフィンリーを鍛えることが出来ただろうか?

 ルイもかかりきりになることは出来なかった。

 どちらかと言えば、今までダーシーの家はエルフィー殿下派であった。

 だからといってフィンリーと敵対したわけではない。

 それでも、今更フィンリーを推す側に回るには少々後手に回っていた。

 この冬の期間を使って、二人とかなり親密に過ごした。

 他の貴族たちから羨む状況を作り出すことが出来た。


 もうすぐ、街道が通れるようになる。

 今まで滞っていた情報が一気に押し寄せてくるだろう。

 政局はどう動いただろうか?


 そして、フィンリーが埋めた茶器はどうなっているだろうか。

 ダーシーの拳は知らず知らずのうちに力が入った。



 昼過ぎ、ルイがダーシーたちを呼び寄せた。

「明日には街道が通る」

「では、二人を王都へ?」

 ダーシーが喜色を浮かべて身を乗り出すが、ルイの表情が暗い。


「ロックウェル側に不審な動きがある」

 ロチェスターの山向こうの町である。そこはすでに隣国ロイドクレイブ王国になる。

「昔から因縁のある土地ですわね」

 素早く解説したのはフライアである。

 冬の間にロチェスターの歴史は頭に叩き込まれている。


「戦か!」

 勢い込んでフィンリーが叫ぶ。

 他の三人はそっと視線を落とした。


「何故、そこで落ち込む?」

「いえ、落ち込んでいるわけではありません」

 にこにこ。

 フライアはすかさず答える。


「ロックウェル側もやっと冬を抜けるところだというのに、目的は?」

「心当たりが有りすぎるな。だが、こちら側もそんなに余裕があるわけではない」

 蓄えていた食料は底が見えている。

 冬の間、兵士たちも休んでいる。身体は鈍っている。そんな中、突然、戦だと言われて動けるわけはない。


「何を言うか!ここが落ちたら勢い付かせてしまうではないか」

 最もなのだが、戦が出来る状態ではないことを察して欲しいと切に願う三人である。

「ですから、殿下にぜひともお願いしたいことがあるのです」


 ルイは表情を一変させ、フィンリーへ向き直る。

「殿下にしかできない、重要なことなのです。お願いできますか?」

 冬の間、色々と文句を言ったルイが下手に出るので、フィンリーはやや胸を張り堂々とした態度で言ってみろ、と先を促す。

「はい。明日朝一に王都へ向かってほしいのです」


「敵が来るというのに逃げろというのか!」

「まさか、そうではありません」

 やや大げさに首を振り否定する。


「殿下のお名前で兵士と食料を集めていただきたいのです」

 その言葉にフィンリーの表情も引き締まる。

「今、ロチェスターは冬が終わろうとしています。ご存じの通り、食料も他の物資も足りません。勿論、兵士の数も通常の警備のものしかおりません。ここはぜひ、フィンリー殿下のお名前で集めていただきたいのです」


「その間に攻め込んできたらどうするつもりだ」

「こちらもそれなりに応戦いたします。ですが、十分ではありません。殿下のお力が必要です」


 ルイの訴えは最もであった。

「うむ。分かった。王都へ戻る道々の領主たちにかけ合うこととしよう」

「ありがとうございます。これでロチェスターも殿下によって救われます!」


 ダーシーとフライアは顔を見合わせる。

 体よく追っ払われた。

 その事を察して、二人はそっと息を吐いた。

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