Perspective 3

「もう三月なのに、まだ寒いですね」

「あぁ、わしもそう思いますよ」


 山の合間から僅かに覗く朝日に照らされて、無人駅で電車を待つ制服の違う二人の

 男女が立っていた。


 長い片方の少女はジャンパースカートの上に羽織ったボレロの前襟をリボンタイでぎゅっと閉め、しきりに手を擦り合わせて、まだわずかに白む自身の吐息を両手で受けとめていた。

 もう一方の男子の方は、しきりに学ランのズボンのポケットに両手を突っ込んで、落ち着かない様子を見せている。

 彼らが今日まで続けて来た僅かな二人だけの時間も今日でおしまいだ。


「今日で最後ですね。卒業おめでとうございます」

「ええ。そちらこそ」

「お見合い。上手くいくといいですね」

「名津子さんこそ。東京の御茶ノ水でも頑張って」

「そうですね……」


 たどたどしい二人のやり取りはそこで途切れる。

 近くて遠い二人の距離を誰も観察する人もいない。

 朝六時四八分、川西駅発、岩国行きのディーゼル気動車を待つ二人。

 三年間続いたこのやり取りももうじき終わるのだ。

 三月一日。少女は六年、青年は三年程、共に通ったこの時間も卒業という終わりを迎えるときだ。


「あの、名津子さん!これを、もう時期じゃないですけど……」

「これは……。ぷっ。ふふっ――。なんで今更、私もう試験は合格してるのに」

 かすかに震える青年の手から、笑いをこらえるように少女が綺麗なお守りを受け取った。


「一応、天神様のところで。買ったんですが……。渡しそびれてしまいまして」

「じゃあ、わざわざ防府の天神様まで?」


 気恥ずかしそうに顔を背けるつつ、少女の言うことに頷く青年の言ったことに、驚く素振りを見せた少女だったが、口角は上がっていた。

 自分の事を考えてくれたが故の青年の行動が、甚く琴線に触れたのだろう。


 しばらくそのお守りを両手に持って、何かを思索する様子を見せると

 遠くの方からけたたましいエンジン音が二人の耳に届く。

 もうすぐこの二人の時間も終わりを告げる、ディーゼル車のエンジン音だ。

 青年が少し物悲しそうな表情で、鞄を手に持ち、一歩線路側に歩を踏み出した時だった。


「あの、征久さん」

 青年が自身の名前を呼ばれ、振り返ると、鞄の中から読みかけの本を取りだした少女が、微笑した表情で視線を向けていた。


「これ。お守りのお礼です。私は、もう使うことがありませんから」

 そういって、少女は本に挟まっていた桜色の栞を差し出した。


「え、これ。いいんですか?大事な物だと思うのに」

「いいんです。何より今のあなたにこれ以外のお返しはできませんから」


 どこか吹っ切れたように再び笑いかける少女から、青年は震える両手で小さな栞を受け取った。

 その瞬間。二人が僅かなやり取りをしている間に近づいていたディーゼル気動車がホームへと止まる。



 再び、距離を保ち、会話なく電車に乗り込む二人。

 いつの日か、その栞から物語が再び進む事を共に願い、電車はいつもの通学路を駆けてゆく。


 時は巡って、わずかに残った想いの種が咲くその日まで。

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時は巡って 竹宮千秋 @Chiaki1838

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