【短編】罰ゲームから始まる真の恋〜罰ゲームで地味な私に告白して来た彼は、実は誠実で、誰よりも私を見てくれている王子様でした〜

じゃけのそん

第1話

青柳あおやぎさん、僕と付き合ってもらえませんか」


 放課後の誰もいない教室。

 私は生まれて初めて男の子に告白された。


「え、えっと……紺野こんのくん、どうして私?」


「それは……青柳さんのことが好きだから」


 び、びっくりした。心臓が飛び出るかと思った。こんな地味な見た目の私のことを好きだって言ってくれる人がいると思わなかったから。


 しかも。

 告白してくれたのは、同じクラスの紺野隼人こんのはやとくん。


 サッカー部のキャプテンで、顔もかっこよくて、女の子からの人気も凄く高い。そんな私とは正反対な人が、どうして私みたいな女の子を好きになったのかな。


「こ、紺野くんってあんまり話したことなかったよね」


「そうだね。青柳さんとはあまりからめてなかったかも」


「それなのにどうして私を好きになったの?」


「それはね、た、タイプだったから」


「た、タイプ⁉︎」


 紺野くんの言葉に、思わず語尾が上がっちゃった。


 私みたいなのがタイプなんて凄く意外。

 てっきりもっと明るくて可愛い女の子が好きなのかと思ってた。


「そ、そうなんだ。だから私に告白したんだね」


「うん。ごめんね急に、びっくりしちゃったよね」


「ううん、大丈夫だよ。これでも私、凄く嬉しいから」


 顔が熱くなっているのが自分でもわかる。


 今の私、ブサイクじゃないかな?

 変な顔とかしてたりしないよね?


 不安や羞恥心が交錯して、紺野くんの顔を直視できなかった。


「それじゃあ、僕の告白への答えは?」


「う、うん。もちろんOKだよ」


「ほんと⁉︎ っっしゃぁぁ!!」


 私がそう言うと、紺野くんはガッツポーズをして喜んでた。私と付き合えることでそんなに喜んでもらえるなんて、彼のその反応だけで、私も心から嬉しかった。


「それじゃ俺部活行くから!」


「うん、頑張ってね」


 笑顔で手を振りながら、紺野くんは行ってしまった。その瞬間、張り詰めていた緊張の糸が一気に解けた気がした。


「はぁぁ……びっくりしたぁぁ」


 誰もいない教室に私の声が響く。

 まさかあの紺野くんに告白されるなんて。

 それに私、勢いでOKしちゃったし。


「んんんんっっ……!!」


 今にも火を吹きそうな顔を両手で覆っては、羞恥心に従うまま悶える。


 あの紺野くんが私の彼氏に!

 サッカー部のキャプテンで、かっこよくて、誰にでも優しいあの紺野くんが!


「ま、ママに報告しないと……!」


 私は急いでポッケからケータイを取り出して、ママ宛てに緊急のメールを送った。





 * * *





「えぇぇぇえぇぇぇ!!」


 家のリビングに妹の藍葉あいはの声が響く。


「お、お姉ちゃん、あの紺野先輩に告られたの⁉︎」


「う、うん」


「がはっ……」


 恥じらいながらも頷くと、藍葉は白目をむいてソファに倒れ込んだ。


「紺野先輩がお姉ちゃんに……」


「あ、藍葉? もしかしてだけど紺野くんのこと好きだったりした?」


「好きも何も、憧れだよ! あんなかっこいい先輩に彼女ができたら、そりゃショックに決まってるじゃん!」


 寸分の迷いもない言葉だった。

 確かに紺野くんに彼女ができたって知ったら、ショックを受ける女の子は少なからずいると思う。


 でもだからと言って、今更断るわけにもいかないし。

 それに私……多分、紺野くんのこと好きになっちゃってる。


「なんかごめんね……」


「なんでお姉ちゃんが謝るの? これは青柳家として誇り高いことなんだよ⁉︎」


「そ、そうなの? でも藍葉、今ショックだって」


「それはそれ! これはこれ! そりゃまあ憧れの先輩に彼女ができたのはショックだけど、その相手がお姉ちゃんなら、うちの家系も大繁盛間違いなしでしょ!」


「ちょ、ちょっと藍葉⁉︎ 私紺野くんと結婚するわけじゃないからね⁉︎」


 今日告白されたばかりなのに、藍葉ったら気が早過ぎ!


 別に私と紺野くんはただお付き合いするだけで……だからって結婚したいとか、そんな風に思ってるわけじゃないからね⁉︎


「お母さーん! 今日は祝祭だよー!」


「はーい。もう少しで夕飯出来るからねー」


 藍葉だけじゃなくて、台所で私たちの会話を聞いてたママもニッコニコ。こんなに家族揃って喜んでもらえるのは嬉しいけど、でもちょっと照れくさい。


「あれ? ママー、パパは?」


「パパならあおいに彼氏ができたって聞いて、泣きながら寝込んでるわよ」


「ああ……」


 でも相変わらずのパパの反応には、何だかちょっと安心した。





 * * *





 次の日のお昼休み。

 この頃になると、私と紺野くんが付き合い始めたという噂は、すでにクラス中に広がっていた。


 コソコソと噂をしながら、机で一人お弁当を食べている私に、視線を向けてくるクラスの人たち。


 こうなるってわかってはいたけど、でもやっぱり、いつもよりもちょっとだけ居心地が悪かった。


「青柳さん、僕も一緒にいい?」


「こ、紺野くん。うん、いいけど」


「やった。それじゃここ座るね」


 すると突然、紺野くんが私の元に。

 空いていた隣の席に座って、大きなお弁当を広げ始めた。


「青柳さん、結構少食なんだね」


「う、うん。お昼はあまりお腹空かないから」


「へー、だからそんなにスタイルいいんだね」


「へっ⁉︎ すっ、スタイル⁉︎」


「うん、凄く細いから」


 思わず素っ頓狂な声が出ちゃった。

 スタイルがいいなんて、生まれて初めて言われたかも。


 普段通りだったはずの顔に、一気に熱が流れ込んでく。


「そ、そういう紺野くんこそ、凄いねお弁当」


「ああ、僕はサッカー部だから、これくらい食べないと」


 多分私のお弁当の倍以上はあると思う。

 運動部の人ってお昼以外にも間食とかしてるし、それでいてこんなに細いんだから、女の子からしたら凄く羨ましい。


「そんなに食べて平気なの?」


「うん、全然平気。これでも足りないくらいだよ」


「そうなんだ。やっぱり凄いんだね、紺野くんは」


「い、いやいや。これくらいうちの部なら普通だって」


 じんわりと頬を赤く染める紺野くんに、私の胸の鼓動は高鳴る。


 さっきまでは、あれだけ居心地が悪いと思っていたこの空間も、気づけば私と紺野くんだけの、落ち着ける空間になっていた。


 周りの視線も噂話も、もう全く気にならない。今の私が釘付けなのは、楽しそうに笑ってる彼の横顔。


 それだけで、色味の無かった私の世界が鮮やかになっていく、そんな気がした。









 放課後。

 昇降口でローファーを履き終えた私は、ふとあることを思い出した。


「あ、お弁当箱忘れた」


 机の脇にかけておいて、そのままにして来ちゃった。中身は空っぽだけど、それでも教室に置いて帰るのはまずい。


「取りに行かないと」


 私は一度履いたローファーを脱いで、上履きに履き替えて教室に向かった。









「なあ隼人。お前マジで付き合ったんだな」


「うん、昨日告白したんだ」


 教室に近づくと、中から声が聞こえてくる。

 その声は多分紺野くん。それと彼と仲のいい鈴木くんかな。


「しっかしびっくりしたぜ。罰ゲームとはいえ本当にやるとはな」


「そりゃあだって、みんなで決めたことだろ」


 罰ゲーム? みんなで決めた?

 その言葉に、平静だった私の思考が渦を巻いた。


「別に他の奴でもよかったんだぜ? 例えば隼人の隣の合田ごうだとかさ」


「いやいや、青柳さんってことでみんなOKしてたろ?」


「まあな。でもあんな地味な奴と隼人がなぁ」


「これで約束は守ってもらうからな」


「はいはい。隼人がそう言うならしゃーなし」


 あんな地味な奴と隼人が。

 約束は守ってもらうからな。


 二人の会話は、今の私を絶望させるには十分過ぎるものだった。





 地味。確かに私は地味だと思う。

 多分紺野くんとはどう考えたって釣り合いっこない。


 紺野くんみたいに見た目がいいわけじゃないし、紺野くんみたいに異性からの人気があるわけでもない。人望だってない。友達だって少ない。


 私はただ、クラスというコミュニティーの隅で、ひっそりと生きているだけの存在。そんな私と紺野くんが付き合うなんて、周りから見たらおかしいと思うのは必然だと思う。


 それに紺野くんが言った『約束』って言葉。


 きっとそれは私と付き合ったら何か特典とかが貰えるんだと思う。結局彼は、望んで私に告白したわけじゃなかったんだ。


(紺野くんが私を好きなんて、そりゃ嘘だよね……)


 普通に考えればわかることだった。

 紺野くんみたいなかっこいい人が、地味な私なんかを好きになるはずないって。


 さっき二人の会話の中で『罰ゲーム』っていう単語が聞こえた。てことは多分、紺野くんが何かの勝負に負けて、その罰ゲームで仕方なく私に告白したんだ。


 昨日、私をタイプだって言ってくれたことも。

 お昼休み、他愛もない会話で笑ってくれたことも。

 そのどれもが全部……全部、真っ赤な嘘だったんだ。


「私……バカみたい」


 気づけば私は走り出していた。

 拭っても拭っても溢れ出てくる大粒の涙を零しながら。






 藍葉ごめん……お姉ちゃん青柳家を繁盛させられないや。


 ママごめん……やっぱり私、地味だからモテないや。


 パパごめん……彼氏ができて泣くほどなのに、今度はもっと泣かせちゃいそう。


 みんなごめん……こんな地味な私で、何もできない私でごめん——。







「青柳さん!」


 ローファーを履かけていた私。

 その背後から、慌てて私を呼ぶ声が聞こえて来た。


 恐る恐る振り返ればそこには……。


「青柳さん! 帰らないで!」


 必死に私を追いかける紺野くんの姿が。


「話を聞いてほしいんだ!」


 やがて紺野くんは、屈んでいる私の前に立った。


「ごめん、大声出しちゃって。でも、このまま君を返すわけには行かないから」


 それってもしかして……口封じされるって意味なのかな。


 怖い……凄く怖い。


 さっきまではあんなにも優しかった紺野くんが、今は凄く恐ろしく感じてしまう。


 彼の必死な顔も、吐き出すその吐息さえも、私の心を震撼させる恐怖でしかなかった。


「さっきの教室での会話、聞いてたよね」


 恐る恐る頷く。


「そっか。やっぱりそうだと思ったんだ」


 紺野くんの声のトーンが落ちたのは明らかだった。


 このままだと私、彼にどうにかされる。

 その恐怖と不安から、私はただ、涙ながらに俯くことしかできなかった。








「ごめん!」


「……えっ」


 辺りに紺野くんの声が響いた。

 すっかり身構えていた私は、訳もわからず顔を上げる。


 するとなぜか、紺野くんは私に向けて深々と頭を下げていた。


「君に嘘ついてた! ごめん!」


 殴られちゃうかと思ったけど。

 どうやら紺野くんは、謝りに来てくれたみたい。


 でも、やっぱりそうだよね。

 ごめんってことは、つまりそういうことだよね。


 さっきの会話は全部私の勘違い。

 此の期に及んでそんな淡い期待をしてたけど。

 やっぱり私を好きだというのは嘘だったみたい。


「君に告白したのは罰ゲームだったんだ! ほんとごめん!」


「ううん。いいよそんなに謝らなくて」


「いや! そういうわけにはいかないよ! 僕が青柳さんにしたことは人として最低だったから! 僕らの悪ふざけのせいで君を泣かせてしまって……ほんとごめん!」


 ごめん、ほんとごめん。

 これだけ謝られると、流石に怒る気が湧いてこなかった。


 それはまあ、紺野くんからの告白が嘘だったのは悲しいけど。やっぱり私みたいな地味な女の子には、これが当然の結末だと思う。


 今日も何度か聞こえては来てた。なんで紺野が青柳なんかに告白したんだって。クラスのみんなも思ってるように、私と紺野くんは釣り合わない。


「いいんだよ。私、気にしてないから」


「そんな風には見えないよ。だって青柳さん泣いているじゃないか」


「そりゃあ少しは悲しいけど。それでもいいの」


 そう、これでいい。

 私と紺野くんはただのクラスメイト。

 彼にはもっとふさわしい女の子がいる。


「昨日の告白は無かったことにしとくから。だから紺野くんも頭を上げて」


「えっ、それってつまり……」


「うん、これからもクラスメイトとして仲良くやっていこう?」


 これでいじめの対象になるとか。

 口封じのために紺野くんたちに乱暴されるとか。

 そういうのじゃないなら、私は全然構わない。


 だって私は地味だから。

 女の子としての魅力なんて皆無だから。

 だからきっとこれでいいんだ——。





「それじゃ、紺野くんまた明日ね」


 そう言って私は立ち上がった。


 彼の罪を問わなかったことに後悔はない。

 それよりも私にあるのは、この結末への納得。そして少しの悲しみだけだった。








「待って!」


 帰ろうとする私は再び紺野くんに呼び止められた。


「僕は青柳さんとただのクラスメイトなんて嫌だよ」


「で、でも……あの告白は罰ゲームだったんだよね」


「確かにあの告白のきっかけは罰ゲームだった。でも僕が青柳さんを好きな気持ちは嘘なんかじゃない」


「えっ?」


 一体どういうことだろう。

 私を好きな気持ちは嘘じゃない?

 ってことはつまり……。


「……えぇぇぇ!! そ、それって本当なの⁉︎」


「うん、信じてもらえないかもだけど」


 まさか、まさかだった。

 てっきりごめんでお別れだと思ってたのに。

 紺野くんは私のことを改めて好きだと言ってくれた。


「で、でも、それならどうして罰ゲームなんて……」


「それはあいつらがいつもの悪ノリでやっちゃったことで、僕が誰かに告白すれば、これ以上こんな罰ゲームはしないって約束してくれたから」


「それで私に? なんで?」


「だって青柳さん、いつも朝一番に学校に来て、教室の花に水あげてるでしょ?」


 確かに私は毎朝、教室の花に水あげてるけど。


「ど、どうして紺野くんがそれを知ってるの?」


「僕サッカー部だからさ。朝練で青柳さんと同じくらいの時間には学校にいるんだ。それでグラウンドから教室を見ると、いつも青柳さんが水あげてるから」


 そういうことだったんだ。

 言われてみれば、朝サッカー部が練習しているのはよく見かける。


 でもまさか教室にいる私を、紺野くんが見てくれてたなんて。


「それに青柳さん、教室の掃除とかもしてくれてるでしょ。黒板のチョークとかも、補充してくれてるから足りない日は無いしさ。みんなに見えないところで、いつも誰かのために動いてくれてる。僕はそんな君だから好きになったんだ」


 凄く……凄くびっくりした。

 誰にも見られてないって思ってたから。


 こんな地味な私を見てくれる人がいて、心の底から嬉しかった。


「ほんとはもっとちゃんとした告白をするつもりだったんだけど、勇気が出なくて……だから罰ゲームっていう程で告白させてもらったんだ。でもそのせいで青柳さんを傷つけてしまって……ほんとごめん」


 深々と頭を下げる紺野くんに、私は目を丸くするしかなかった。


 予想すらもしていなかったこの超展開。

 現実かどうかすらも今の私にはわかってない。


 でも——。


 胸の奥からふつふつと湧き上がるとても暖かい感情。やがてそれが私の中で溢れかえって、一度は止まったはずの涙が溢れ出てくる。


 嬉しい。凄く嬉しい。


 こんな地味な私をずっと見ていてくれた。

 こんな魅力の無い私を好きだと言ってくれた。


 それだけで、落ち込んでいた私の心は救われた。


「青柳さん。いや、葵。改めて僕と付き合ってくれないかな」


「はい、喜んで」









 こうして私と隼人くんは本当の恋人になった。


 あの時私がお弁当箱を忘れてなかったら。

 そう思うと、今の彼との関係は無かったのかもしれない。


 彼が正直に謝ってくれたから。彼が私のことを本気愛してくれてるとわかったから。


 だからこそ今もこうして、彼の側に居られるのかもしれない。








 その6年後。

 大学を卒業すると同時に、やがて私たちは結婚した。

 そして5人の子宝に恵まれ、青柳家は無事大繁盛したのでした。

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