可愛いしかない彼女との朝

 俺と紅葉は家がお隣同士の幼馴染だ。

 子供の頃から一緒に遊んでいて、互いに隣の家に行き来し、常日頃から同じ時間を共に過ごしていた。


 それが中学になり、関係は一変した。

 というのも、紅葉が女子中に通ってしまったからだ。


 俺は地元の中学に進学。

 互いの時間というのは時が経つにつれてなくなり始めていた。


 こればかりは仕方ない。

 幼少期から仲がよかったとはいえ、それぞれがそれぞれの人生を持っているのだ。

 それが全て共有できるわけがない。


 故に、薄れていく関係も自然という中の必然だったのだ。


 —――そう思っていたのは、どうやら俺だけだったみたいだが。


「春斗、おはようございます!」


 あの勝負を約束してからの翌日、まだ目覚ましが鳴っていない頃。

 布団に潜っているはずの俺の腹部に、布団以外の重さが圧し掛かる。


「……不法侵入」


 瞼が重い。

 それでも、自室に侵入する俺以外の声を排除しなければ。


 そう思い、まどろみの中の意識をゆっくり覚醒させながら110番を———


「寝起きなのに通報ですか!?」


 ……押そうとした俺の腕が掴まれた。

 あー、これじゃあ侵入者の思いのままだー。

 仕方ない、ここは侵入者に危害を加えられないように大人しく布団に潜りこんでおこう。


 心地よいまどろみが、再び意識を覆い始める。

 しかし、それと同時に布団ごしから抱きしめるような感覚までもが襲い掛かってきた。


 そして、何やら耳元から不意に甘酸っぱい匂いが香ってきた。


「あのー……起きてください、春斗。起きないとちゅーしますよ?」


 ……それはむしろご褒美なのでは?


「……ちゅー、しちゃってもいいんですか?」


 してくれて結構。

 お兄さん、待ってるから。


「うぅ~……ほ、本当にしちゃってもいいんですか!?」


 だからしてくれてもいいんだって!


「や、やっぱり無理です……っ!」


 心変わりが激しくて落胆せざるを得ない。

 もうちょっと頑張って起こそうとしてほしかったと、ひっそりと悲しんでしまった。


「……おはよ、紅葉」


「や、やっぱり無理でしたお義母さん。私にはやっぱりまだ早いような気が―――あっ、おはようございます!」


 顔を真っ赤に染めて一人で恥ずかしがっていた紅葉が、顔を一気に変えて元気のいい挨拶を返してくれた。

 ……この切り替えの早さは、学校と放課後の態度のおかげだろうか?


 そんな疑問を覚えながら、日差しに負けないよう目を擦って慣らす。


「……んで、どうしてここにいるの紅葉? いっつも玄関で待ち合わせじゃなかった?」


 普段、紅葉とは家がお隣同士ということで玄関で待ち合わせる。

 それは、登校の際は一緒に向かうことが高校に入学してからの日課になりつつあるからだ。

 だし、お隣だし、恋人だし。その行為については不満は一切ない。


 だけど、今に限っては支度もしていない我が自室だ。

 寝起きでは思わず通報しかけたが、家族ぐるみの付き合いもあるし、すでにかなりの頻度で家に来ている紅葉がここにいることは別に咎めるものじゃない。


 そして、紅葉はちゃんと着替えている……もしかして、俺って寝坊した?


「私が早く起きちゃったんで、少しでも早く春斗に会いたかったから来ちゃいました!」


 来ちゃいましたって、お前……かわええやんか。

 少しだけ朝から嬉しく感じてしまったので、ご褒美と紅葉の頭を撫でる。

 すると、紅葉は気持ちよさそうに目を細めながらされるがままになってしまった。


「そっか。それは嬉しいな」


「春斗もそう思いますか?」


「そりゃ、そうだろ」


 具体的にどうして? という部分は恥ずかしくて口にできないが。


「そ、そうですかっ! なら、私も嬉しいです!」


 紅葉は嬉しそうに破顔させながら、俺に抱き着いてくる。

 ……朝からの甘えっぷりが本当に凄い。


「とりあえず、あとで行くから下で待っててくれ」


 俺は撫でるのをやめて、抱き着いている紅葉の体を引き剥がした。

 そして、俺は下に行ってくれるように促す。


 すると—――


「あの……春斗は、私がいるのがお邪魔なんですか?」


「どうしてそうなる?」


「だ、だって!? 下に行けってことはこの部屋から出て行けってことですよね!?」


 そりゃ、俺ってば今寝間着だし、制服に着替えるから出て行ってほしいのは普通。

 いくら恋人同士でも、まだまだ裸を見られるという行為に羞恥を覚える年齢なの。

 紅葉だって、俺の前で着替えるってなったら恥ずかしいだろうに。


「……いちゃ、ダメですか?」


 縋るように、上目遣いで見つめてくる紅葉。

 愛くるしい可愛いこの上ないのだが—―――


「……紅葉って、そんなに俺の裸が見たいの?」


「ふぇ……?」


「だって、今から着替えるから出て行ってほしかったのに、ここにいたいって言うし」


 俺が素直な気持ちを口にすると、紅葉は疑問を浮かべたまま固まってしまう。

 しばらく経つと、まるで湯気が出そうなぐらいまで顔を真っ赤にさせた。


「ご、ごめんなさい、春斗っ!」


 そして、紅葉は恥ずかしそうに顔を隠しながら勢いよく部屋から飛び出してしまった。

 その後ろ姿を見て、思う—――


「ほんと、純粋でかわいすぎるんだが?」


 お淑やかな様子の欠片もない。

 少しおっちょこちょいで、抜けている。

 それがまた、どうしようもないくらい可愛い。


「はぁ……顔が熱い」


 顔に上った熱を感じながら、俺は部屋着を脱ぎ始めた。

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