第52ミッション 答え

「戻ったのか」


 JがKの部屋に訪ねてきた。リハビリとトレーニングを終えて、現場復帰するKに答えを求める。


「エージェントは続ける気なのか?」


「ああ、そのつもりだ」


「なら、答えを聞こうか」


 険しい表情のままKに詰め寄るJ。Kはありのままに答える。


「答えは『ない』と言った方がいいだろう。俺には己を満たす『欲』が見つからなかった」


「なら、エージェントを辞めろ。普通の生活を送りながらゆっくり見つけていけ」


「『続けながら』じゃいけないのか?」


「もっと『安全』な仕事ならな……」


 死と隣合わせの仕事ではだめだと言うのだろう。だが、諜報員じゃなくても命がけの仕事はいくらでもある。『諜報員』がダメな理由を尋ねた。


「大義や大衆のために生きてどうなる。行き着く先は『虚しさ』しかないぞ。皆が平穏に暮らしているのに、お前はいつも僻地で張り込みなんて、いつか後悔する……」


「君はそうじゃないのか?」


「言っただろ。俺は『諜報員これ』が『楽しい』んだ。けど、お前は『諜報員これ』しか知らないから道を選べないんだろう?」


「確かに、そうだ……。俺は諜報員これしか知らない。仮に他の道を選べばそれに邁進するだろう。俺には指針がないから……。何にでも成ろうとする」


「なら、他の道でもいいじゃないか。寿命が延びればそれだけ選択肢を見つけられる」


「いいや、『諜報員』を辞めるつもりはない」


 Kの反論にJは怒りを露にする。従順なKが示した反骨精神。


「K!これ以上俺を怒らせるなよ!」


「J、確かに俺は人生を選んでない。けど、諜報員という仕事にやりがいを持っている。人々の平穏な生活を守りたいという意志を……!」


「そのために自分が死んでもいいのか!」


「俺は死なない。どんな状況に追い込まれても、二手三手先を読んで、必ず『さいあく』を回避する」


 Kの眼に強い意志を感じた。『生きる』という当たり前の『欲望』だ。Jは怒りを収めKの意志を尊重した。KはJの怒りの理由を尋ねる。


「俺は、家族を知らない。俺の親は無責任に俺を産んで、餓死寸前まで放置した。だから、『家族』と呼べるのはあの施設にいた奴らだけなんだ」


 Jは施設の中では中心的な存在だった。誰からも好かれ、皆を先導し、家族一人一人をいつも気にかけていた。


「エージェントになろうが、他の道を選ぼうが、本人が選んだのならその道を進めばいい。俺は、兄弟の行く末を願っているさ。でも、目の前で死なれるのは堪えるんだよ」


 声が震えている。Jにとっても今回の件は心に傷を残していた。


「俺自身、こんな感情があるなんて知らなかった。『弟』の死なんて俺は望まない。ましてや、『殺せ』だなんて2度と俺に言うな……」


「……すまなかった」


 Jは鼻を啜りながら上を向く。落ち込んでいるKの肩を叩き、部屋を出ていこうとした。


「K、『透明』なまま死ぬんじゃないぞ……」


 Jの想いを噛み締め、Kは『生き抜く』という『欲』を常に意識し、何手先も読んで任務をこなしていった。




 日本の成田空港に着いたKは、ホテルで今回の任務の詳細をチェックする。指定のポイントへ向かうために歩いていると、突然目の前に人影が飛び込んできた。避けることも出来ずにぶつかってしまう。


「ああっ!すみませんんっ!」


 ぶつかった衝撃と共にオレンジ色の液体が俺の足にかかる。氷水の冷たい感触が右足を覆い、地面に氷と黒い粒が散乱する。


「ごめんなさいぃっ!ごめんなさいぃっ!私ったらなんて事を……!」


 視線を彼女の方に移した時、俺の中で何かが『色づいた』。彼女に目が釘付けになり、何も考えられなくなった。


「あっ、あの……本当にごめんなさいぃ……えっと、sorry……」


 その瞬間、俺は初めて『欲』を持った。その瓶は何色でどんな形だったのだろう?それを知るのはもう少し後の事になる。





……………………………………………………

 KとJの昔話でした。Jのキャラ付けのために書いた話です。もう一話載せたい話があるのですが、コンテストの文字数が6万文字以内なので一旦ここで終了します。今後できたら、Kと里桜のハネムーンとかを書きたいですね。絶対最悪な事が起きる。

では、また……。

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凄腕エージェントはさっさと任務を終わらせて、可愛い彼女といちゃいちゃしたい! きくらげ @ki_kurage

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