サブストーリー バレンタイン

 『2月14日。野郎どもは血眼になってチョコレートを持つ女の子を探し回るだろう。毎年やってくるその日だけは、男どもが暴徒と化し、街を徘徊するのだ。故に交際相手は先だってチョコを作って置き、男を拘束してから、翌朝を迎える。朝起きたら血眼な彼を目にするが、チョコを渡すかそのまま口に突っ込めば正気に戻る。毎年こんな現象に悩まれるのはいったいなぜなのか・・・。国の策略なのか・・・。いつかこんな危険な日がなくなるように、私がしなければならないのだ。』

「って感じのストーリーはどう?」

 プロローグを語り終えた光里は、「面白そうじゃない⁉」というワクワクを目に意見を求めてくるけれど、俺は少しばかり乗り気ではなかった。

「面白いんだろうけど・・・。四分の一くらい現実の事実が挟まってるから大丈夫なのかなぁ?」

「そうなの?」

「うん、元々バレンタインデーでチョコを渡す風習はなくって(ホワイトデーもだけど)、日本のお菓子会社がチョコを売り出すために作った風習なんだよね。」

 うろ覚えだけれど、少なくとも作られた風習ではあったはずだ。

「そうなんだ・・・私はてっきり、昔は嗜好品だったチョコレートを贈って、金と愛を示すって言うイベントなのかと・・・。」

 どんなくらい世界だよ。愛も夢もないじゃん。

「それでさ、広くんは、どんなお菓子が好き?」

「唐突だけど唐突じゃないな。」

 直接聞くのか、とも思ったけれど、効率的だし必要以上に悩む時間があれば、小説を書いていた方がいいだろう。

「し、仕方ないじゃん、一週間くらい悩んでたけど、やっぱりわかんなくて、紅茶と合うものをって思っても、ほとんどのチョコが合うし、何ならカステラとか浮かんでくるし・・・。だから、直接聞こうと思って。」

 よかった、せっかくの初彼女からの初バレンタインがチョコじゃなく長崎土産になるとこだった。

「そうだなぁ、確かに紅茶と合わせればだいたい食べれるから、特別好きなものってのはないけど・・・」

 と悩んでいると、以前に行ったことのある牧場のことを思い出した。回りはバターやらソフトクリームやらを買っていたのだが、自分だけ生チョコレートをねだっていた。

「生チョコ、食べてみたいかも。」

 半ば無意識に出た言葉なので、別にこだわりがあるわけではなかった。

「生チョコか・・・私も久々に食べたいかも・・・。でもどうやって作るんだろう。」

「作るの?」

「だってそりゃ・・・。手作りは、嫌?」

 断れるわけないだろ‼ってか断らないけど。

「めっちゃ楽しみにしてます。でも無理はしないで。」

「はーい、心配かけるほど無理はしません!」 

 そう言って、パソコンとその他荷物を置き去りに部屋を出て行ってしまった。


 数分後にシロから連絡が入った。

『松ちゃんは預かった!返してほしければバレンタインデーにてチョコレートを受け取ることだな!』

『脅しじゃなくて忠告とおすすめじゃねぇか。当たり前だろ。』

 適当に返したけれど、若干心配だった行く先がわかって安心した。シロはなんだかんだ料理上手で、毎年クートに褒められているから安心できる。それにクートと違って努力派だから、現状の腕前がどうであれ、特別てこずることはないだろう。・・・俺の出した生チョコという案がビックリするほど難しいものでもない限り・・・。


 普段なら、このまま時が過ぎるのを待っていたのだけれど、やはり彼女が自分のために何かをしてくれている間に、それを待つだけというのは忍びないと感じてしまった。

 そのため俺は、クートを連れてショッピングモールにやってきた。

「なんで俺まで呼び出されるんだ。」

「ちょうどチョコづくり終わってそうだったから。」

「そりゃ終わったけど、あとは冷凍庫から出してラッピングするまでだけどさぁ。」

 彼はバレンタインデーに珍しく集られる男子なのだ。つまりビックリするくらい料理が上手なのだ。

「光里が頑張ってる間何にもしないのが忍びないのと、受け取ってはいありがとうで終わるのがすっごい嫌だからサプライズでもやろうかと。」

「そう言うことね。料理し始めた頃の俺かよ。」

「と言うと?」

「俺がこの時期にチョコづくりをし始めたのは、シロから一方的に受け取るのが忍びないと感じたからだよ。お前もチョコ作れば?」

「白身入れるぞ?」

「シャレにならない脅し文句やめろよ。あと自滅するな。」

 料理?できないよ?白身と黄身を分けるとかできないもん。別れないんだもん。

「しゃあないな、普通に人形とかプレゼントすればいいんじゃないの?」

「いや、この前渡した人形が俺の部屋にいるんだよ。」

「なるほど、お前の部屋で寝ることの方が多いのか。」

 なんだか順調に情報を抜かれているように感じるけれど、元々彼が知っているはずの情報なので問題は無い・・・。はずだ。

「あとはそうだなぁ、おそろいのアクセサリーとかどうだ?ネックレスなら邪魔にもならないだろう?」

 考えたこともなかったが、かなりいいものかもしれない。

「それは、いいかも、考えたことなかった。」

「かもしれないと思ったら、まずは見てみよう。ペアルックとかどうだ?」

「もはや俺がしたい。」

「お前自身の感想は聞いてないんだよ・・・。」

 と、恋愛において先輩のクートに色々聞きながら選んでいった。


 買った物を持って帰ると、光里が先に帰宅していた。それと、少しチョコのにおいがした。

「ただいまー。」

「あ、お帰り。お夕飯どうする?」

「筆の調子は?」

「あんまり進まないかなぁ。」

「それじゃビーフシチューでも一緒に作るか。」

「賛成!」

 普段から料理をしなかったけれど、光里の見ている間でだけは、できる手伝いをするようになってきてはいた。一人だとどうしても少々とかしばらくとか、○○するまで、と言ったタイミングがつかめないのだ。

 それと、料理はその日の筆の乗り方で決めている。あまり乗らないときはおいしいものを作って、がっつりと食べて、順調だったり最高だったりする日は、書きながら食べられるものを選ぶようにしていた。

 一緒に作って食べて、そのあとは日常だった。(少しチョコのにおいがする以外は)


 翌朝、時間を確認するためにスマホを取ろうとするのだが、動かそうとした左手が動かない。暖かい何かが乗っている。

 見てみると、光里が寝ている。なんで?

 遠くの針時計を見てみると、大体10時過ぎあたりだ。

 光里のことをもう少し見てみると、寝顔が可愛いとは別に、寝たままの俺には見えなさそうだった場所に小さな箱がある。 

 それがバレンタインチョコだと思いいたると、少しむずがゆくなったけれど、やっぱりうれしかった。

 うれしくてつい、空いていた右手で光里の頭を撫でてみたが、少しうめくだけで起きそうにない。そのままおろして光里の手を握ってみると、思いのほかスッと起き上がった。

「おはよ。」

 自分の声だったが、寝起きの声はあまり好きになれない。

「うん、おはよぉ。」

 それに対して、光里の寝起きの声はふわふわしていて温かみがあって、口が裂けても嫌いなど言えない。

「あ、そうだ、これ、チョコ、生チョコ、えっと、なんだっけ?」

「バレンタインかな?」

「そうそう、ハッピーバレンタイン。」

 そのふやけたような可愛い笑顔は、純度100%の愛だからだろうか、自分の知っているどのチョコレートよりかわいらしく、甘ったるかった。

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