第3話 御令嬢と天真爛漫娘

「シュルツとウロボロスの間に凄まじい技術格差が生まれています」


アベルは自分が戦った敵の武器の特徴を交えながら説明する。


「あー私も戦ったわーそういう武器持ったやつー」

「確かにここ一二ヶ月の間に急激な敵の武器の性能アップが見受けられますね」

「何があったんだろうね」


ラミーナ達も心当たりがあるらしく頭を悩ませる。


「俺が戦った敵は『うちには優秀な技術者がいるからな』的な事を言ってたのでその人物による影響が大きいかもしれないですね」

「うーむ、ドイツ支部からの情報でマチェット社がヴィランと繋がってるかもしれないらしくてなぁ」

「マチェットって言うとうちも武器買ってるじゃん」


マチェット社と言うのはライオット事件以来、グランギルド社達に変わる武器商売最大手として名を挙げた会社だ。そこからシュルツも武器を買っている。


「もしそうだとしたらかなり不味くありません?」

「え、どうして?」

「どうしても何も、もしマチェットを両勢力が利用してるなら戦力バランスは全てマチェットの掌の上ということになるでしょう?」

「その通りだ。本部にも一応打診は入れたんだが何か返事が煮えきらなくてなぁ」


もしマチェット社が新技術を開発して、それをヴィラン側だけに流しているとしたら。それはヒーロー側の事実上敗北が確定する。


「何とかしてこの技術差を埋められないものか…」

「グランギルドに頼むのはダメなの?」

「あそこはライオット事件で武器の製造を辞めたからなぁ。しかしもうあそこに頼るしか無いのも事実か…」


オーガストは古い友人であるグランギルドの社長の顔を思い浮かべながら渋い表情をする。


「近々実際に話してくるわ。とりあえずお前達は後進の育成とヒーロー業務を頼む」

「「「了解!」」」「わっかりました〜」



あれから約ひと月があっという間に経ったある日の朝方。メアとサラは毎日の様に公園で一緒に過ごしていた。


「でね〜1ヶ月経ってようやくミー先輩に攻撃当てられるようになってきたんだよ!」

「メア姉すごい!わたしもそれくらい動けたらなぁ〜」

「サラも出来るよ!なんならわたしと一緒に訓練するー?」


二人とも本当の姉妹の様に仲が良く、サラが最近作っているという自立思考型のAIを積んだデバイスを試していた。


「ねぇメア姉」

「ん?」

「シュルツって今あんまり技術の水準高くないよね…?」

「なんか上司の言うところによると、そうみたい?そもそも、わたしあんまりそういうのに頼った事無いから分かんないや」


笑って返すメアにサラは意を決して提案する。


「わたし、メア姉のお手伝いがしたい!」

「……え?」


突然の申し出にメアは目を丸くする。そして、最近はそばに居ることの多いサラの護衛のアーロンを見ても焦っていない事からサラは既に彼に話を通しているのが分かる。


「わたしねこの一ヶ月、毎朝メア姉と会えるのが本当に楽しいの。だからメア姉のお手伝いがしたい、メア姉の装備をわたしに作らせて欲しいの!」

「え、え?そんな嬉しい申し出受けても大丈夫なの?怒られたりしない?」

「その点に関しては心配しないでください。お嬢様はグランギルド社長から研究費として多額の援助を受けています。そしてシュルツとは昔からの協力関係にありますので、社長としてもお嬢様の意見を尊重するお考えらしいので」

「えー…悪いなぁ…」

「何も悪くないもん!メア姉はわたしの世界を明るくしてくれたんだもん!だから恩返しがしたいの!」


ここ一ヶ月でサラはメアに対してかなり感情が豊かになった方だった。普段はあまり欲求を表に出さない彼女の気持ちを無下には出来ないのを分かっていたのでメアは要望を受け入れることにした。


「分かったよー、ありがとうね?でもして貰ってばっかりだったら悪いから、わたしにできる事だったらなんでも言ってね?」

「やったぁ!じゃあ早速ラボに行こっ!ほらアーロン!車出して車!」

「あはは、ちょっと先輩にだけ連絡してくるね?」


キラキラと目を輝かせたサラは年相応の子供っぽい面を初めて見せてくれた。

それが嬉しかったメアはラミーナに電話をかけるのだった。


「もしもしミー先輩?あのーちょっと今日友達のお家に呼ばれちゃいまして〜」

『え?そうなの?分かった!じゃあ気をつけ…、え?何よアベル。へ?うんメアだけど…』


電話の向こう側にアベルもいたようで何かラミーナは忠告されているらしい。


『あーもうそんなに心配なら自分で連絡しなさいよ!思春期の娘を持つ親父か!……それでメアちゃん?アベルがうっさいから私も一緒に行ってあげる』

「あはは……」


ラミーナはいつになく面倒くさそうにアベルを追っ払うと自分も着いていくと言ってくれる。


「分かった。じゃあそう伝えとくね?今近くの公園だからすぐ来てくれると嬉しいな」

『任せなさいっ、亜音速で駆けつけてあげる!』


ラミーナの事をサラに伝え、到着を待っていると三分もせずに当人は姿を見せた。


「速っ!?」


アーロンが思わず腕時計と睨めっこしている中ラミーナはサラの前で少し腰を屈めると、目線を合わせていつものようににっこりとした笑顔で挨拶を交わす。


「はじめましてっ、私メアのシュベスターのラミーナ・クロエって言うの!よろしくね!」

「よろしく…お願いしますっ」


サラはサッとメアの後ろに隠れて顔だけひょこっと覗かせながらもしっかり挨拶を返す。


「や〜ん可愛い〜♪妹の妹って事は実質私の妹よね!やったぁ〜」

「????」

「ラミーナさんってこんな方だったんですね…」

「イメージ壊れちゃった?」

「いえ…大丈夫です…」


ラミーナの言動に?マークを浮かべるサラと何故か少しダメージを受けていたアーロンだった。



グランギルド社に着くとそれはもう大きなオフィスビルでいくつもある地下のフロアの一つがサラ専用にカスタマイズされたものになっていた。サラは両親譲りの天才メカニックで基本的にこのフロアから動こうとしない。しかも先のバッシングのせいで人間不信を患っていたのでつい最近までラボに入れるのは両親を除いてアーロンや数人のお付きの人だけだった。


「ここがうちだよ?」

「うわ〜おっきい〜!ミー先輩、ここのフロアだけでもミー先輩の部屋の数十倍はあるよ!」

「私の部屋も一人暮らしにしては十分な広さなんだけど!?その言い方だとすっごい狭いみたいじゃん!」

「サラはいつどこで生活してるの?」


サラはメアの手を引っ張ってエレベーターへと連れていく。


「わたしのラボは地下にあるの。」

「お嬢様、社長からの連絡で少し席を外しますけど大丈夫ですか?」

「うん、メア姉もいるしラボから動かないから」

「分かりました。用事が済んだらすぐに向かいますので」

「分かったよ」


メアとラミーナはアーロンが離れていった時、一瞬サラの顔が強ばったのを見逃さなかった。


「サラちゃんはアーロンさんをとっても信頼してるんだね〜」

「え?……うん。アーロンはうちが事件に巻き込まれる前から働いてたんだけどね。その時に会社を辞めずに残ってくれた数少ない人の一人なんだ」

「いい人だもんね、アーロンさん」

「うん、わたし、昔すっごい酷いことも沢山言ったのにアーロンは全部受け止めてくれたんだ。その上でわたしの護衛を進んでやってくれてるの。だからわたしも信頼してるんだ」

「いい人に恵まれたね、サラちゃん」

「うん!」


サラはラミーナの言葉に笑顔で頷き、メアと繋いでいた手をキュッと力を入れ直したのだった。


ラボはとにかく大きかった。

至る所に大型の機械が設置されていてリラックス効果を得られるようにとサラが好きな噴水や芝生を敷いていたり、所々水が流れていたりしている。本当に森の中で生活しているような気になれる素晴らしい空間だった。


「こりゃ一日過ごせる訳だぁ」

「パパが何してもいいって言うから勝手に改造しちゃったんだ。わたし自然の中で作業するの好きだから」

「わたしもこの部屋好きだな〜」

「ほんとっ?」

「うん!サラが毎日公園に来てた理由がわかったよ〜」

「それじゃ早速本題に入るね!」


そう言ってサラはいくつか試作していたらしい装備をいくつか持ってきた。


「色々試してみて、良さそうな案があったら新しく作る時にまとめるね?」

「わぁーまた色々作ったもんだねぇ」

「どう使うものなの?これとか」


メアはグローブのような機械を試しに腕に嵌めてみる。見た目はさほどゴツゴツしておらず、つけた感じも普通の手袋とさして変わらない。


「それは電気を流すことで磁場を発生させて壁とか色んなところにくっつけるようにする為の装置なんだけど、肝心のバッテリーがあんまり持たないの」

「自分で電気発生させられたらいいのにねぇ」

「そんな上司じゃあるまいし…」

「あ、そうだっ!サラちゃん、この手袋アベルって言う男の人の為に調整出来ない?」

「…出来なくも…ないけど…」

「あぁ〜露骨に嫌な顔ぉ」


サラは眉を八の字に曲げて言葉に詰まったように喋る。


「わたし、メア姉の為に作りたい。他の人のならパパに頼めばいい」

「呼んだか?娘よー」

「ぱぱ!?」


タイミング良く現れたのはアーロンと一緒にエレベーターホールから歩いてくきた、ジョン・グランギルド。目の前の天才メカニックであるサラの父親にして現グランギルド社長だった。


「こ、こんにちはっ!私、シュルツイタリア第三支部のラミーナ・クロエとも、申しますっ!」

「いいよいいよそんなに固くならなくて、メア君はともかくクロエ君は世間的にも有名人だからね。僕も君の活躍は拝見させて貰ってるよ」

「ありがとうございますっ」


ラミーナは普段からは想像できないくらいしっかりとしたら敬語で社長に頭を下げる。この社長もサラの親なだけあってかなりの天才発明家だ。

アメリカの超有名なメカニックでヒーローなトニーに負けじとも劣らない程の頭脳の持ち主でもある。


「すみませんお嬢様―、社長が顔を出すって聞かなくて」

「ううん、何となく分かってたから大丈夫」

「それで娘に呼ばれた気がしたのだが?」

「え?うん。わたしの電磁グローブをあべる?って人のために調整してほしいんだって」

「なるほど、それ位なら私が請け負おう!ついでにクロエ君、ヒーロー名はマッハガールだったか?」

「そっ、それは…はい…。そうですぅ」


 ラミーナはヒーロー名を当時所長が勝手に公開したせいでその名で認知されてしまった過去があり、本人はそれが恥ずかしくてたまらないらしい。


「せっかくだから君の装備も見繕ってあげよう」

「いいんですか!?」

「お安い御用さ。それに君たちのボスに話しておかないといけない事もあるからね。アーロン、ついでだお前も来て記録しておいてくれ」

「わかりました」


 社長はラミーナとアーロンを連れて別室のラボへと行ってしまった。


「何というか明るいお父さんだね~」

「両親は優しい…。外に出れなくなったわたしをここまで育ててくれてるから」


 メアはサラの頭を撫でて微笑んだ。


「ご両親は大事にしなきゃだよー?居るだけでもすっごい幸運なんだから」

「…メア姉のお父さんとお母さんは?」


 メアはいつもの様に明るい笑顔だが、ほんの少し寂しさが混ざっているように見える。


「お母さんは死んじゃったんだ。十年前にイベニアに軍が侵攻してきて、捕虜にならない人は徹底的に殺されたんだ」

「…ご、ごめんね?思い出せちゃって…」

「いいのいいの、その時にお母さんにわたしは命がけで逃がしてもらったんだ。その時からかなぁ。ヒーローになって家族を護れるようになりたいって思ったのは」

「お父さんは?」

「うーん、実を言うとあった事は無いんだ~。お母さんによると凄腕のヒーローをやってたらしいんだけどね~」

「お父さんがまだヒーローなら会えると良いね!」

「そうだね!よしっ他の装備見せてよ!」

「うん!」



 数時間後、色々試した結果サラはメアの為の専用装備を完成させていた。


「これをここに装備して…これはここ」


 てきぱきと装着させていくサラにされるがままになっているメア。完成した装備はメアの事をよく理解して作られている様だった。


「説明していくよ?まずこれがナノワイヤー射出ブレスレッドだよ」


 左右の腕に装着された小型のブレスレッド。射出されたワイヤーをアンカーのように突き刺して、巻き上げながら空中に飛び上がったり、射出しきって相手を拘束するワイヤーとして使う事もできる。サラはアメリカの蜘蛛のヒーローを参考にしたようだが、本家の様な粘り気は無いので使用用途は割と異なる様だ。因みに射出させるにはもう片方の手でボタンを押すのがトリガーの様だが、サラはもっと便利に感覚的に使えるようにしたいため今後も調整していくらしい。

 それからサラは様々な性能を説明していく。最近ラミーナとの訓練の成果で以前より人間離れしたスピードとパワーを出せる様になってきたので、それをアシストするための反重力因子を発生させるブーツや、パンチの時の衝撃を緩和して手にダメージが残らないようにするグローブなど様々だ。


「ありがとうねサラ!これでもっと活躍できそうな気がするよ!」

「えへへ~、何とか今日中に出来て良かったぁ。これからも開発し続けるから…メア姉も協力してね?」

「サラの為なら喜んでテスターでも引き受けるよ!」


 ぎゅっと拳を握ってワクワクする気持ちを噛み締めるメアだった。



 時間は少し戻ってラミーナとグランギルド社長は別室に移って最新装備の提案を受けていた。

 

「あの、質問いいですか?」

「何だい?」


 ラミーナは普段よりも畏まった口調で話しかける。疑問に思ったことは言わずもがな。


「グランギルドは武器製造から手を引いたんじゃ無かったんですか?」


 実際、昔のあの事件から今日までグランギルドは一つの武器も発表していなかった。


「ああ、その通りだ。実際今もあまり乗り気ではないよ。」

「では、なんで…」

「切っ掛けが無かったわけじゃないんだ。最近マチェット社が不穏な動きを見せている事はこちらでも察していた。それにマチェットは名前さえ違うが、前ライオット社の技術や人員をそのまま引き継いでいる。」

「そうだったの!?あっ、ごめんなさい…」

「いいさ、無理して畏まらなくても。楽に話していい」

「じゃ、じゃあなんで今こうして私の装備を作ってくれてるの?」

「君たちの所長に言われてねぇ…。今のままじゃ均衡が崩壊するってね、正直それでも協力するのは迷っていたんだが…、決め手はサラだったよ」

「サラちゃんが…」

「あの子は元々私や妻以上の才能を秘めているがそれが原因で学校でいじめられていたらしいんだ。それにライオット事件も重なって完全に塞ぎこんでしまった。でも丁度一か月前に友達が出来たって言ってきたんだ」

「メアちゃんの事ですね?」

「君の所のメア君には本当に感謝しているよ。娘をあんなに笑う子にしてくれた。」

「メアちゃんは誰に対しても温厚で明るくて、それでいて…自己犠牲が強い子なんです。私はそんなメアちゃんが愛おしくて大切だけど、それ以上に心配でもあります」

「その気持ちよくわかるよ。君の所のアベル君にそっくりだ」

「あ、わかるかもっ!なんとなく面影被りますもん!」

「ははは、これからサラがそちらにお邪魔することも多くなるだろう。どうか娘をよろしく頼む」

「はい!このラミーナ、命に代えてもお守りします!」


 ラミーナは綺麗な白髪をくるりと翻しながらにっこりと笑って返して見せるのだった。

 それから社長はラミーナの能力には個人的に心底興味があったらしく「ヒーローはスーツを着てこそだ!」と言ってラミーナ専用の能力を制御しやすいメカニカルスーツを開発してくれた。

 また、グランギルド社もシュルツに全面協力してくれるようで、今後の上位ヒーロー用の特殊装備はグランギルド職員がそれぞれデザイン、開発してくれるようだ。



 メアはシュルツの寮に帰って来るやいなやミカが座っているベッドに倒れこむ。

 メア以外の三人は集まってメアの帰りを待っていた様だ。


「ただいま~今帰ったよ~」

「お帰りなさい…って、なんか格好変わってない!?」

「……ほんと、ジャパニーズヒーローみたい」

「元ネタはアメリカの蜘蛛のヒーローじゃないかなぁ」

「前にも言ったと思うけど、サラっていう女の子がすっごいメカニックでさ~、その子がわたし専用の装備作ってくれたんだ~」

「凄い子がいるもんねぇ、もしかして、それってさっき通達があったグランギルドの装備が使えるようになる件と関係あるの?」

「え、グランギルドの装備を使えるようになったの?」

「なんでも向こうの社長が協力に応じてくれたみたいだよ?」

「……でも装備を依頼できるのは特殊能力持ちの上位ヒーローだけ。私達にはあんまり関係ない」


シュルツのヒーローは上位、中位、下位とピラミッド型の人数配置図になっていて、メア達は言わずもがな下位に位置していて他の能力を持たない隊員の多くはここに位置する。中位以降は能力を持っていたり、持っていなくても優秀なエージェントであったりすると上位クラスに入ったりする事が出来る。なので上位クラスだからといって能力持ちで溢れかえっているという訳でもないのだ。


「あたし達人間離れしてるーってよく言われるけど、能力自体は身体能力の延長線上だからあんまりパッとしないわよねー」

「わたしも目に見えて格好いい能力がほしかったなぁ~」

「うちのエルさんは水を操る事が出来るって言ってたなぁ。」

「ラファエラってヒーロー名だったよね、確か。弾丸みたいに射出して戦うスタイルも格好いいよね~」

「…ミカは地味」

「地味さで言ったらあんたも変わんないでしょうがっ!」


 ミカとルエが取っ組み合いというよりじゃれ合いに発展している横でメアは装備を外し、ノノに甲斐甲斐しく世話を焼かれていた。

 隊服から私服に着替えたメアはぐいっと伸びをして息を吐く。


「お腹へったぁ~!」

「そういえばもう結構な時間ね」

「食堂も良いけどたまには外に食べに行こうよ!」

「んーまあいいわよ?あとの二人は?」

「私も良いよ?」

「…無問題」

「どこの言葉よ…」


 四人は寮を後にしようとしたら不意に声を掛けられた。


「お前達こんな時間に外に行くのか?」

「あんた達誰?なんか用?」


 声を掛けてきたのはシュルツの隊服を着た若い青年が数人でつるんでこちらを見ていた。隊服についているバッジから特に目立つ青年は中位クラスに位置するヒーローであることが分かった。

 何故かとてもバカにしたような表情でこちらを見ていた。


「用?いやぁ別にー?外に出るなら君たちだけじゃ危ないから護衛してあげようかと思っただけだよ」

「別に名前も知らないような人に護衛なんかしてもらいたくもないわ。行きましょ!」


 ミカが早々に切り上げようとしたが、男たちは中々引き下がらない。


(あの人知ってる…。ヒーローとしての能力は割と高いんだけどその分粗暴で、取り巻きも多いし、人を見下した態度が多くて女性隊員からめっぽう嫌われてるらしいよ…)


 ノノが持ち前の記憶力で思い出した情報を三人に耳打ちする。


「そもそもなんであたし達なの?そんなに女と居たいなら他を当たって頂戴?」

「お前には興味ない」

「なっ…!何よあいつっ」


 ミカがぶちぎれ寸前の中青年はノノを指さした。


「ノノ・クラウディア。お前は俺直々のシュベスター申請を断った。これがどういう意味か分かるか?」


 衝撃の発言に四人はひそひそと耳打ちしあう。


「え、そうだったの!?」

「いや、上官が選んだから分からないよ…」

「それもそうね…」


 青年が取り巻きと一緒にじりじりと寄ってきているのを見てメアは庇うように間に立ちはだかった。


「なんだ?お前みたいなちんちくりんには興味はないんだ。さっさとクラウディアを渡せば痛い目には合わせないぞ?」


 青年は仮にも中級ヒーローなだけあって能力を持っているらしく腕を出すと見せつける様にパワーを出して見せた。


「メアちゃんっ!あの人の能力は風で刃を作るの!攻撃も見えないからまともにやりあったら危険だよ!」


 確かに風の刃という事は形状も自由自在という事。いくら見えないというハンデが別に脅威にならないとは言え同時に攻撃されたら元も子もない。

 故に一か月前のラミーナとシュベスター契約を結ぶ前なら確実に手も足も出ずに負けていただろう。


「あの人…ミー先輩より強い?」

「さすがに…及ばないと思うけど…」

「じゃあ大丈夫。見ててっ」


 メアも普段使いとして装備していたナノシューターのブレスレッドと反重力ブーツの感触を確かめる。

 その様子を見た青年もメアの意図を理解したらしく、取り巻きを巻き込まないように離れさせる。


「いいんだな?俺は興味のない女には容赦しないからな?」

「いいよー別にー」

「舐めた態度だなっ!屈服させてパシリにしてやる!」


 青年が腕を振るうと間が五メートルは離れているのにも関わらず、腕を振りぬく動作を見せる。すると空気が裂けるような音と共にかまいたちの様な物が地面をえぐりながら迫ってきた。

 当然のごとく見切っていたメアは一か月前とは比べ物にならないくらいのスピードで駆け出した。反重力ブーツを使っていなくても、スピードは能力を使用していないラミーナと同等の速度が出ている様だった。


「くっ、速っ」


ラミーナとの訓練は恐らくメアしかついて行くことが出来ないと言っても過言ではないくらい過酷で地獄を見るようなものだった。体力作りから身体の使い方。スピードとパワーをひたすらあげるための組手などの訓練。

しかし、その成果は1ヶ月という短い期間でも顕著に現れていた。

青年の懐に入り込んだメアは最早弾丸のようなスピードで拳を振り上げる。

そしてその拳が顎を捕らえそうになった瞬間。メアは危険を察知してサッと拳を引くと真後ろに向かってアンカーを射出。それを高速で巻取らせながらその場から離脱した。


「なに!?」


青年が驚きを見せた瞬間、1秒前までメアがいた所に風の刃が振り下ろされていた。


「反応は良いみたいだなぁ。でも能力を持たない君じゃ僕に触れることは出来ないさ。なんせ僕の能力なら来るとわかっているところに刃を置くだけなのだからね!」

「なるほどー、教えてくれてありがと〜」

「それを教えた所で大したハンデにはならんさ」


メアはサラから教わった反重力ブーツの使い方を頭の中でおさらいして、気持ちを整える。


「あなたはわたしが能力が無いから勝てないって言ってたけど、わたし素敵な能力を貰ったんだよね!」

「あ?」


メアはブーツの性能を解放し、ラミーナの亜音速を彷彿とさせるスピードで突進する。


「いくら速くても真っ直ぐ来るなら芸がないぞ!」


ただメアもそんな事は織り込み済みだった。

全速力で突進したメアは青年を飛び越す様に飛び上がり、空中で逆さまになりながら青年の足元に向かってアンカーを射出。それを巻きとる事でベクトルの方向を無理やり捻じ曲げて、まるで空中を蹴ったかのように方向転換して見せた。


「何!?」

「ノノに手は出させないからっ!!」


ラミーナの能力を使った空中での動きをガジェットを使って無理やり再現して見せたメアに青年は当然の如く反応出来ず、背中に体当たりを受けて気を失ってしまった。


「あーあー、大丈夫―?」

「さ、サニーさーん!!」


メアがしゃがんで声をかけていると取り巻きたちが飛んできて、慌てて青年を回収して駆けて行ってしまった。

取り巻きたちが姿を消したあと、メアはにっこりと笑って三人の方を向き直った。


「どーお?わたし強くなったでしょ?」

「ほんと、あたしもうかうかしてられないわぁ」

「メアちゃんありがとうー!」

「うわっとと、ノノ苦しいよぉ」

「…メアのガジェット凄い性能だった」

「そうよそうよ、あんたどんなメカニックと契約したのよ」

「えへへ〜、ひーみつ!」


ミカにぐりぐりと弄られるメアはレベルアップの確かな感触を味わっていた。

しかし、やはり甘くないのが現実。それから数日後、メアはとんでもない事件に巻き込まれるのだった。

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