恋する男子に盆踊りを教えて(8)


 その夜、もうひとつ奇妙な出来事があった。

 途中まで一緒だった千嵐小夜とはぐれてしまい、たったひとり雑木林の中で置き去りにされた俺が、怪しげな提灯の明かりを頼りに、盆踊りの会場まで戻ってきた時のことだ。


 この時、夜8時から予定通り開始された打ち上げ花火のプログラムは、最後のクライマックスを迎えてとうに終わっていた。

 つまり、俺と千嵐が人知れず盆踊りの輪の中から抜け出していたのは、ほんの10分か20分くらいの出来事だったわけだ。いまだ興奮が冷めやらぬお寺の境内には、祭りのあとの静けさが残るばかり。


「あんた、今までどこに行ってたの?」


 野々坂は、地べたから立ち上がって再会を喜んだのもつかの間、拾った小石を投げつけて俺のことをなじった。

 どうやら、いくら電話をかけても一向につながらず、あちこち俺の姿を探し回っていたようだ。


 ――あれ、おかしいな?

 何だか急に肩が凝って回らなくなった首をさすりつつ、俺は自分のケータイを確認する。


 この時、時計の時刻は夜8時30分。充電のゲージはもう残り少ないが、電波の受信状況は悪くない。

 と思ったら、ホーム画面に表示されていなかったプロ野球の途中経過や、帰宅の時間をたずねる母親からのメッセージが、ピロンピロンと鳴り止まぬ勢いで大量に押し寄せてくる。


 ひょっとすると、これもある種の心霊現象というやつだろうか……?


 俺は、あとからその場所にまつわる噂話を知ってぞっとした。

 なんとこのお寺の本堂は、源平時代の落ち武者をかくまったがために焼き討ちに遭い、のちになって再建されたものだというのだ。


 それからさらに、盆踊り大会からの帰り道で思いもよらぬ出来事が続く。


「――この子、誰なの?」


 と、長く伸ばした爪でスマホの画面をタップして、表示された画像をこちらに向ける野々坂。

 そこには、まるで恋人同士のように誰かと腕を組んで歩く浴衣姿の女の子が写っていた。


「いや、知らんけど」

「とぼけないでよ。そんなはずないでしょう?」


 ほら、よく見て――と無理やりスマホを押しつけられて、俺はタッチパネルに指を当てつつぐりぐりと拡大された画像を動かす。

 するとそこには、着流しに懐手をしながら打ち上げ花火を眺める越智和馬の姿があった。


 背景に写り込んでいる見物客の賑わいからして、神社で行われている夏祭りの会場だろうか?

 ちょうど後ろから声をかけて、振り向いた瞬間を撮影したような自撮りの写真だ。


「……この写真、どこで?」

「今さっき、テニス部の友達から教えてもらったの。本人のSNSにアップロードされてるって」


 みんなそれぞれ帰る方向が違うので、香川先輩とは盆踊りの会場で別れた。

 千嵐小夜とその弟の陸君は、最寄り駅の踏切でさようならだ。


 俺は、もう夜も遅いことだし、電車が来るまでまだ少し時間があるから、よかったら家まで送っていこうかと提案する。

 しかし、SNSに投稿されていた写真の件がよっぽどショックだったのか、千嵐はずっと黙りこくったままだった。


 お姉ちゃん、早く帰ろうよ――と陸君が歩みを急かしているところへ、踏切の向こうから父親が迎えに来て、俺たちはほっと一安心。

 田舎の鉄道は電車の本数が少ないし、終電の時間も早いので、もしも乗り過ごしたら歩いて帰るはめになるところだった。


「ねえ、信じられる? 越智君ったら、私たちの誘いを断って、あろうことか別の女の子と夏祭りへ行ってたのよ?」


 まじで最悪。ほんとむかつく。

 他のメンバーと別れて二人きりで電車に乗っているあいだ、野々坂は、まるで我が事のように不満をぶちまけて怒りをあらわにする。


「ところでお前、千嵐に何か間違ったことを教えなかったか? あいつ、心霊スポットで肝試しをしたあとから、明らかに様子がおかしかったぞ」


「まさか、言えるわけないじゃん。本当のことなんて。……あんたこそ、千嵐さんの気持ちを考えずに何かひどいことを言ったんじゃないの?」


 この夜の帰り道。

 俺は、駅前の駐輪場に止めてあった自転車を押してきて、久しぶりに二人乗りをすることにした。


 浴衣姿のまま道中で座り込んだ野々坂が、鼻緒の切れた下駄をぶらぶらさせるので、とうとう根負けしてしまった形だ。

 歩いて帰るとますます時間が遅くなるし、交番のお巡りさんだって祭りの夜くらいは大目に見てくれるだろう。


 そして、それから一週間後――。

 俺は、SNSにアップロードされていた写真の件について調べるべく、越智和馬本人に会って直接話を聞いてみることにした。


 和馬の自宅は、去年まで俺たちが通っていた中学校からそう遠くない場所にある。

 夫婦共働きの世帯が暮らすにはちょうどいい、中くらいの大きさの物件が集まる住宅街だ。


 ちなみに、父親はごくごく普通のサラリーマンで、母親はパートタイマーだと聞いている。

 中学のころから、仕事の都合であまり学校行事には参加できず、俺自身これまで一度も顔を見たことがない。


 俺は、アルバイトの配達でたまたまた近くを通りかかったついでに、和馬のケータイに電話をかけて昼下がりの公園へ呼び出す。

 夏休みのあいだに教習所へ通ってバイクの免許を取ったので、そのことを自慢してやろうという子供じみた気持ちもあった。


 すると越智和馬は、免許証に記載された俺の顔写真を指差して笑いながら、

「なんだ、そんなことか」と、あっけらかんとして答える。


「あれは親戚の子だよ。残念ながら、もう船で帰っちゃったけど」

「それは本当か?」


「そんなに僕の従妹いとこのことが気になるのかい?」

「いや、べつにそういうわけじゃないけど」


「両親の都合で離島に住んでいてね。お盆休みのあいだ、老人ホームのおばあちゃんに会いに来たんだよ」

「ふーん、そうか」


「年齢はひとつ下の中学三年生で、名前は七海ななみって言うんだけどね」

「ますます怪しいな」


「そこまで疑うなら、連絡先を教えてあげようか? 本人に直接聞いてみればいいじゃないか」

「それはそれで、俺が疑われるから困る」


「ほかのみんなにはまだ内緒にしておいてほしいんだけど、じつは来年、うちの高校を受験する予定なんだ。あそこの島には中学までしかないからね」


「約束はできないな。SNSで言いふらすかもしれん」


「察してやってくれよ、難しい年ごろなんだから。僕たちだって去年のこの時期は、受験勉強で忙しかっただろう? もしも順調に行けば、来年から僕んちに下宿することになるから、その時はよろしく」


 こうして俺たちの夏休みは、あっという間に過ぎていった。

 そして、あと一週間もすれば二学期が始まる。はたして俺と千嵐は、それぞれ好きな人へ思いを伝えることができるだろうか?



  第六話 恋する男子に盆踊りを教えて(完)


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