恋する男子にアイドルを教えて(4)


 打ち上げ。

 英語に訳すと、それはランチである。


 しかし日本語では俗に、仕事仲間や職場の同僚たちと集まって飲み会を催すことを言う。


 その由来については諸説あるものの、もともとは歌舞伎や能などの舞台で和楽器を演奏していた出囃子たちが、芝居の締めくくりに太鼓の音をポンと高く打ち上げる――すなわち仕事が終わって宴会が始まることを意味する合図だったらしい。


「打ち上げやろうぜ!」


 野々坂百花は、グループに招待されたユーザーのみが参加できるチャット機能を介して、いきなり突拍子もないことを言い出した。


 あいにく俺は、徹夜で勉強しながら眠ってしまって翌朝まで気づかなかったが、

 スマホの画面を指先で突っぱねて過去の履歴をさかのぼってみると、まるで外国人みたいに片言のカタカナを多用する千嵐小夜とのやり取りが残されていた。


「中間テストが終わったら? イイデスネ!」

「ファミレスのドリンクバーで飲み放題だぜ!」


 そういう話の流れで、なかば無理やり飲み会の幹事を任された俺は、さっそく同級生の越智和馬にも連絡網を回すことにした。

 きっと人数が多いほうが盛り上がるだろうから――と、野々坂と千嵐が口を揃えて言い出したからだ。


 すると、間もなく和馬から返事が届いた。さっそく新規メンバーの参加申請を承認し、非公開のグループに招待する。

 それとは別に、他のユーザーには表示されない形で、それぞれのメンバーから個人的なメッセージが送られてきて、


「あんたのために、越智君も協力してくれるって」

「僕たちが席を外したら、二人きりになれるチャンスだぞ」


「コーヒーと紅茶なら、青木サンはどっちがイイデスカ?」

「さてはお前ら、俺の飲み物に変なジュースを混ぜるつもりだな?」


 そんなこんなで、打ち上げ当日。


 この日は、中間試験の最終日だった。授業は午前中で終わり、明日からはふたたびいつも通りの日常が戻ってくる。

 俺たちは、学校が終わっても家に帰らず、制服のまま予約していた飲食店へと向かう。


 大手外食チェーンの傘下で全国各地に店舗を展開している、ステーキやハンバーグが売りのファミリーレストランだ。

 ランチやディナーなどの食事時に訪れると、店内が混んでいて外で待たされることもあるが、この日は平日の昼下がりということもあってか、客が少なく貸し切りみたいに空いていた。


 俺たちは、レジ打ちを済ませた店員さんから、二名様ですか? と聞かれて、四人だと答える。

 禁煙席でよろしいですか? という質問に二つ返事で頷き、さっそく空いているテーブルへ案内してもらう。


 越智和馬と千嵐小夜の二人は、生徒会の仕事がある都合上、体育祭の準備が終わり次第、あとから合流することになった。


 野々坂は、まだ俺が注文を決めかねているにもかかわらず、自分勝手なタイミングでテーブルの呼び出しボタンを押す。

 定番メニューの日替わりランチに、サラダバーとスープバーもつけて、もちろんライスは大盛りで。


 俺は、荷物を置いたまま席を立ち、二人分のドリンクを自分たちのテーブルへ運ぶ。

 アイスティーにレモンを入れて、砂糖は多めで氷は少なめ。いちいち注文が多いのだ。


「それで、テストの出来はどうだった?」


 さて、今回俺がいただくのは、若い女性やお年寄りに人気があるポン酢だれの和風おろしハンバーグだ。

 まだまだ健康を気にしてカロリーを控えるような年齢ではないが、俺は普段から何でもかんでもご飯にのせて食べるスタイルなので、どんぶりにアレンジするとうまそうなメニューを選んでみた。


「……まあ、聞くまでもないよな」


 野々坂は、ご注文は以上ですか? と店員さんからたずねられるまで、テーブルの下でケータイばかりいじっていた。

 こんがり焼けた若鶏のグリルをナイフとフォークで切り分けたあと、やっぱりそっちのメニューを頼めばよかったと物欲しそうな顔をするので、半分ずつ食べたところで皿を取りかえる。


「先にデザートも頼んじゃおうかな」

「まだ付け合わせの野菜が残ってるぞ」


「残飯処理はあんたの仕事でしょ?」

「まるで野良犬呼ばわりだな」


 本日の彼女は、終始ご機嫌ななめだった。

 いつもなら笑い飛ばせる冗談も、声のトーンが低めだとかなり辛辣に聞こえる。


 俺は、食後のコーヒーで腹ごなしをしながら、窓辺に頬杖をついてあくびを噛み殺す。

 連日連夜の寝不足がたたってか、空腹も満たされて何だか急に眠たくなってきた。


 誰もが一度は聴いたことがある有名なヒットナンバーを、オルゴール調にアレンジした店内の音楽。

 まだ年端も行かない子供を連れて集まったママ友たちの話し声。


 あたかも走馬燈のごとく、次から次へと窓の外を通りすぎる自動車の騒音。

 彼女はもっと静かで落ち着いた場所がよかったと言うが、俺は多少なりとも周囲に雑音があったほうが居心地よく感じる。


 ……そんなことよりも、以前と変わった俺の髪型についてどう思う? どことなく誰かに似ていると思わないか?


「こんなことなら、コンサートのチケットなんて申し込まなければよかった」

「むしろ間違いに気づいてよかったじゃないか。今ならまだ払い戻しできるだろう?」


「本当は心の中でざまあみろと思ってるくせに! どうせあんたには、私の気持ちなんて分からないわよ!」

「次のテストも赤点だったら、今年の夏休みは補習で決まりだな。あんなやつのことはもう忘れて、少しは真面目に勉強したらどうだ?」


 野々坂は、えーんえーんと泣きながら鼻水をすすり、テーブルの紙ナプキンをくしゃくしゃに丸める。

 さらに、ハートの形をしたうちわやら、ペンライトなどの応援グッズを持ち出して、涙ながらに振りかざしてみせる。


 もちろん俺は、見えないところで小さくガッツポーズだ。

 コーヒーカップに口をつけて表情を隠すものの、思わず忍び笑いが漏れそうになる。


「……それにしても、遅くない?」

「たった今、俺のところに連絡が来たぞ。もうしばらく時間がかかるってさ」


 俺は、ケータイの着信に気づかず電話を取り損ねてしまい、適当に相づちを打ちながら別の相手とやり取りする。


 どうせまたお母さんからのメールでしょ? と、そっぽを向いてますます不機嫌になってしまう野々坂。

 そんなに好きなら、お母さんのファンクラブにでも入ったら?


「あの二人、最近なんかいい感じじゃない? 私のことはともかく、あんたはこのままでいいの?」

「じつは以前から付き合ってましたってパターンか? まさか、どこぞのアイドルじゃあるまいし」


 中学から高校へと進学して、初めて訪れた春の終わり。

 俺たちは、それぞれ好きになった相手は違えども、一生忘れられぬ大きな失恋を経験した。


 そして、もうすぐ夏がやってくる。

 五月の末に行われた体育祭をきっかけに、越智和馬と千嵐小夜のあいだで、新たな恋が芽生え始めたことなど、この時は知る由もなく。



  第三話 恋する男子にアイドルを教えて(完)

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