恋する男子に占いを教えて(3)


 その日の昼休み。

 俺は、自前の弁当を持ち寄って机を向かい合わせ、同級生の友人に悩みを打ち明けることにした。


「恋の病とは……」

 一年D組の越智和馬おちかずまは、そう前置きしてスマホで役に立つ情報を検索する。


「辞書によると恋煩いとも言い、異性あるいは同性に対して恋愛感情を抱いた男女――とくに思春期を迎えた若者が陥りやすい精神疾患のことだ。多くの場合は、自分にとって理想的なパートナーと出会うことで発症し、動悸、目まい、息切れ、食欲の低下、睡眠障害などなど、様々な症状を引き起こす」


「そうやって言われると、本当に病気みたいだな」


「ある意味では細菌やウイルスよりもタチが悪いね。ワクチンによる予防もできないし、根本的な治療法も発見されていない。原因はまったくもって不明だが、さらに病状が進行すると、相手のことばかり考えて勉強が手につかなくなったり、好きだと言えずに胸が苦しくなったりするらしい」


 彼の名前は、越智和馬。

 端正な目鼻立ちに黒縁の眼鏡をかけて、四六時中詰め襟のカラーを留めている、頭脳明晰かつ成績優秀な男子生徒だ。

 その知識は科目を問わず、テストの問題から雑学クイズまで、幅広く網羅している。


「僕の個人的な意見を言わせてもらえば、恋の病なんてインフルエンザと同じさ。クリスマスやバレンタインの時期になると、全国各地で流行って知らず知らずのうちに感染してしまうんだ。学校でもマスクをつけて自粛するべきだね。頼むから他の人にうつさないでくれよ?」


「俺とお前のあいだに、見えないアクリル板を感じるのは気のせいか?」


「まあそれは冗談として、要するにソーシャルディスタンスを保てばいいんじゃないかな? しばらく外出を控えて安静に過ごしていれば、そのうち熱が下がって体調も回復するだろう。病み上がりに無理をしてぶり返してしまったら元も子もないぞ」


「もしも、二三日のあいだ布団で寝込んでも治らなかったら?」


「好きな人の星座や血液型を調べて相性を占ってみたり、授業中にぼんやりと窓の外を眺めながらポエムを書くようになる」


「うわっ、恥ずかしすぎる……! まさに俺のことじゃないか……!」


 俺は、朝早くから母親がこしらえてくれた愛情たっぷりの弁当を隠れながらがっつき、二段重ねの弁当箱に慌ててふたをかぶせる。

 机を挟んで正面に対している和馬の昼食は、購買に並んでいた売れ残りのパンだ。正直ちょっと羨ましい。


「とにかく、君が学校を休んだら僕が困るんだ! もしも君がいなくなったら、僕は独りぼっちでわびしくお弁当を食べることになるんだぞ!」

「さてはお前、俺の友達じゃねえな? 本当は友達がいないやつだと思われたくないだけだろ?」


「僕もできる限り協力するから、頑張って恋の病を克服しよう! 大丈夫、君なら吹っ切れるさ!」

「でも、どうやって?」


「新しい恋を見つければいいのさ」

「何だって?」


「どうせ実ることのない恋なら、いっそのこと綺麗さっぱり忘れてしまえ」

「……結局、何事も諦めが肝心ってことか。どうせ諦めるなら早いほうがいいしな」


「君にとっては、初めから分不相応な恋だったということさ。次はせいぜいブサイクな女の子に告白することだね。そうすれば相手も仕方なく妥協してくれるかもしれないよ?」

「こいつ、やっぱり俺の友達じゃねえ! 本物の友達はどこへ行きやがった!」


 教室の時計は、すでに午後1時を回っている。

 そろそろ午後の授業が始まる時間だ。よそのクラスへ出かけていた生徒たちが教室に戻ってきて、次の授業の準備を始める。


 和馬はいつも、同じクラスの男子たちがやっているジュースのじゃんけんには参加せず、地球に優しいマイボトルを持参している。

 たまに普通のお茶かと思ったらコーヒーだったり、スポーツドリンクだったり。その日の気分によってはホットの時もあるし、アイスの時もある。食事のあとの一杯はこれまた格別だ。


 ――ところで俺たちは、周りの生徒たちからどんなふうに見られているのだろう?


 中学のころの俺は、反抗期をこじらせてかなり荒れていた。

 和馬は和馬で、そんな俺のことを鼻で笑ってクールな優等生を演じていた。


 これまで、中学時代の三年間は一度も同じクラスになったことがなく、こんなふうに休み時間を一緒に過ごすようになったのは、高校生になってからのことだ。

 ……あれ? こいつ、実際に話してみると意外と面白いやつだな、みたいな感じで。


「ほら、噂をすれば向こうからやってきたぞ」


 和馬は、鼻にかけた眼鏡を中指で押し上げて、さりげなく目配せをする。

 自分の机を動かして窓側を向いていた俺は、ふと何となしに廊下のほうを振り向く。


 すると、あっ――と声を出して俺のことを指差した野々坂百花が、背伸びをしながら嬉しそうに飛び跳ね、こっちこっちと小さく手まねきしていた。

 それと、あれは一年C組の千嵐小夜だろうか……?


 ほら、恥ずかしがらないで――と言わんばかりに無理やり手首を取って、遠慮がちな女子生徒を引き連れている。

 ドアの手前で二の足を踏んで及び腰になり、それ以上進むのを拒んでいる格好だった。


「あの子、君のことを呼んでるみたいだぞ? 大切な話があるから、こっちに来てほしいって」


 用件を聞いて戻ってきた和馬がしつこく肩を揺さぶるものの、俺は、腕を組んだまま机に突っ伏して顔をうずめる。

 寝たふりをしたままそっぽを向き、何を言われても知らんぷりを決め込む。


「学校の中で、気安く話しかけるなと言っておいてくれ。好きでもないのに勘違いされるから」


「彼女にそう伝えればいいのか? それとも、あの子のほうに?」


「俺だって、周りの友達からお似合いだって言われて、ひょっとしたらって勘違いしただけだ。あんなやつ、最初からそんなに好きだったわけじゃない」

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