アルセラとの対話 ―よぎる予感―

 それからすこし遅めの昼食を取り自室でくつろぐ。

 時計の針が夕方の3時を過ぎた時、メイラが声をかけてくれる。


「エライアお嬢様、アルセラ様がお戻りになられましたよ」


 ソファーでくつろいでいたら私はいつのまにか眠りについてしまっていたようだ。


「ありがとう今行くわ」


 私はアルセラに会うために彼女の部屋と向かった。

 彼女の部屋はモーデンハイム本邸の2階にある。彼女のプライバシーを守るために私の部屋とは少し離れた位置にあるのだ。

 廊下を歩いて彼女の部屋の入り口に立つ。そしてドアを軽くノックした。


「失礼するわね。エライア、入っていいかしら?」


 扉の前から声をかければなかなか返事が返ってこない。やや遅れて。


「はいどうぞ」


 少し疲れたかのような声がする。


「失礼」


 声をかけながら扉を開ける。するとその中ではアルセラはまだ学校の制服姿のままだった。


「あら、まだ着替えてなかったのね、ごめんなさいね

?」

「いえ、少し片付け物をしていたものですから」

「それじゃあ着替え終わったら一緒にお茶でも飲みましょう。下の談話室で待ってるわね」

「はいです! お姉様」


 私と会話を交わしてアルセラはすぐに笑顔を浮かべた。しばらくぶりの再会だというのにアルセラはごく自然に屈託なく笑ってくれた。


「それじゃあ先に行ってるわね」

「はい」


 私は別室でアルセラを待つことにしたのだった。

 談話室をティールーム代わりにアルセラを待つ。黒茶を出してもらってくつろいでいればアルセラはすぐにやってきた。

 学校の制服を脱ぎモスリンのシュミーズドレス姿でアルセラは現れた。肩には大きな木綿のフィシューをかけている。すっかりオルレアの流行りに慣れているようだ。


「お待たせしました」


 アルセラはそう呟きながら私の所へとやってきた。そして丸テーブルの私の隣の席に腰を下ろす。

 私は彼女に言う。


「何にする?」

「お姉様と同じでいいです」

「分かったわ」


 そう答えながら私が侍女に求めると、待機していた侍女が速やかにアルセラに温かいお茶を出してくれる。

 テーブルの上にはケーキやマカロンが専用の三段ケースに入れられて並んでいる。私はその中の一つのチョコレートケーキをお皿に乗せてアルセラへと差し出した。

 その上で私は彼女に話しかけた。


「お久しぶりね。元気だった?」

「はい! お久しぶりです。お姉さまの誕生会が催されるとお聞きしたのでそろそろ来る頃かなと思ったんですが」

「ふふ。誕生日を過ぎてもなかなかまとまったお休みが取れなくてね。一段落ついたから強引にお休みを取ったの」

「そうなんですか。今回はどれくらいこちらに居られるんですか?」


 その問いかけに私はアルセラの目を見つめながら言った。


「そうね、一ヶ月くらいかしら。なんだか次の仕事も決まってるみたいだから休みの延長はできないけどね」

「仕方ありません。お姉さまは世の中で期待を集めておられる方です。お姉さまが来ることをお待ちになられている方もたくさんいるでしょうから」

「ふふ。傭兵がそうそう簡単に期待される世の中でも困るけどね」

「そうですね」


 私は話の流れをつかんで話題を変えた。


「それはそうと学校の方はどう?」


 私のそう問いかけるとアルセラは微妙に沈黙する。


「はい。とても楽しいです。色々な人に出会えてとても勉強になります」


 アルセラは笑顔を浮かべながらそう言ってくれた。私はある疑問を投げかける。


「ねぇ、アルセラ? あなた少し疲れてない?」

「え? そうですか? そんなことはありません」

「そう? それならいいんだけど」


 アルセラは学校のことをとうとう自分から口にしなかった。

 私はそのことか記憶の片隅に強く引っかかった。だがここではあまりそのことを根掘り葉掘りは聞かないようにした。問い詰めるには情報が少なすぎる。


「ねぇ、アルセラ。良かったら一緒に外出しない?」

「えっ? 外出ですか?」

「ええ、メイラに同行してもらえばそれくらいはできるわ。何よりも私が一緒だし」

「はい! 行きたいです」

「それじゃあ決まりね。外出用のドレスに着替えて入り口ホールまでいらっしゃい。そこで落ち合いましょう」

「はい! それでは今すぐに準備いたします!」

 

 アルセラはそう言うとすぐに着替えるために自室へと戻っていった。

 アルセラが姿を消した談話室の中で私は呟いた。


「喜んで見せた時の唇の口角のあたりの動きが妙に作り笑顔っぽかったわね。無理して笑っているかのように」


 傭兵稼業をやっていると、相手のついている嘘には嫌でも敏感になる。ワルアイユ領の査察任務の時もそうだったが、嘘を見抜けずに成り行き任せになっていると命をなくしかねないからだ。


「あの子、絶対に何か隠してる」


 ちょうどその時だ、セルテスが姿を現した。


「エライアお嬢様。アルセラ様と外出なされるのですか?」


 私とアルセラの外出のことを確かめにきたのだ。


「ちょっと気晴らしに買い物に行くだけよ。夕食までには戻るわ」

「承知いたしました。速やかに馬車のご用意もさせていただきます」

「お願いね。それともう一つ、あなたに頼みたいことがあるの」

「何でしょうか?」


 私は声を潜めて行った。


「アルセラには内緒でアルセラの学校での出来事について話を集めてほしいの」

「アルセラ様の学校でのご様子ですか?」


 セルテスは私の求めに驚いたかのようだった。


「ええ、あの子どうやら学校で何かあるらしいの。明確に言葉にしたわけではないけど私に対して明らかに隠し事をしている。それにそもそも、オルレアの中央上級学校に進学するようにあの子に助言したのは私よ。それなのに再会しても自分から学校のことについて何も話さないというのはあまりに不自然だわ」

「おっしゃる通りです」

「素直なあの子の性格から言って。隠し事をするような子じゃない。絶対に何かあるわ」


 私の語りをじっと聞いてくれていたセルテスだったが真剣な表情になり彼はこう言った。


「承知いたしました。本人に悟られないように調査させていただきます」


 その時の彼の表情は普段よく見る落ち着き払った執事としての彼とは違い、恐ろしく鋭い視線の軍の武官と言った雰囲気を漂わせていた。普段決して見ることのない彼のもう一つの顔が垣間見えたような気がした。


「お願いね」

「御意」


 そう言葉を残して彼は去っていった。

 そして私も立ち上がる。


「さて、着替えてアルセラの所に行きましょう」

「はい」


 傍らに控えていたメイラがそう答える。私は彼女の手を借りて着替える準備を始めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る