母と娘 ―ルスト=エライアとミライルの対話―

 まっすぐに応接室へと向かった私を待っていたのは、ユーダイムお爺さまと、ミライルお母様だった。アルセラの姿はそこには無かった。


 セルテスが言う。


「お嬢様が戻られました」

「ご苦労」


 ユーダイムお爺さまの労いの言葉。そして私にも声かけられた。


「よく無事に帰ってきたな」


 お母様も言う。


「おかえり」


 シンプルながら何よりも優しいその一言は、私の心の中に染み入ってくる。自然に感謝の言葉が漏れた。


「お迎えの言葉心より感謝申し上げます。エライア、ただいま帰りましてございます」


 数人の使用人たちが待機する中で、お母様は言う。


「立ち話もなんです。座ってお話ししましょう」

「はい」


 ソファーセットでお母様たちと向かい合わせに座れば私たちの会話が始まる。まずはお爺様が言う。


「元気そうだな」

「はい。いくつかの任務をこなしました。傭兵としての仕事も順調です」

「そうかそれは何よりだな」


 お爺様が満足気に笑みを浮かべる。

 その隣のお母様が言う。


「夏の初めに別れてからそんなに経っていないのに、以前と比べると女らしさが増したようね」

「そうですか?」

「ええ、立ち振る舞いもそうだけど、体つきや顔だちが立派に大人になってきているわ」


 そしてお母様もあの事を指摘した。


「もしかしてドレスを着た時に部分的にきつかったんじゃないの?」

「あ、分かります?」

「ほほ、もちろんよ。16から18までは、芝居の舞台で早変わりをするように子供から大人へといろんなところが成長してくるものよ。あなたの母親ですものあなたの成長くらい手に取るようにわかるわ」


 ああ、やっぱりそうだ。この人は私の母親なのだ。


「以前は大人と子供の端境期のようなものだったけど、今では立派な淑女ね。誕生会のお仕立てのドレスも大人を意識したものにいたしましょう」

「はいです、お母様」


 そしてお母様の言葉はメイラにも向かう。


「メイラも小間使い役ご苦労様ね」

「恐縮です」

「早速だけど、エライアのお誕生会に向けて準備をするわ。ドレスやアクセサリーの手配、美容の下準備、よろしくお願いね」

「かしこまりました。お任せください」


 ちなみに言うと私の誕生日はもうすでに過ぎている。傭兵としての任務の都合上、誕生日の日に帰ってくることができなかったからだ。でもこういうのは軍隊絡みの仕事をしているとよくあることなので誰も気にしてはいないが。


 ちなみに一緒に暮らしてみて改めて感じたのだが、メイラの使用人としての仕事の隙の無さは見事なまでだった。今も、お母様とのやり取りで全てを理解して今日の午後にはすでに準備を始めているはずだ 

 ある時、彼女になぜ私の小間使い役に志願したのかとその理由を聞いたことがある。すると彼女はこう言った。


『私のお仕えしていたマシュー家は男子のご子息ばかりでお嬢様がいらっしゃらないんです。私、小間使い役にずっと憧れていたものでして』


 小間使い役と言うのは上級使用人の中でも能力を要求される職分の一つで誰でもなれるというわけではない。それともう一つ、令嬢の秘書的役割を担う者として衣装や立ち居振る舞いにもそれ相応の格の高さが要求される。美しいご令嬢の傍らで凛々しく振る舞う小間使い役に憧れる女性使用人は決して珍しくないのだ。

 人には誰でも夢がある。なりたいものがある。

 私は図らずもメイラの夢の実現の瞬間に立ち会ったと言うことになるのだ。


 彼女たちとのやり取りの後でお爺様が私に声をかけてくる。


「そういえば傭兵として、また格が上がったようだな」


 お爺様は満足げに言う。


「ご存知なのですか?」

「当たり前だ。何のために軍に復帰したと思うのだ。お前の行動は手に取るようにわかる」


 そして、お爺様は笑みを浮かべながら私にこう言ったのだ。


「エライア、職業傭兵特級資格、拝命おめでとう」


 この事はお母様は知らなかったらしい。驚きながら言う。


「まぁ? 本当ですの?」

「ああ、エライアがブレンデッドに帰ってすぐに正規軍総本部と傭兵ギルド総括本部から特級資格授与の直命が下ったそうだ」

「それはおめでたい事ですわ」

「ああ、特級資格保持者は歴代で57名、現役では7名だ。エライアはその8人目となる。歴史に名を残す傭兵、まさに偉業と呼ぶに相応しい」


 お爺様は私の顔をじっと見つめながらこう言ってくれたのだ。


「見事だ。モーデンハイムに身を置く者としてまさに誉れ高い。お前の旅立ちを見送った甲斐があったというものだ」


 モーデンハイムは軍閥候族だ。武功の高さが何よりも物を言う。職業傭兵として通常ならば1級職が最高位なのだが特級と言う事はそれを超える評価を受けたということになる。

 お爺様が誇らしげに満足するのも当然なのだ。


「恐縮です。身に余る光栄に存じます」

「うむ。この事はお前の誕生会で改めて披露させてもらおう」

「はい!」


 そこで私はあることを思い出す。プロアから託された手紙のことだ。


「お爺様、プロアからこれを預かりました。ユーダイムお爺様にわたしていただきたいとの事で」

「うむ? そうか、わかった後ほど見ておこう」


 わたしが差し出した封書をお爺様に手渡す。受け取ったお爺様はそれをセルテスに託す。あとでゆっくりと見るのだろう。

 私たちがそんなやり取りを続けた後で私はあることに気づいた。


「そういえばアルセラは?」


 一言そう問えばお母様が言う。


「アルセラは学校よ。夕刻には戻るんじゃないかしら」

「そうですか」

「帰ってきたら声をかけるから。あなたは少しゆっくりお休みなさい」

「はい。そうさせていただきます」


 以前と違い、歩き旅より馬車や船舶を使っての移動が多いのでそう疲れは溜まっていないのだがここはお母様のご厚意に甘えさせていただくことにした。


「それでは休ませていただきます」


 私はそう言葉を残して自分の部屋に向かって、室内着に着替えてひとときの休息を味わったのだった。

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