03 ネットがあっても、テレビは消えない(残念ながら?)



 その日から、相談者が来ないときはアビーの店に詰め、家庭用機兵ゴーレム制作を手伝うこととなった。アビーとラロは快く魔道具ガジェット製作のコツについて、まだ異世界自体に不慣れな公平にあれこれ教えてくれている。実際そのコツを使って、鈴木が販売している魔道具ガジェット爆杖ばくじょうの小型化にも成功したほどだ。

 だが手伝えば手伝うほど、公平の目には、このプロジェクトの問題点が見えてくる。

「奴隷の代わりに機兵ゴーレムぅ? ……バカ言っちゃいけないよ、機兵ゴーレムに言葉がわかるもんか」

 アビーの店は、機兵ゴーレム開発の工房兼、彼女の開発した魔道具ガジェットを販売するショップでもある。いくつもの先進的な発明をした彼女には、熱心なファン、常連客がいて、今日はなにか新しいのがあるかな、と、ふらりと訪れる客が途絶えることはない。が、その客たちはみな一様に、家庭用機兵ゴーレムを開発中だというと、先のような反応を示すのだ。

「あはは~、じゃあこの子になにか、命令してみてください、なんでも大丈夫ですよ~」

 公平たち三人がラロと一緒に工房で、機兵ゴーレムの組み立てにひたすらいそしんでいる時にも、アビーがそんな客に応対する声は聞こえてくる。店は巨大な一室をカーテンで仕切り、工房と店を分けているだけなので、いやでも耳に入ってくるのだ。

「……はぁ、機兵ゴーレムに命令、ねぇ……」

 疑わしげな声。腕組みをしていぶかしげな顔をしている客の顔が目に浮かぶようだ。

機兵ゴーレムってのは作られたときに命令された、単純なことしかできないのが当たり前なのさ」

 素材となる上質の木材に、丁寧にヤスリをかけながら、小声でラロが教えてくれる。手伝いを始めてから一週間、すっかり彼とも仲良くなった。

「その命令だって、曖昧なヤツは駄目なんだ。敵をやっつけろ、じゃ動かない。自分に一定以上の速度で向かってくる人型の対象は、手に持っている武器で攻撃して、動かなくなるのを確認しろ、ぐらいじゃないと」

「む~……じゃ、向かってくるのが人じゃないときは?」

 少し話が飲み込めないのか、ニコが難しそうな顔をして尋ねる。機兵ゴーレムの組み立てはどうやらお気に召したようで、手は胴体パーツに魔石をはめ込む作業を続けている。

「上質なヤツなら動作停止、悪けりゃ魔石暴走で爆発、だな。色々扱いが難しいんだ、機兵ゴーレムは。実際軍用の機兵ゴーレムだって用途は三つ、自分で動いてくれる城壁役、塹壕を掘ってくれる人手役、兵糧を運んでくれる馬役、ぐらいさ。だからこそ、まあ……」

「こりゃ驚いた! おい、今度はちょっと、こっちの樽を運んでみてくれ!」

 客の声がラロの言葉を遮り、彼はにやりと笑った。

「天才だっていうのは、本当なんですね……アビーさん……」

 公平は思わず呟く。

「ま、いくら天才だっていっても頭に血が上ると、こんな一文の得にもならないくそ福祉事業……っと、すまねえ、他意はねえんだ」

「あ、いえいえ、たしかに利益という面で考えれば、福祉とはそういうものですから」

 公平が気を悪くした様子を見せないことに、意外そうな顔をするラロ。だが少し肩をすくめると作業に戻る。

「でも、そんな天才の作った、今までの常識を覆すような商品でも……普及させるのは、難しいんですか? バカ売れするんじゃないか、って、僕なんかは思っちゃいますけど」

 この一週間、ラロと共に作業を進めているけれど、彼はどうも、この事業の先行きについては、あまり楽観的な考えは持っていないようだった。彼はそもそもからして正規の公務員ではなく、メキシコ政府がたまたま転移の素質を発見した、料理人だったという。メキシコの異世界公務員として働く傍ら、報酬次第でこうして他の国の異世界公務員を手伝う、なんでも屋のようなことをやっているそうだ。

「たとえばだ……地球で言うと……考えただけ、あるいは……そうだな、視線を動かすだけで、タッチいらずで動かせるスマホってのがマジであったとしたら、売れるかね?」

「はぁ……どうかなミーカ」

「え、私ですか?」

「ごめん、僕はフィーチャーフォンなんだ」

「フィ……? あ、ガラケー、ですか、って……な、なぜ……?」

「なぜって、まだ使えるから」

「……あ、はい……うーん、考えただけで動かせるスマホ……」

 公平のガラケーについてはひとまず深く考えないことにして、慎重に脚部のパーツを整えながら、ミーカは首をひねる。

「……五年後ぐらいに、早すぎた名機、とか特集されてそうですね……」

 それを聞くとラロは吹き出した。

「その通り。人間ってのは、新しい概念を受け入れるのには、かなり時間がかかるもんさ。異世界だってそりゃ変わらんよ。アメリカ人みたいにいいってわかれば手のひら返しで全部受け入れられるヤツってのは、結構珍しいんだ」

「うーん、そうでしょうか……? あ」

 ミーカはぴんと来ていないようだったけれど、公平を見て納得した。ラロは笑って続ける。

「ウチの親父も使ってるよ、北欧製の骨董品ケータイ。オレがスマホ買ってやったのに……ま、でも、勝手に掃除してくれる賢いロボ掃除機を通販サイトで買える時代に、オレたちはまだガーガーうるせえ長くてデカいやつを、電器屋まで行って買ってる。そういうこったな」

「……がーがー!」

「そう、がーがー」

「がががーがーがー!」

 話の内容はあまりよくわかっていないのだろうけれど、参加したかったのか、手は組み立てに熱中しながらも、ニコがふざけて言った。残りの三人は思わず頬を緩ませた。

「じゃ、結構……長期を見据えたプロジェクトなんですか、これは」

 公平がそう尋ねると、ラロはにやりと笑い、ぴ、と、壁に貼ってあるポスターを指さす。

「ま……さすがアメリカ野郎グリンゴだ、どれだけ福祉に入れ込んでても、大衆の心の揺り動かし方、娯楽精神エンターテイメントってやつは忘れちゃいない。だからまあ……オレはそこまで、このプロジェクトが失敗するとは、思っちゃないよ。ぱっぱと片付けちまいたい、ってのは本音だがね」

 にやりと笑いながらも、組み立ての手は止まらない。

 壁に貼られたポスターには、大きく「月例発明博覧会、参加者募集中!」と記されている。これはガァトの街で月に一回行われる、魔道具ガジェットの品評会だ。アビーは再来週に迫ったこの博覧会に、ウォフをつれて参加する予定なのだ。

 博覧会で入賞した魔道具ガジェットは王家のお墨付きとなり、一躍人気商品となる。魔道具ガジェット職人たちにとっての晴れ舞台となるこの月例発明博覧会には、ガァトナ全土、ときには世界中から発明家がやって来る。もっとも、永久に消えない明かり、海の底を抜く栓抜き、常に爆発し続ける水筒、などなど、意味のわからない発明とそれを世紀の大発明だと言い張る変人も多く、観客の半分はそれを楽しみにしている。だが総合的に言えば、かなりの人気イベントであることは間違いない。ある種、観光の目玉とも言えるものだ。

 資源に乏しいガァトナ英雄王国は、こういったイベント、観光業で外貨を稼ぐ国だ。そもそもこの国は、前王と一対一で闘い、倒した者が王となる、というとんでもない政治形態の国。もちろんその闘い、王戦と呼ばれるそれも、観客を入れる催事となっている。

 公平はポスターを見ながら、奴隷制について思いを馳せた。それからポスターと、制作中のウォフを見比べた。

 ……まあ、こけても……アメリカ相手なら取りっぱぐれは……ない、かな?

 などと頭の中で考えながらも、どこか、顔がほころんでしまっていた。自分が今作っている機兵ゴーレムの、その一台一台が、異世界の見事な町並みで時折目に入る、顔色の悪い奴隷たちを解放していく……そう考えると、なにか、誇らしい気分にはどうしても、なってしまうのだった。


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