第31話 それは最後の思い出だったのです

「なんかさっきから………………今の姉ちゃん変だよ。なんでそんなに“普段通り”にできるんだよ。それってなんか「もう未練は無い」って言ってるみたいで………………おかしいよ…………」






 あまりに由良は普段すぎる。死ぬという事に覚悟が決まりすぎているように見えるのだ。




 圭吾に対して顔を赤くするなど――――――――――――本来ならもっと未練がましくなる出来事のはずなのに、そういったモノが一切無い。




 死んでしまえば格闘ゲームはできないし、好きな男子である圭吾とも過ごす事はできなくなる――――――――――なのにこの落ち着きようは何なのだろう。






 「なんでそんな死を受け入れてんだよ………………かっこつけなくていいよ…………諦めるフリなんかいいよ…………みっともなく泣いて喚いたってオレは別に………………別に…………」






 「………………ありがとう。そして再確認。やっぱり私は圭吾クンが大好きだよ」






 圭吾に言われても由良の落ち着きは変わらない。むしろ、圭吾の方が泣きそうになっていた。




 病院で由良が死ぬと聞いた時、驚く事はあっても悲観的にはならなかったというのに。死ぬ人間に同情的になる事はあっても、弱気にはならなかったというのに。








 「変だよ…………絶対変だ…………なんで死ぬ事が平気みたいな態度がとれるんだよ………………死にたくないはずだろ…………」






 ――――――――今の圭吾は実感している。由良の死が目前である事を、頭でなく心で理解している。






 「オレや紫といられなくなるんだよ!? 絶対嫌に決まってるだろ!」






 由良とはもう一緒にいられない。せっかく由良と知り合えたのに――――――――その時間はもう終わろうとしているという事を。






 「私ね…………長くないって言われた時、凄く絶望してた。そして、私の格闘ゲームは何の意味もなかったって、絶望した心にさらに闇が襲ってきた」






 泣きそうになって伏せている圭吾の頭に、由良はそっと優しく手を置いた。






 「でも、そんな私にあった絶望とか闇とかは圭吾クンが全部払ってくれた。救ってくれた。十分過ぎるくらいの光をくれた」






 圭吾の頭に手を置いた後、由良はその場に座り込み、見上げるようにして圭吾の顔を見る。






 「私は短い間で最高の闇と最高の光をもらった人間なの。どん底に落とされたけど、すぐにそこから助け出されたような感じなのかな。爆破十秒前になった爆弾が突然目の前にあったけど、残り一秒切ったくらいになって誰かが一瞬で解体してくれたとか………………ダメだな。うまく例えられないや。うむ、お姉さんは例え話ができない欠点持ちだね。ハハハ」






 それは泣きそうな顔になっている圭吾に対する由良のユーモアだったのだろう。泣きそうな子供を笑わせようと冗談を言うの同じで、その発言には暖かさがある。








 だが、その内容に嘘はない。








 短い間で最高の闇と最高の光をもらった。由良には一日の間にその二つの出来事が間を置かずにやってきたのだ。




 それは由良からすると、二つの深さを思えば一瞬の事で、地獄と天国を同時に味わったような気分だっただろう。




 そして、それが地獄から天国という順番なら。地獄という余韻は、すぐに天国がやってきた事で消えてしまったはずだ。








 そして、天国という余韻だけが残り続いている。








 そう、その天国の余韻だけがあるのならば――――――由良はきっと――――








 「だからね…………私は自分が死ぬという地獄よりも、圭吾クンと出会えた天国の方が勝るんだよ。私は死ぬ、だから圭吾クンとこれからを過ごす事はできない。でも、私は圭吾クンと出会えた事で救われて、その圭吾クンは私の好きな格闘ゲームを好きになってくれた………………その天国は私にあった暗い思いを全て吹き飛ばしたんだ。圭吾クンに対する好意があっても、この先格闘ゲームができなくなっても……………………中西圭吾という人物が特別過ぎて…………………私は笑顔しかできない」








 ――――――由良に死が怖いという感覚はある。この先、圭吾や紫とも過ごせず、格闘ゲームもできなくなる未練もある。








 だが、由良にはそれより勝る思い出があるのだ。その思い出が由良に今を受け入れさせている。




 圭吾に対する申し訳なさがあったり、心の弱さを露呈する事はあっても、自身に関する決定的な事からは逃げずに受け止める事ができているのだ。自身の未練よりも相手の未来を祝福できる気持ちが勝っている。












 ――――――――これは強さではない。もちろん覚悟でもない。












 由良にはただ一つ、圭吾とのかけがえのない思い出があるだけだ。この思い出があるから、自身を悲観せずにいられるのだった。








 「なんだよ…………なんだよそれ…………ワケわかんないよ…………」






 だが、由良は受け入れられても、圭吾の方はそうはいかない。




 死の影響は死者よりも、当然生者の方が大きい。




 その死者が大事な人である程、生者に対する影響は大きく、その後の人生を変える程の変化をもたらす。以前と以後ではっきり別れるくらい性格が変化する事もあれば、ずっと死者に拘って生きてしまう事や、何も手につかなくなる日々が続く事もあるだろう。






 「…………もっとわめいてよ…………嫌だって叫んでよ…………もっと見苦しく…………オレや紫に対して…………未練がましくなってよ…………」






 圭吾にとって由良という存在は言うまでもなく大きい。由良の死に対して狼狽しないワケがなく、死をあっさりと認められる残酷さだって持ち合わせない。




 由良の死は圭吾に対し何かしらの影響を与えるだろう。それは時間が解決するモノなのかもしれないが、その時間はいつ解決してくれるかわからない。






 「…………なんで…………なんでだよ…………どうしてなんだよ…………嫌だよ…………」










 だから――――――――呪う結果になる事だけは許されない。










 「死なないでよ姉ちゃん…………死なないで…………これからもオレとゲームをしてよ…………ずっと…………一緒にやってよ…………」






 由良の存在が大きく、それが圭吾を狂わせるというのなら、それは絶対にやってきてはならない未来だ。封印されるべき世界で、起こってはならない事態である。




 大事な人物を呪いにするワケにはいかない。




 由良は圭吾にとって大事な人物であり、それは決して悪などではないのだから。いてくれてよかったと、誇りに思える人物だったと言いたいなら、起こる事実を受け入れなければならない。






 「…………クソ…………クソ…………クソッ…………」






 そうしなければ待っているのは呪われた自分だ。たらればと後悔が募り、生きる活力と思い出は汚れていくばかりとなるだろう。






 「………………紫ちゃんと仲良くしてあげてね。見ての通り不器用な子だから、圭吾クンがフォローしてあげて欲しいな」






 「…………うん」






 「私は圭吾クンが格闘ゲームを好きになってくれて嬉しい。でもね、それに拘る必要はないからね。好きなモノを好きな時にやる。私は縛りたいんじゃない。格闘ゲームをやめたいならいつやめてもいいし、逆に格闘ゲームくらい好きなモノができたなら、それはちゃんと認めてね」






 「………………うん」






 「格闘ゲームをやってると難しい事や躓く事も多くなってくだろうけど、そういう時は紫ちゃんや他にできた友達や仲間達に頼るんだよ。ゲームって“良い人達だけが続けられる世界”なの。助けて助けられる関係がそこにはあるから怖がらないで」






 「……………………うん」






 「あとはえっと…………うん、そうだ。ちゃんとご飯食べて、ちゃんと寝て、ちゃんと勉強もする。学生の本分は忘れないように。ゲームも勉強も同じくらい大事な事だからね。あと、病気にならないよう気をつける事」






 「…………………………うん」






 「あとは………………まあこんな所かな。じゃあ最後に――――――」






 俯く圭吾に由良は抱きついた。






 「――――――圭吾クン」






 由良の柔らかい身体が優しく包み込む。それは豪雨の中に差し込む陽の光のようで、圭吾の中の悲しみを少しでも払おうとする由良の気持ちだった。




 由良と圭吾の体温の接触は互いに安心感を与え、同時にその存在を証明する。そこに込められた思いは言わずとも伝わるモノだが、行動が加われば思いはより明確となって相手に伝わる事だろう。






 だから、由良は圭吾を抱きしめる事に躊躇いは無い。圭吾も抱きつかれる事に驚いてはいない。
















 「私を見つけてくれて…………ありがとう」














 短くて小くて圭吾の耳に囁くように紡がれた感謝の気持ち。






 直後、由良は自分の唇を圭吾の唇に五秒ほど合わせた。






 「…………………………」






 「…………………………」






 その後、その二つの唇は距離を離す。






 「じゃあもう少し対戦しよっか。閉まるまでもうちょっとだけありそうだし」






 由良はさっきまでプレイしていた筐体の前に座る。






 「……………………姉ちゃん余裕だね」






 圭吾は反対側の筐体へと向かう前に挑発的な笑みを浮かべる。






 「せいぜい、今の自分じゃもう勝てないって嘆くんだね! オレはもうあの時のオレじゃないんだからね! さっきのラウンドでわかるだろ!」






 「お、言うねー。なら、頑張って私をまた倒して欲しいもんだな~ さっきのはただの偶然だってわからせてあげようじゃないか」






 「後悔させる! 後悔させてやるッ!」






 圭吾は反対側の席に座り、五十円玉を投入口に入れる。




 由良のすぐに入れたのだろう。即座に乱入画面に切り替わり、互いのマイキャラが選ばれる。




 由良のガルダートと圭吾のルークの十一戦目が始まる。






 「またスーパーアーサースラッシュ決めてやるから!」






 自分を鼓舞するように吠える圭吾だったが、その瞳は濡れている。




 それが涙となって頬に流れて行くのは時間の問題だった。
















 ――――――――スーパーアーサースラッシュが成功したのはこの日だけだった。

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