第35話 挑戦と試合

「今日は伝えてあった通り、練習試合だ」


 アップをとる直前のミーティング。神代先生は僅かに酒焼けしてガラガラになった声でそう言った。

 しかし、続けている補足を入れた。


「ただ、一部を除いてメインじゃないポジションを守ってもらおうと思う」


 その言葉に選手たち全員……光陵の選手たちまでもがどよめいていた。

 それもそのはず、これは監督や顧問たちは事前に伝えられていたが、選手たちには一切知らせていなかったからだ。

 そして伝えていなかったのは、ある目的があったからでもある。


「まず、この練習試合は一試合三イニングの総当たり戦……全チームの対戦後に上位二校と下位二校で決勝戦、三位決定戦をするという特別ルールで行う。そして基本的にはメイン以外のポジションに就くルールだが、専門性の高いポジションのピッチャー、ならびにキャッチャーはメインがキャッチャーの選手がしてもいい。ただしピッチャーは二イニング、キャッチャーは一イニング以上を、各試合別のメインでしていない選手が守ること」


 ここは曖昧なルールだが、各校監督の判断に任せるとのことだ。

 明鈴であれば、鈴里はセカンドがメインだがショートも守ることがそれなりにあるため、ショートはなしだ。白雪はショートがメインで最近は外野ポジションの練習をしてはいるが、まだあまりにも経験が少ないため外野に入るのはありとなっている。

 陽依という例外はいるが、基本的には未経験や練習中のポジションに入り、試合である程度入り慣れたポジションは入れないということとなっている。


「それで、この試合の目的だけど……まず一つ目の理由は、人数が限られた高校野球だと怪我などでメインで守れる選手がいなくなるかもしれない。そんな時に『一度は守ったことがある』という選手がいるかいないかだけでも安心感が段違いだ。全くやったことがない選手よりも、一度でもやったことがある選手の方が守れる可能性は上がる」


 巧は神代先生の言葉を頷いて聞いていた。

 基本的に守っていたのはピッチャーとショートとセンターだったが、外野という点でライトやレフトは普通に守れていた。

 ただ昨日の試合で守ったサードは、経験が少ないためにやや不安がある中での守備だった。それは同じく経験の少ないセカンドも同様だ。

 また、ファーストやキャッチャーの経験は皆無で、キャッチャーは以前の合宿の試合で守ったのが初めてだ。なんとか守り切ったとはいえ、キャッチングやスローイング……盗塁阻止などを意識しなくてはならず、ピッチャーの球を後ろに逸らしてはいけないというブロッキングも考えなくてはならない。まさに専門性の高いポジションだからこそ、未経験の選手が容易く守れるポジションではなかった。

 そして神代先生は続けて二つ目の理由を挙げた。


「二つ目の理由は、他のポジションの大変さを知ることだ。それを頭に入れることによって、カバーリングも変わってくるだろう」


 これは一番代表的なところを挙げれば、サードとショートの関係だろうか。

 サードは打撃に特化した長距離砲を置く場合が多い。ただ、強い打球が飛ぶこともあるため、ある程度の守備力を求められる反面、守備範囲は狭い。その分、サード後方の打球はショートがカバーするというものだ。大変さを知れば、ショートはできるだけサードが強い打球を意識した守備ができるようにカバーでき、逆にサードはショートの守備範囲の広さを考えて捕れる範囲は捕るように心がけられる。

 また、セカンド、サード、ショートの三つのポジションとファーストで考えれば、ファーストがいかに難しい送球を捌かなくてはいけないのかという体感ができ、逆にファーストからすれば際どい打球を処理してからの送球が難しいということもわかる。

 お互いにわかっていることだろうが、改めて再確認する意味とあった。


「そして三つ目……まだ若い君たちには可能性があると思っているからだ。もちろん今やっているポジションにこだわりを持っている人もいるだろうけど、今とは違うポジションを経験して視野を広げてほしい。今のポジションが自分に一番合っているとは限らない。やってみて元々のポジションを続けるもよし、新しいポジションに挑戦するもよし、色々と試してみてくれ」


 新たな可能性。

 それは巧自身も考えて実行しようとしていたところだった。

 司はキャッチャーとして十分な力を持っているが、肩が強いからこそ外野手やサードという選択肢もある。守備負担が少なくなれば打撃に集中もできるのだ。メキメキと打撃を伸ばしている司だからこそ、守備を考えずに打撃に集中ができる環境があってもいいだろう。

 また、万能な陽依を除けばキャッチャーは司だけ。不足しているキャッチャーを試してみるのも良いだろうし、それはピッチャーも同じことだ。

 現状でピッチャーができるのは伊澄、黒絵、棗の三人とサブとして陽依、かろうじて梨々香もできる程度だ。人数としては十分に思えるが、崩れた時の安心感がないため、あと数人でも頭数を増やしたいところだった。

 梨々香は去年も控えだったらしく、その中で球威があったからピッチャーをたまにしていただけで、他の野手となんら変わらない。今の明鈴に必要なのは、ピンチを乗り切るためのワンポイントピッチャーだ。


「それじゃあ各校ミーティングを行ってからそれぞれアップ。対戦スケジュールは各校の監督に伝えてあるから、それに従うように」


 神代先生がそう締め括ると、全員が一斉に返事をした。




「さて、まずは試合のスケジュールだが……」


 俺がそう切り出し、説明を続ける。


「まず、第一試合は九時からうちと鳳凰、別グラウンドで水色と光陵が行う。第二試合は十一時からうちと光陵、水色と鳳凰だ。そして昼食を挟んで二時からうちと水色、光陵と鳳凰で四時から決勝戦と三位決定戦になっている」


 三イニング制で延長はない。ただ、最終回に後攻が勝っていたとしても攻撃がある。

 よほどのことがなければ一時間もあれば終わるが、休憩とミーティング込みで一時間近くの時間を設けている。


「小さなリーグ戦みたいな感じだな。ちなみに勝敗が同率なら得失点差で順位が決まるから、負け試合でも最後まで気は抜くなよ」


 失点が多くとも、その分得点すれば順位が上がる可能性がある。目的はあくまでも選手のポジションの幅を広げることだが、そのチグハグな守備で勝つには打撃が中心となってくる。ある程度荒れるのは予想範囲内だ。


 現在時刻は午前七時半。一時間半で試合が始まるため、ミーティングにばかり時間はかけていられない。


「とりあえず、一試合目のスタメンを発表しようか」


 二試合目以降のスタメンは直前に伝える。今から次の試合のことを考えるよりも、まずは目先の試合に集中できるようにと考えてのことだ。


 そして一試合目。スタメンを発表する。


 一番サード姉崎陽依

 二番センター黒瀬白雪

 三番ショート瀬川伊澄

 四番ライト神崎司

 五番セカンド椎名瑞歩

 六番ファースト豊川黒絵

 七番キャッチャー藤峰七海

 八番レフト水瀬鈴里

 九番ピッチャー千鳥煌


 この試合は一年生を中心に組んだスタメンだ。

 陽依は全ポジションできるが、入ることが多いのは外野と二遊間とキャッチャーのため、ほぼ固定されていてピッチャーとして外れることがなく比較的守ることの少ない七海がいるサードでの起用だ。

 また、七海はキャッチャー経験はあるとはいえ、その時はセンスがあって可能性があるという理由での起用だった。そして巧が入部して以降、一度も起用していない。それを考えて、司、陽依に続く第三のキャッチャーとしての候補となっていたための起用だ。

 そしてピッチャーに起用した煌。今回は先発ではあるが、貴重な左投げの選手ということで今後のワンポイント起用を考えてのピッチャー起用だった。

 瑞歩のセカンド起用は、現在の正二塁手の鈴里とは真逆の考えだ。守れるのが鈴里だが、多少守備を捨てても打てるのならと考えた結果、まだ芽の出ていない瑞歩をセカンドに起用した。


 打順は特に変わったところはない。

 普段なら四番を打っている亜澄が出ない代わりに最近打てている司を四番として起用したまでだ。

 変わった点を挙げるのであれば、七海はレギュラーでありながら唯一打順を下げた。キャッチャーとしての負担があるからという理由もあるが、打順を下げることで奮起してもらいたいという意図もある。選球眼は健在ながらも高いミート力は鳴りを潜め、最近は当たりがあまり出ていない七海。だからこそ調子を上げて四番として起用された後輩を見て、何を思うのかというところを巧は見たかった。


「この試合、最初は未知と言える鳳凰だ。未知だからこそ策がないから、色々と試せることを試したい。それは俺が考えていく。


 チームとして本格的に合宿に参戦したのは今回が初めてだ。そのためわからないことだらけのチームで、対策のうちようがない。

 チームの地力。まずはそこを見極めたいところだ。


「今回のポジションと打順。なんで今の位置に選ばれたのかということを考えた上で試合に臨んで欲しい。俺が言いたいのはそれだけだ」


 意図があるからこそ、今回の起用をしている。七海の打順を下げたように、煌をピッチャーとして起用したように、巧は理由があって起用したのだ。

 控えに関しては、ただ次の試合に備えてだが。


 巧はアップをするように言うと、選手たちは普段のようにアップを始める。

 変わった試合形式。合宿で全てのチームが同じことをするからこそ試せる試合だ。

 何か一つ、三年生が引退して不足している選手事情を解決する糸口を見つけるため、巧はこの試合をどのように成長へと繋げていくか。それだけを考えていた。

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