第13話 癖と仕掛け 選抜vs光陵

 巧自身に良いプレーが出たものの、榛名さんの技術によって霞んでしまった一回裏は三人で終わり、選抜メンバーの攻撃を迎える。


 その攻撃は、四番に座る巧からだ。


 事前の情報では、ストレート、カーブ、シュート、それにボール約四個半分動くスライダーに、ボールの下を叩こうとして上を叩いてしまうほど変化する……恐らくボール一個分は動くツーシームだ。


 初回からこれだけの情報を引き出してくれた夜空、琉華、珠姫に感謝するが、いきなり全開で来るということはこちらが慣れる前に変えてくる可能性がある。

 それならば選択肢は二つだ。

 変えられる前に叩くか、早いうちに引き摺り下ろすか、そのどちらかだ。


 巧は打席に入り、輝花と対峙する。

 そして初球、巧は見送った。


「ストライク!」


 ツーシームだ。 

 内角低めに決まった球は、確かにかなりの変化をした。珠姫が打てないのも頷ける。

 ただ、この球で決めてくるのであれば、まず初球には投げてこないだろう。あわよくば初球から手を出して、ゴロになってくれればと思っての配球だと予想する。


 となれば、狙うべき球は決まった。


 二球目、今度も内角を抉る球だが、今度はシュートだ。ボール球にもなる球に、巧は強引に引っ張ってファウルにした。


 これで追い込まれた。


 そして三球目に移る。輝花の放つ球は甘いコース。しかしそこから変化する。


 来ると思っていた。

 唯一の男子選手という得体もしれない選手を早く打席から下ろしたいだろう。

 無駄な球など投げずに、早く通常通り女子選手と戦いたい気持ちが少なからずあるだろう。


 だからこそ追い込まれた……いや、追い込ませたのだ。


 外角低めへと逃げていくスライダー。

 その球に巧は照準を合わせると、バットを振り抜いた。


「レフト!」


 打球はサードの実里の真上を強襲し、キャッチャーの魁はレフトへと指示を出す。

 ただ、実里はそのまま上へと飛び上がった。


「なっ!?」


 打球を収めようと、実里のグラブが迫る。

 しかし、打球はギリギリグラブには触れず、レフト前へと落ちた。

 巧は一塁を大きく回ると、様子を見ながら一塁へと戻る。


「っぶねぇ」


 今の実里のプレーにはヒヤッとした。

 あと十センチ……いや、五センチほど打球が低ければ、もしかしたら捕られていたかもしれない。

 強い打球のため全く警戒していなかったが、実里の反応は早かった。


 そして輝花のスライダー。琉華から聞いていたボール五個分ほど変化していた。

 まずは四個半と考え、真芯で捉えようとバットを振り抜いたが、捉えたのは予想よりもバットのやや外側だ。

 相手が勝負しやすいように、そしてスライダーを呼び込むためにシュートをファウルにした。スライダーという相手の得意な球を打つことで、こちらを有利に進めたかったからだ。

 しかし、そのスライダーも完璧に打ち切ることができなかった。そして想像を遥かに超えるスライダーに、巧は完勝した気分にはなれなかった。


 ただ、ノーアウトで塁に出た。続くのは水色の中核を担っていた元キャプテン、天野晴だ。

 水色学園でも三番を打っているほど打力があり、守備も走塁も良いため明鈴で言う夜空のような立ち位置だ。


 その晴の打席。初球はまず振っていく。

 緩いカーブに当てるだけだが、引っ張ってファウルにした。


 タイミングが外されている。それでもついていった。

 引退してもなお、今後の野球を……プロにしても大学にしても社会人にしても、次のステージを考えた上でこの合宿に参加しているのだろう。

 そんな選手のレベルが低いはずもない。


 二球目。

 晴はこの球を叩き切った。


 打球は大きい。レフト側、スタンドに消えていく打球だ。

 しかし……、


「ファウルボール」


 打球は大きく逸れてファウルとなった。


 内角高めのストレート。緩いカーブの後でもしっかり振り遅れずにバットを振り切れた。

 ただ、逆に早すぎたからこそ、ファウルとなった一打だ。


 惜しい打球。

 悔しがる間もなく訪れた三球目。

 今度は内角を抉るようなスライダーだったが、輝花の手元が狂ったのか、魁が構えた位置よりもボールゾーン側にいき、晴はその球を避けた。


 巧の打席と同じように、積極的に三振を奪いにいったが、その球は外れてしまった。


 追い込まれてはいるが、ボールカウントを一つ増やした。

 ボールは見えている。当たってもいる。

 それなら、あとはフェアゾーンに飛ばすだけだ。


 四球目。輝花が投球動作に入った瞬間、巧はスタートを切った。

 佐伯先生から出たサインはエンドラン。巧がスタートを切り、晴が転がすというものだ。晴が十分球に対応できているからこそだろう。

 そして、晴はしっかりと輝花の球を打ち切った。


「セカンド!」


 強い打球が一、二塁間を襲う。ただ、やや二塁側の追い付ける打球に、セカンドの咲良は逆シングルで処理する。


 捕球したことを音だけで判断した巧は、二塁を回らずにベースの手前で足を折りたたみ、スライディングをして止まる。それを確認した咲良は、余裕を持って一塁へと送球した。


「アウト!」


 エンドランをかけたにも関わらずに進塁打止まりだ。

 今の球は外角低めへのシュート。上手く低めに集めてゲッツーを取りにいこうとしたのだろうが、それが逆に進塁打をしやすくする要因ともなった。

 ただ、ヒットを打てずに進塁打で止まったのは、シュートによって芯を外させられたからだ。


「ワンナウト!」


 キャッチャーの魁が全体にそう声をかけると、センターの琥珀も確認するように「ワンナウト!」と言い返した。


 アウトカウントが増えた。しかし、選抜メンバーにはまだ怖い選手が残っている。


 六番に入っている智佳は水色では四番だ。今回はクリーンナップを外れて六番に入っているが、水色で三番の晴が五番に入っていることもあり、晴の後ろに智佳が控えているという状況を、佐伯先生は作りたかったのだろう。

 そうでなければ、四番を打つ打力を持つ智佳を六番に置く必要はないのだから。


 そして、この並びは相手にとって怖いだろう。

 晴が出て智佳で返すということもでき、現状のようにランナーがいる状況では、晴が凡退したとしても智佳が控えている。

 明鈴でも由真が出塁し、夜空や珠姫が控えているという打順に似ているものだ。


 ワンアウトランナー二塁。この状況で智佳が打席に入る。

 巧は佐伯先生に、塁上から視線を送った。サインを見ることはもちろん、出して欲しいサインがあったからだ。

 佐伯先生はその意図を読み取ったのか、巧の欲していたサインを出した。


 その初球。輝花が投球動作に入った瞬間、またも巧はスタートを切った。

 輝花の球は内角低めへのストレート。智佳は巧を補助するようにスイングをし、空振りする。


「ストライク!」


 捕球した魁は、すかさず三塁へと送球するが、巧が滑り込んでからサードの実里が捕球し、タイミングは余裕のセーフだ。


 この盗塁はチャンスを広げるためではあるが、成功すると踏んで巧みはスタートを切った。


 まず、三塁への盗塁は難しい。そしてバッターが打撃に期待できる智佳だ。

 その二つの理由があって、盗塁の警戒は薄れていただろう。

 それに加えて智佳は右打ちのバッターだ。三塁へ送球する魁にとって、送球しにくいものとなる。それでも送球を逸らさずに、安定した送球をした魁の力は流石と言って良いものだ。


 そして盗塁ができると踏んだ最大の理由は、輝花の独特の投球フォームにある。

 輝花は捻りながら投げるトルネード投法だが、流石にランナーがいる場面ではただのサイドスローとなる。

 それでも、癖というものは難しいもので、モーションが速いクイックで投げていても、若干体を捻ってから投げている。それ故に、その一瞬がランナーにとって大きな余裕となっているのだ。

 もちろん盗塁が予想できる場面では修正しているだろうが、盗塁が考えにくかったこの場面で、その悪癖が出たからこそ巧は余裕のセーフとなった。


 この悪癖は一塁にいた時点で気がついた。

 最初はクイックで投げていたが、カウントが増えて盗塁の意識が薄れたタイミングで、若干クイックが遅くなった。

 そのため、巧は盗塁のサインを出して欲しいと、佐伯先生に視線で訴えかけた。


 盗塁が成功し、これでワンアウトランナー三塁。外野フライでも一点という状況で、内野守備は前進する。ゴロを打たせて本塁でアウトにしたいということだ。

 ゴロを打たせたいのであれば、コースはほぼ二択。智佳もそれはわかっているだろう。


 二球目、外角低めへの球だ。

 この球はわずかに逸れてボール球。ストライクゾーンからボールゾーンへと変化するシュートでゴロを打たせようとするものの、智佳は見送った。


 三球目、内角の甘めの球。ただ、もちろん甘いコースへと投げるはずもなく、その球は変化する。

 内角を抉るスライダー。しかし、その球は智佳の足元に目掛けて変化した。


「デッドボール」


 打つ気で踏み込んだ智佳は避け切れない。ただ、自分に向かって来るとわかった途端に背中を向けたため、当たったのはお尻だ。

 痛がる素振りはしたものの、比較的肉があって痛みが少ない部分のため、智佳は問題なく一塁へと向かった。


 ワンアウト一、三塁。まず一つ目の節目と言って良いだろう、そんな局面。

 この状況で打席に入るのは、この試合七番に入っている明鈴の元切り込み隊長、佐久間由真だ。

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