№01・レアアイテム図鑑・2

 石垣商事は中規模の商社だ、一応の自社ビルはあるが、今にもぱったりと倒れてしまいそうなペンシルビルだった。貧相なビルから一歩外に出ると、秋の夜風が肌に触れる。そろそろコートが欲しい季節だ。


 安物のスーツを翻して、南野はまっすぐ最寄り駅まで歩いた。途中通った繁華街では仕事帰りの酔客たちが赤提灯で管を巻いているのが見えたが、そういったバカ騒ぎは友達のいない南野には無縁のものだった。


 電車のつり革をつかんで三駅。各停しか止まらない小さな駅で降りると、やはりまっすぐに自宅への道を歩む。ファミリー向けのアパートが立ち並んだ住宅街の一角に南野の『城』があった。


 エレベーターで四階まで上がり、ドアノブにキーを差し込む。玄関の扉を開くと、靴を脱いで照明をつけた。


 ――そこはまさしく、南野が築き上げてきた異様な『城』だった。


 単身者にしては広すぎるワンルームは、わざわざ二部屋の壁をぶち抜いて一部屋に仕立てたものだった。18帖ほどのだだっ広いワンルームには、粗末なパイプベッドと小さな冷蔵庫、レンジが置いてある。生活感のあるものといえばそれくらいだ。


 あとは、ただ部屋いっぱいにスチールラックが並んでいた。図書館の書架を思わせるそのスチールラックには、偏執狂的なまでに几帳面に、そして隙間なく様々な物品が並んでいる。『雑多』と呼んでしまいたいところだが、物品の間にはたしかに共通点がある。


 クリアファイル、おもちゃ、フライヤー、本、DVD、雑貨、食器、洋服……それらはどれも、とあるカップ麺がマスコットキャラとして起用しているヒヨコの絵柄がプリントされていた。その部屋にはそのヒヨコのキャラクターがあふれており、逆を言えばそのキャラクターしか存在していない。


「……ただいま」


 南野は会社ではついぞ見せたことのない満面の笑みを浮かべてその『城』――いや、『博物館』(ミュージアム)の方が近いかもしれない――の真ん中に立った。


 どこを見てもヒヨコのキャラクターだらけ。これがひとの写真ならば、間違いなくストーカーの部屋だっただろうが、そうではない。


 ――南野アキラは『蒐集狂』(コレクトマニア)である。


 給料の大半をマニアックなグッズの購入に費やし、休みの日は新たなグッズの情報を集めるためにネットサーフィンをしたり、わざわざ他県のリサイクルショップを巡ったり、ファンクラブの会合に参加したり、生活のすべては蒐集のためにあった。


 しかし、なにもこのヒヨコのキャラクターになにかしらの思い入れがあるわけでもない。興味の対象は二三か月ごとに入れ替わり、あるタイミングが来ると憑き物が落ちたかのようにそれまでの対象への興味がさっぱりとなくなり、なにもかものグッズを売り払い、また新たな対象の関連グッズを蒐集し始めるのだ。


 南野はなにかひとつに執着するということはない。


 ただ『集めること』に病的なまでのこだわりを抱いているだけだった。


 それも、限りなく完璧に、整然と。


 欠けていたものがコレクションの棚にきっちりと収まるたびに、南野のなかには言い知れぬ満足感があふれかえった。そして、『もっと集めたい』という欲望に火が付くのだった。


 南野の生きる楽しみ――それが、『蒐集』である。


 とあるロックミュージシャンであったり、小さな女児が愛玩するマスコットであったり、自動車であったり、某国の軍事関連であったり。ネットアイドルの私物を漁りに当人の自宅周辺まで出向いたこともあった。


 しかし、その対象について南野はほぼなんの関心も抱いていない。


 ただただ、『集める』という行動に執着しているだけだった。


 ――病的。この『城』に象徴されるように、『蒐集狂』としての南野は常軌を逸していた。


 だが、南野はその病的な奇癖を受け入れ、人生を楽しむためのツールとして活用している。


 『集めている』間は満ち足りた気持ちで日々を過ごせるのだ。


 蒐集のない人生など今更考えられもしない。


 ひとしきり部屋の真ん中でコレクションを眺めていた南野は、ようやく腹が減っていることに気付いた。


 シンクの戸棚からカップ麺を取り出すと、備え付けのコンロでお湯を沸かす。その間にスーツを脱いでスエットに着替え、それから特にお気に入りの巨大なヒヨコのオブジェにダスターをかけ始めた。地方のコレクターから譲り受けた、今では手に入らないレア中のレアものだ。


「ふふふ……うちに来てくれてありがとうねえ……」


 陶酔の眼差しでオブジェに頬ずりしてつぶやく。


 そうしているうちにお湯が沸いたので手早くカップ麺を食べ、シャワーも済ませると、南野は粗末なパイプベッドにもぐりこんでスマホを操作し始めた。


 ネットオークションやファンクラブのSNS、新製品の情報などを集めてブックマークしてから、スマホを枕元に置いて照明を消す。


 程よく効かせた空調も、自分自身のためではなくコレクションを最良の状態に保つためだ。およそひとが住む場所とは思えない部屋の中で、南野は大好きなコレクションに囲まれて眠りについた。

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