第25話 大会出場?

 カンイチはリカに負けてしまった。

 負けた時の約束はつきまとわないこと。

 しかし、それで諦められるカンイチではなかった。


 現在、カンイチはまたもリカのホームの前にやってきていた。

 事前の調査で、リカが留守であることはわかっている。

 話によると、ここは一般に開放されて研究会兼ファンの集いが行われているらしい。

 つまり、堂々と中に入っても問題ないということ。これは付きまとっているわけではない。一般的な行動だ。

 ……我ながら苦しい言い訳だ、と、カンイチは苦笑しつつドアを叩いた。


「お邪魔します!」

「おう、らっしゃい」

「見ない顔ね、新人?」

「とりあえず入りなよ」


 中には十名足らずの男女が居た。

 とりあえず、閉鎖的な雰囲気ではなかったことに安堵しつつ、中へ入る。

 やはりリカの姿はない。集まっている人たちの多くは、それぞれ手持ちのカードを広げて議論を交わしている様子だ。


「リカさんはどちらに?」

「あんたもリカ様のファンか?」

「その、おっかけみたいな感じと言いますか……」


 嘘は言っていない。嘘は。


「リカ様のどこが好きなの?」


 気づけば、フロア中から注目されていた。どこか試すような視線がカンイチに注がれる。


「……すごく強いところ、ですかね」

「他には?」

「他ですか!? えっと……」


 視線を感じる。依然としてあたりから注目されたままだ。まだまだこの答えでは足りないということのようだ。

 カンイチは冷や汗をかきながら、次の言葉を探した。


「……ただ強いだけじゃなくて、美しいところも、ですね。冷徹な戦いぶりがすごくきれいで」


 嘘ではなかった。冷静に戦略を立てて、徹底的に勝利を追求する姿を間近で見てきた。


『……』


 その場に集まっていた人たちは目と目を見合わせた。そしてニカリと笑って、一人の大男がカンイチの肩を叩いた。


「かーッ! わかってんじゃねぇか! そうだよな、凛々しくて、実は不器用なのに優しいところ! 何よりもその強さ! 合格だよ、これからお前さんは立派な“研究会”の一員だ!」

「よくわからないですけど……ありがとうございます」


 大男はイヌドリと名乗った。彼はこの集まりのまとめ役のような立場らしい。


「正式な名前は“VS式Shiranui武器研究会”だ。ま、ほとんどは研究会とかFC(ファンクラブ)と呼ぶがな。ほとんどの奴らはリカ様に魅せられて集まったような奴らだからな、文句はない、むしろ誇らしいくらいだ」


 イヌドリの言葉に嘘はなさそうだ。やましいところがあるカンイチとしては少し胸が痛い。今この瞬間も、リカがログインしてきたら大変なのだ。


「お前さんも鎌使いなのかい?」

「いえ、まだ初心者なので初期武器のままなんですけど、いずれ変えた方がいいのかなぁとは思ってます」

「変えるならおすすめはもちろん鎌だぞ。セールスポイントは」

「それはもうちょっと先にしようかなと……。それより、聞きたいことがあるんですが」

「なんだい? 武器乗り換えじゃないなら……詰め決闘で決闘力トレーニングでも」

「いえ、その……リカさんがいつ来るかとか、リカさんの今後の予定とかご存じですか?」

「そっちかね。リカ様はほとんど毎日ログインしているぞ。今日の午後もこちらに来るはずだ。……そうだ! 戦うリカ様のお姿を見たいなら、“闘杯”もおすすめだぞ」

「なんですか、“とうはい”……?」

「“闘杯’30春”だ。年2回この街で開催される大会だな。わざわざほかの街まで見に行く必要がないし、世界規模のデカい大会と比べればレベルは落ちるが、何回も真剣勝負を観戦できるいい機会だと思うぜ」

「リカさんが参加する大会……」


 その時、カンイチの頭にあるアイデアが閃いた。


「その大会って、まだ参加できますかね!?」

「ああ、ギリギリまで受付けているはずだが……まさか、自分で出る気か? 流石に初心者がリカ様に当たるまで勝ち抜くのはちと厳しいと思うが……」

「ありがとうございます! いいことを教えてもらいました!!」

「あ、ああ……」

「それではまたー!!」


 そのままカンイチはホームを飛び出していった。

 あとに残されたイヌドリは困惑の面持ちで、件の大会の参加者募集ページを見た。

 そこには目玉参加者として、リカが紹介されており、その右上にミノの顔スクショも載っていたのだった。



 「箕さん! 見つかりましたよ! リカさんと決闘する方法が!!」


 その夜、貫一は息を切らしながら箕のマンションに飛び込んだ。

 箕はいつも通りの部屋着姿だった。


「少し落ち着きたまえ。シャワーで頭でも冷やすかい?」 


 箕の髪は少し湿っている。シャワーを浴びた直後なのかもしれない。

 そもそも、箕の一人暮らし用の部屋には脱衣所がない。家主以外がシャワーを浴びられるような造りではない。


「……そんな顔をするな。冗談だ」


 貫一は胸をなでおろす。


「それで、要件はなんだい? 要点を手短にまとめてくれたまえ」

「そうでした! 箕さんに大会に出てもらいたいんですよ」

「なるほど、リカリカが大会に出るんだね。そこにエントリーすればどこかで戦うことができる。……考えたね。それで、どこの大会かな? あまり大きすぎると、リカリカが途中で負けてしまう可能性も高くなるが」

「えぇと、少し待ってくださいね。……これです! “闘杯’30春”! これにリカさんが出場するらしいんですよ!」

「あぁ…………」


 大会名を口に出した途端、箕は複雑そうな表情を浮かべる。

 微妙な空気が流れる中、箕は自分のスマホを操作し、あるページを開いた状態で貫一へ手渡した。


「その大会なんだけど……、出場禁止なんだよね、私」

「……え?」


 渡されたスマホには“闘杯”の特設ページが映っている。

その右上には“解説役:殿堂入り決闘者『ミノ』!”の文字と共に、ミノのアバターのスクショが載っていた。


「昔、その大会で8連覇してね。それからは殿堂入りってことで出場禁止になっちゃったんだよね。だから、選手として出場することはできないんだ。……ごめんね?」


 貫一は頭が真っ白になったまま、スマホに映るミノのアバターと、目の前でぺろりと舌を出している箕の顔の間で視線を往復させるしかなかった。



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