第二話 非日常の始まり

 日常が非日常に変化したのは今から五年ほど前のことだった。

 僕の地元が崩壊したことから、非日常が始まる。


『突如として東京都***の上空に光の輪が出現、そこから現れた生き物が……え、何!? 逃げて! 逃げて! キャ――――!!!!』


 当時、大学の場所の都合上、一人暮らしで地元を離れていた僕はニュースから流れる映像を呆然と見つめるしかなかった。

 青白い光を放つ円形の中からムカデの様な、ムカデにしては全長がビルに近いくらい巨大な姿の生き物が出現。

 その生き物によって街が破壊される様が映し出されていたのである。


 最初、何かの映画の宣伝かと思った。

 しかしネットニュースを見ると街の崩壊や非常事態などの真実味を帯びたニュースが乱立、SNSでは別角度から撮影された映像が拡散され、これが事実であると知らしめる。


「え、ちょ、か、母さん!! 父さん!! 蓮華!!」


 僕は我を忘れてスマホを取り出して家族に連絡する。

 しかし、誰も電話は繋がらず、メッセージアプリに既読が点くことは無かった。

 ならばと僕は地元へと戻る電車に乗るために駅に行くが、駅には無数の人で溢れているようだった。電車は国の指示で緊急停止していた。


「今、***に向かうのは危険です!! 電車に乗ることも危険です!! 我々が避難場所に案内します!! 即刻避難してください!!」


 国の行動は意外と早く、自衛隊らしき人たちが避難を呼びかけており、その案内に多くの人が従っている。

 なんでも地元から離れているこの場所ですら危険なのだと言う。

 そうして、流されるままに自衛隊の人に促された僕は駐屯地に連れられ、避難した。


 僕はそれよりも家族が無事なのか気が気では無く、すぐさま向かいたい気持ちがあった。ただ、地元へと向かう道を警察と自衛隊は封鎖し、公共交通機関はストップ。僕は手段を失っていた。

 避難するしかなかったのだ。僕に出来ることと言えば何かに祈ることくらいだ。

 虫の良い話だが神様という存在をこれまで信じていなかった僕でさえ祈っていたのだ。

 同じく避難した周りの人も何かに祈るように泣いている人が多かった印象がある。


 二日後、事態が収集したのか自宅に戻るよう指示が出された日にスマホに着信があった。

 祈りが通じたのか、相手は『母さん』。

 憔悴しきって目がかすれていた為、思わず二度見をする。が、間違いなく母さんからの着信だった。

 僕は安堵して携帯に耳を当てる――。


『私と蓮ちゃんは無事! 蓮ちゃんに助けられたの。でも、お父さんが! お父さんが――――』


 その日から日常は変化し、世界各地で青白い光――後に『異界の門ゲート』と呼ばれるものが出現、そこから現れた生き物モンスターによって人々は脅威に晒された。

 しかし、変化が起きたのは日常のみならず『人間』もであった。

 普通の人間には起こり得ないような現象で異界の生き物を撃破する者が現れたのだ。


 巨大なムカデを倒したのもそういった人間なのだと言う。


 脅威に立ち向かう力を持つ人間のことを、人々は『ヒーロー』と呼んだ。



  ***



 僕、御剣みつるぎ 大都たいとは凡人だ。

 けれど妹は違う、あの日を境にして彼女は『力』を手に入れたのだ。


 文字通り、大きな力を。


「あ、あの~、蓮華ちゃん? そろそろ降ろしてくれても……」

「ダメだよ! お兄ちゃんは大人しくしてなきゃ。腰を抜かしたんでしょ?」


 確かに僕は腰を抜かして歩けない状況だったのは認めよう、だけれどこれはおかしいのだと妹は気付いていなかった。

 身長173センチある僕を身長145センチの妹が僕をお姫様抱っこしながら帰路についているという異常な事実を。


 急激に襲う羞恥心、だが彼女は羞恥心に襲われるどころか上機嫌である。


 たまーにすれ違う人は何か幻を見たかと戸惑ったのか二度見する人も多く、それが僕の羞恥心を駆り立てる。

 けれども僕は抵抗しなかった。否、出来るはずもない。


「な、なぁ、おかしいと思わないか? 兄をお姫様抱っこなんて」

「別に? お兄ちゃん軽いし、余裕だよ」


 そう、蓮華は別に疲れた様子を見せていなかった。

 と言うのも彼女が目覚めた力、それは『超怪力』と呼ばれるもので、どんな重い物でも持ち上げることが出来る、どんなに硬いものでも砕くことが出来るという人知を超えた力。

 そんな力に目覚めたのだから僕くらい余裕で持ち上げられるのだろう。

 当然、僕の抵抗に抵抗できる力があるって訳だ。


「わ、分かった。お姫様抱っこはいいや。……それよりも、彼らは無事なのか?」

「彼らって……。さっきの奴ら? お兄ちゃんも優しいよね、あんな奴らを心配するなんてさ」

「いや、あんな状況を見たら誰だって心配するでしょ……」


 一人は飛ばされ、二人は白目を剥いて失禁して気絶、なんて心配しない方が無理がある。


「大丈夫、私だって加減したし……。それに、ヒロカンに『暴漢に襲われたから撃退したよ~』って連絡したから何とかしてくれるでしょ。だから心配いらないよ」

「ヒロカンに……って」


 ヒロカン、正式名称『ヒーローカンパニー』。

 政府との繋がりもある、殆どのヒーローが所属している会社である。

 この会社設立の目的は、ヒーローの管理が大部分を占めているが、サポートであったり、ヒーロー活動のその後の対応だったりもしてくれている。

 能力に目覚め、ヒーローとして活躍する人はこの会社に入っている場合が多い。妹も所属していた。多分、世間では彼女の名前よりもヒーロー名【パワー・ガール】としての認知のほうがあるのかもしれない。


 まぁ何はともあれ、ヒーローカンパニーが後始末してくれるのだろう。

 彼らが無事であることを祈ろう。あわよくば、中学生にナンパなどしないでほしいものだ。


「そうか……。助けてくれてありがとうな」

「いいよ。お兄ちゃん弱いし、なのに私を助けようとしてくれちゃってさ~」


 確かに助けようとはしたが、ナンパ相手が蓮華だと知っていれば余計な介入はしなかったと言っておく。


「ま、まぁな。と言うかさ、何でこんな時間に外を出歩いてるのさ」

「仕事。大阪にテロリストが現れてさ~。そいつらを制圧するサポートメンバーに選ばれちゃって帰るのが遅れちゃったんだよね」


 そんな恐ろしいことをサラッと言う妹の方が恐ろしい。

 そういえば今日の夕方、残務を終えて暇だった僕はスマホでチラッとテロについての記事を見かけたような……。それに妹が関わっていたようだった。


「大丈夫なのか?」

「全然、アイツ等と同じくらい余裕だよ。『異界の門』のやつらに比べればね」


 そう言って何でもないように笑う。

 気が付けば家の前に着いていた、というより蓮華と母さんが住んでいる家だ。

 二階建ての一軒家、何でも妹のヒーロー活動で得た給料で建てたらしい。僕は一人暮らしをしているためこの家に住んではいないが、この家近くのアパート暮らしなので中学生の妹に収入で負けてしまっている事実に肩を落とす。


「とうちゃーく! ささ、入って」


 そう言って僕に家に入るよう促す。


「ありがとう、でも僕は明日仕事だから自分の家に帰るよ」

「そう言わずにさ、お兄ちゃん。この家に住んじゃえばいいじゃん? 部屋なら余ってるよ~」

「嫌だ。僕にもプライドはあるんだ。妹の建てた家に暮らしてたらみじめになる」

「妙な意地張っちゃってさ。お母さんも喜ぶし私も大歓迎!!」

「ハハハ……。まぁ一緒に住むことは置いといて、家も近いし、また来週にでも行くよ。ヒーロー活動、気をつけてな。兄ちゃん、何か心配だよ」

「ふーんだ、私はお兄ちゃんの方が心配だけどな~」


 そう言って妹は渋々ながらに手を振って家の中に入っていった。

 別れて帰る途中、母さんのことを思い浮かべる。

 父さんはあの事故で亡くなった。妹もヒーロー活動と学校で家に居る時間は少なく、家に一人で居て寂しがっているとは聞いたが、一緒に住まないと決めたのは僕で、母さんも了承していることだ。


 まぁ最大の理由は、もし彼女が出来たら、家に連れ込めづらいからであるが。


 童貞の戯言だと言わないでほしい。チャンスあるかもしれんやん?

 妹の家に連れ込むとか嫌やん?


 半分冗談は置いといて、休日でも仕事で家を離れることがある都合上、勤務地近くで一人暮らしをした方が気が楽だし、妹の家に住むなんてプライドが許さないのも事実だった。


 ふと、ポケットに入れていたスマホからメッセージを知らせる通知音が鳴った。

 取り出してメッセージ相手を確認する。

 てっきり夢乃さんからの御礼か、蓮華からだと思っていたが、どうやら違うらしい。


『お~い、暇か~? 今から飲みに行こうぜ~』


 まさかの飲みの誘いである。

 今でも交流のある、高校の頃からの親友4人のグループチャットからの通知。

 考えてほしい。日曜日の夜の11時だぜ? 明日は仕事だし、そんなもん行くわけないわ!!

 そう思いながらグループチャットに一言。


『行く』


 疲れていたこともあり、脳がお酒の魅力に負けたらしい。

 いつの間にかメッセージを送信した僕は、いつもの居酒屋に向けて目的地を変更したのであった。


 この行動が、後に自身の運命を変えることになるなど、思いもしなかった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

〜異界の門ゲート〜


世界各地で出現し、モンスターを排出する現象。

この現象が起きてから特殊能力に目覚める人が増えた。


本編に単語が出てきますが宛字を振らない場合が多いです。ゲートと呼びます。


〜ヒーローカンパニー〜


ヒーローが所属する日本の会社。

主にヒーローのサポートに務める。


数々のスポンサーが投資しているので、ヒーロースーツに企業名が着いてることがあります。


詳しいことは本編でまた出てきます。多分。

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