第6話 武人の心得/決心

ジェイドが急に何かを察知したのか、窓の外や部屋の入り口など、周囲を確認し始めた。


「ん?敵襲か?」


誠が身構える。


「いや、誰も居ない。これなら大丈夫だろう。それから、これから話すことは俺の独り言だ。誰も何も聞かなかったことにしてくれ。」


ジェイドは、おかしなことを言い、そのまま言葉を続ける。


「圧倒的に戦力差がある場合など、正面から突撃して戦いに挑むだけでは、勝てない場合がある。

そんな時はな、奇策を用いる。


例えば…敵を自分の陣地へ誘い込み、地の利や伏兵を用いて敵を驚かせ、翻弄し逃げ回る敵を各個撃破し、その数を減らす。そして、敵の統制が崩れ、疲弊したところを一気に攻め込み壊滅させる…とかな。

この策に限らず、やり方はいくらでもある。


戦の重要なポイントは、戦況を自分の流れに持っていき、自分が戦場を支配すること。

そして、最も大事なのは武力ではない。それは策略であり、知力であり、交渉術だ。


最善の勝利とは武力を用いず、兵も物資も欠くことなく敵を屈服させ勝利すること。なぜなら、勝利してしまえば敵の物も全て自軍のものとなるからだ。

特に度重なる遠征をしている場合など、敵の武器や兵糧は貴重な物資となる。


自国から遠くの戦場にまで大量の武器や食料などの消耗品を運ぶには、莫大なコストと敵の襲撃の危険性があり、現実的ではないからな。

故に、戦だからと言って力任せに敵を全滅させればいいとゆうものではない。そんなことをすれば、自分で自分の首を絞めるようなものだ。


この戦に必要なのは、誰も恐れない度胸と自分の理想へと上手く事を進めるための交渉術でしょうな。

姫様、くれぐれも無理はなさらぬよう…御武運を。」


「ありがとう、ジェイド。応援してくれるのね。」


「本人の幸せが一番の幸せであります。

そして、誠。この戦、他の王族や貴族が絡んでくる。おそらく、そいつらは黙っていない。この様子だと、多分、大きな嵐になるぞ。姫様の側に居続けたいと望むのなら、気を引き締めろ。


お前さんは肝が据わってるし、非常な事態でも対処ができる冷静な判断力がある。知力は十分と言えよう。

だが、自分のスキルをまだ十分に理解していない。武力で言うならまだまだ未熟だ。


この世界の戦闘でお前さんが居た世界と違うのは、武具の発達とスキルや魔法、特異体質なんかのイレギュラーな要素があることだ。


スキルが絡む戦闘は例えるならポーカーと同じだ。敵が何の手札スキルを出して来るかはわからないし、それを自分が知ることもできない。戦闘の中で相手の動きや言動からスキルを予想し、自分が勝てる戦術を組み立てるしか手立てはない。


ま、相手のスキルが手にとるように分かる力があればこの過程をすっ飛ばして楽に戦えるんだがな…

生憎、相手の力が分かるスキルはかなりレアなSRスキルだし、持っていたとしても直接的な戦闘には向かない非戦闘スキルだ。

物理攻撃・魔法攻撃がメインになるだろうから、長年の修行や鍛錬を積まないと命をかけて戦うには、少々分が悪い。


ちなみに、過去に『物理攻撃無効』や『不死身』のスキルを持ったやつもいた。まあ、退けたがな…

先ずは自分の与えられた手札スキルを知れ、チップ(命)をオールインするのはそれからだ。」


「なるほどな…ありがとう。ジェイド。」


誠は、ジェイドが本当に武人であることを思い知らされるとともに、武人としての優しさを感じた。


「人には、誰しも負けられない戦いが必ずある。なら、どんな手を尽くしてでも勝つのみ。そして、こちらが望まずとも火の粉が降りかかることもあるだろうな。その時は、燃え上がる前に全力で振り払うのみだ。そして、もし敗北するようなことがあったとしても、死なない限りは、何度でも挑める。

負けるにしても『上手く』負けることだな。

まぁ、嵐が襲い掛かって来るなら豪快に暴れてこい。自分の意志を貫くためにな。」


「あぁ、わかった。」


「ところで、そのぉ…」


リーナが誠の方へ振り返る。


「さっき、あんなこと言っちゃったけど。誠は、私と私のわがままに最期までついて来てくれる?」


「それ、いまさら確認するか?」


誠がリーナを優しく抱きしめる。


「もぅ…」


リーナもそれに応えるように抱き返した。


「やっぱ本人達の幸せが一番だな。邪魔しちゃ悪いから、俺は仕事に戻るぜ?あ、そうそう最後に戦闘経験を積んだ先輩から1つアドバイスだ。


戦とはな、常に『正』と『虚』が入り混じって成り立っている。防御は『正』の姿勢で、攻撃は『虚』の構えでやるといい。


ま、最初から会心の一撃が放てるなら、先手必勝でも構わないがな…じゃあな!」


そう言って、ジェイドは部屋から出て行った。


「あぁ、またな!さぁ、俺達も前に進むぞ。先ずは自分の手札スキルが知りたい。アーシャがいる町へ向かおう。」


「はい!行きましょう、誠さん!!」


その時、グゥーっと誠のお腹が鳴る。


「その前に、腹ごしらえしないとな…」


「まぁ、3日間の間、眠ってましたからね…宿の人に食事を準備するよう伝えてきます。」


「そういえば、この建物ってなんなんだ?」


「このサルダンと呼ばれる村の中にある、一番大きな宿屋です。私の国が管理・運営しているので、私達の場合、料金は一切かかりません。私達の場合、顔パスで使えます。」


「顔パス?!やっぱり、お姫様なのね…」


「えぇ、まぁ…他にも、この宿はジェイド達のように国からの仕事でここに来ている人達が主に利用しています。普通の宿より格安なので、旅人達にも人気なんですよ。」


「なるほどな…」


「では、食事をこの部屋へ持って来るよう伝えて来ますね。あぁ、そうだ。お風呂も1階へありますが、入って行きます?お背中なら私が流しますよ??」


「いや、お風呂は遠慮しておくよ…出血多量で倒れるから。」


誠が顔を赤くしながら言う。


(流石にまだスッポンポンを見られるのは恥ずかしい…)


「そうですか、わかりました。まぁ、眠っている間も私がタオルで拭いていたので、大丈夫だと思います。」


「へ???」


誠の目が点になる。


「誠が眠っている間、ちゃんとお身体拭いてたんですよ?」


「…リーナがしたの??」


「えぇ、全て私がやりましたよ?地面に倒れて砂まみれになった状態でここへあなたを運んできましたし、そのまま目が覚めるまで放置する訳にもいきませんからね。それに、旦那様の看病は妻の務めですから。」


「恥ずかしいというか、積極的というか…」


誠は、リーナの言葉に複雑な気持ちになった。


「うふふ…私ももう結婚する歳ですからね。」


「あれ?まだ17歳じゃなかったっけ??」


「えぇ、一般的な庶民は18歳からなのですが、私は王家の人間なので早くて15歳から結婚し、その歳で旦那様との子を産むこともあります。

王家の血筋を絶やさないために、子孫がたくさん必要なので…王族や貴族などの上流階級は、子孫繁栄のために婚期の年齢が早いのです。」


「なるほど…」


(俺がいた世界で言うところの、昔の江戸時代頃のような感じか。)


「だから、私は全然恥ずかしくなかったですよ?それにスキンシップも大事ですしね。」


リーナが目をそらし、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「いったい何したの?!」


「うふふ、冗談ですよ。どんな反応するのか見たくて、ちょっとからかっただけです。」


「まったくもう…」


するとリーナが急に耳へ口を近づけて小声で言った。

「それとも、何かあってほしかったですか?」


急に妖艶な声色で言う。


「な…もう、からかうのは辞めてくれよ。刺激的なことを言われ続けると自制心が保てなくなる。そのうち、歯止めが効かなくなって襲っちゃうよ?」


「えぇ、いつでもどうぞ?旦那様となら。」


そう言って、リーナは手を横に広げ無防備な姿勢をとる。


「国王様はまだこのことを知らないし、結婚を認めてない以上、それはダメだろう。」


誠は赤面しながらも、1歩下がり客観的に考えて言った。


「うふふ、だからですよ。子ができれば王族の血を引く子が産まれる。そうなれば、王も認めざる終えない。まぁ、別にこんなややこしいことのためだけじゃなくて、純粋にもっと誠と触れ合いたいだけなんだけどね。」


リーナは普段の立ち姿に戻り、自身の両手を重ね握りながら言う。


「なるほど、先に結果を出し、既成事実を作ることで、一切反対できなくする訳か。だが、それは…リーナはまだしも、その子が殺される恐れがないか?

その子が居なければ成立しないのなら、おそらくリーナのお見合い候補だった他の王族達や貴族達なんかの反対派は、その子を消そうとするはず。そして、当然俺のこともな…」


「それは困ります!でも、確かに王族と言えど、弱肉強食の世界…襲撃や暗殺なんかもありますし、そうなることも十分ありえますね。」


「となると…絶対的な権力を持つ国王様と直接話し、誰も『結果』に逆らえないように筋を通した上で推し進めるのが最善か…」


誠は筋書きを考えながら言った。


「そうですね、『結果』に周囲が逆らえないよう持って行くことの方が良さそうですね。」


「なら、国王様と直接話すことは必然だろうな。だが、異世界人としての特異的価値があるとはいえ、権力を持たないただの一般人だ。国王様へのこのこ話をしに来ただけでは、こちらの話に耳を貸さないだろうな…」


「えぇ、それは確かにありえますね…」


「自分の一人娘のことなら尚更だろうな…その婚約相手に求めるのは、おそらく娘を任せるに足る力だろう。それがないと最終的に首を縦には振らないだろうな。」


誠は、腕を組み目を閉じた状態でしばらく無言になった。

そして考えをまとめ、目を開いてまとまった意見を口にする。


「俺に他の王族や貴族達のような権力がない以上、対等に話を聞き、国王様に認めてもらえるようにするには、俺の価値をぐんと引き上げる必要がある。

……確か、いまオークの軍勢と戦争中って言ってたな?」


「えぇ、いまは停戦状態で敵に目立った動向はないですが、未だ撤退する動きは見られず、アカルシア王国の近くの森に基地を作り残留し続けています。おそらく侵攻の準備を整え、期を見て侵攻を再開する気でしょうね…」


「よし、その戦争を終わらせる。」


意を決したかのように誠が言った。


「へ?」


「軍の総指揮官である国王様が寝込まれたいま、国はまともに兵を動かせないはずだ。

いまオークの軍勢が侵攻を再開すれば、国軍は統制が取れないまま戦うことになり、勝機は薄いだろう。

この戦争に敗ければ、オーク達に国を蹂躙されアカルシア王国は滅ぶ。

つまり、現在、王国最大の脅威はオークの軍勢。

もし俺がオーク達を殲滅することができれば国を救うことになり、俺の武勇を証明できる。

権力を持たずとも、俺のことを認めてはくれるだろう。」


「それは、ダメです!オーク達は、どの個体も体が頑丈で剛腕です。拳の一撃くらうだけで人間なら即死か、運が良く生き延びても重症を負います。金属性の盾や鎧、魔法やスキルのシールド効果も1回の攻撃で破壊されます。

それに軍団の規模はオークが約1000体。その中のたった1体を相手にするのに国軍の兵士達が束になってかかってもなかなか倒せない相手ですよ?

それに1人で挑むのは、もはや無謀で死にに行くようなものです…」


「無謀じゃないよ。」


そう言うと、誠はリーナを優しく抱きしめた。


「こっちには敵に関する情報が揃ってる。敵の特徴、規模、いまの状態…情報は最大の武器さ。敵の状態がわかっているなら、攻略の作戦を立てれるからね。

それに防げないなら、最初から防がないならいい。」


「へ??」


誠の意外な言葉に目を丸くするリーナ。


「発想の転換さ。盾や鎧は金属製で装備するだけで重いから、その分、動きが鈍くなったり、装備が邪魔で行動に制限がかかる。

装備したところで一撃くらったら即死とわかっているのなら、いっそのこと全て脱ぎ捨てて身体1枚で戦った方がいい。身軽になれる分、攻撃も回避もスピーディーに素早く動ける。

装備しようがしまいが一撃即死の条件が変わらないのなら、そもそも防御自体を考えなくていいのさ。

それに後者を選んだ方が俊敏に動ける分、生存率は高いだろうしね。」


「なるほど…」


「俺に考えがある。まぁ、心配しないで。

〈異世界人〉という名のアドバンテージを活かすよ。

それに、リーナの気持ちは嬉しかったよ。まさかそこまで先のことを見据えていたとはね。」


「常に相手の3手先を考えよ。」


リーナが俯いたまま、胸元で呟くように言った。


「私の好きな言葉です。相手の3手先を常に考えて動けば、負けることはないと。後手に回らず、常に先手を取り続けろと言う意味合いもあるそうです。どうしても戦うと言うのなら、この言葉を覚えておいてください。そして、絶対に死なないで。」


「あぁ、わかった。覚えておくよ。ちなみになんだが…それは誰から聞いた言葉??」


「アカルシア王国のに仕える兵士達に、武術を教える師範が言っていた言葉です。まぁ、師範もその先代から教わった言葉だそうですが…」


「リーナはその先代のことは知らないのか?」


「ん~、だいぶ前に亡くなられてますからね…会ったことはありません。」


「そうか…実はな。その言葉、俺にも聞き覚えがあるんだ。たしか剣道と将棋が好きだった親父が昔、言っていた言葉だ。」


「偶然ですかね?」


「どうだろう…でも、親父が失踪したのは3年前だったし、先代がだいぶ前に亡くなっているのなら時期的に違うか…」


「その辺りは、アカルシア王国に戻った時に確認しましょう。」


「そうだな。あれこれ考えるより、確認した方が早そうだ。」


こうして、リーナと誠は部屋で食事を済ませ、宿屋を出る。


宿の外へ出ると、太陽が真上まで昇っている。

ちょうどお昼頃だっだ。歩みを進め、村の中心部まで来ると、何やら民衆がざわざわと騒がしい。

誠は、民衆の声に耳を傾けた。


商人「なぁ、この辺りに太陽が落ちて来たって言うのは本当か?もしそうなら、ここで呑気に商売してる場合じゃねぇ!急いでその太陽の欠片を探さねば!」


農民「はぁ?そんなことあるわけねぇだろう!ほら、太陽なら空にあるじぇねぇか!まったく…こんなに暑けりゃ作物が育たん。」


ご婦人「まさか、星が落ちて来たの!?急いで子供達を連れて隣町まで避難するべきかしら…」


宗教者「あぁ、これは世界の終末なんだわ。みなさん、祈りましょう?」


(まさか…あの時、窓の外に投げたフラッシュバンのことを言ってるんじゃないか??)


誠の脳裏にフラッシュバンの眩い閃光がよぎる。


「なんかすごい騒ぎになってるみたいですね…」


歩きながら、リーナが言った。


「あぁ、おそらくあの時、ジェイドが外に投げたアレのことみたいだな。」


「みんなに実演して公表します?」


「いや、たぶん、理解してもらえないだろうし、何人か視力と聴力やられて、さらなる混乱を招くだけだろうから…いまはそっとしておこう。」


誠は、自分のショルダーバックの中身を見ながら言う。


「そうですね、先を急ぎましょう。こっちです!」


そう言って、リーナは誠の手を握り先導した。

村の出入り口に近づくと、そこには石垣の壁が作られていた。高さは3mぐらいだろうか。

村の隅まで長く続いている。


「小さな村なのに、やけにデカイ壁があるんだな。」 


「えぇ、この辺りはモンスターなどの魔物や山賊が現れるので、簡単には侵入できないよう村を囲むように壁を作って、出入口を4ヶ所に限定しているんです。もちろん、警備も巡回してますよ。」


「なるほど、防犯対策って訳か…」


出入口の門をくぐり、村の外に出る。

そこは見渡す限り野原で、真っ直ぐ伸びる一本道が奥の方に見える森の中へ続いている。


「さて、旅に行きますか!」


「はい!」


こうして、2人はアーシャという鑑定士を訪ねに、サルダンという村を出てリゼッタという町へ向かった。


この時、2人は予想だにもしていなかった。

あの出来事によって、新たな戦争の火種がくすぶっているということに…




光に照らされる世界も有れば、光が一切当たらない闇の世界も存在する。

それは表裏一体であり、常に同時に存在している。


闇の世界のとある場所にて…


「魔王様、アカルシア王国の領土内で非常に強い光のエネルギーが確認されました。これはおそらく、光属性が弱点の我々に対して非常に強力な武器や魔術を人間が開発しているのやも知れません。もしそのようなものが完成すれば、我々魔族は今後、苦戦を強いられることになるでしょう。早々に叩くべきです。」


マントを頭から被り、中央に目が1つだけ描かれた仮面をつけた従者が言った。


「ほぅ?アカルシア王国か…懐かしい。しかし、魔族の一大事となっては仕方があるまい。領地を焼け野原にして、全て頂くとしよう。だが、我もまだ本調子ではないしな…いまの内に兵士達をしっかりと休ませておけ。時をみて攻撃を仕掛ける。その前にちゃんと挨拶をしないとな、親に対するせめてもの礼儀ってもんだ。」


王座に座ったまま、ワイングラスを片手に魔王と呼ばれる、豪華な装飾が施された真っ黒な鎧を身に纏った灰色の肌をした男が返答した。


「承知しました。では、そのように兵士達にも伝えておきます。」


「あぁ、下がってよいぞ。」


「ははっ」

従者は、ユラユラと虚空へ消えた。


部屋で1人になった魔王は呟く。


「父上、貴様は私を弱いと言ったが、いまの私は貴様達の誰よりも断然強いぞ。フフ…フハハハ!」


自信に満ち溢れた、そしてどこか哀しげな影を残す笑い声が、周囲にこだました。

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