第25話謎の屋敷を目指して

 カスタル王国が対還流の勇者戦略の準備を始めた頃から時を遡ること数時間前、まだ日が沈んでいないオゼル地方。アルフィード領主代行のニノは黒魔術士レイ・グレックと魔法少女のカミーリャ、そして自分の執事を連れて謎の地域へ調査に出向いていた。最初は反対していた民衆だがこの場所をどうしても休憩場所として使い、民を回復させ開拓しながら他領地へ使者を派遣し同盟を組ながら裏切った兄ウイリアムとリリィハーネスト領と戦いたいのだと告げると皆一同に押し黙った。皆もそれが大事だと理解していたからだ。そしてそのまま畳み掛けるようにカミーリャとレイ・グレックの実力を披露して納得させ。この二人と執事を率いて現地の調査へと赴いたのであった。


 ルーティス・アブサラストは皆の食糧や水の浄化に怪我人の治療と難民の護衛に残る事にした。一人で子供の、おまけに白魔導士を残すのを心配したニノだが……



――自分達より残してきたルーティスの方が強いから安心――



 と二人から言われた。返したい言葉は幾つもあったが、二人が嘘をついてないのと白魔導士ルーティスの実力はアバスの力で判っていた。多分あの子一人でも過剰な戦力だろう。それに――



――あの場所はどうにも不自然なくらいに魔力が少ない。あまり魔力の高過ぎる者が行くべきではないよ――



 というルーティスの予測もあった。当初ニノにその理由は判らなかったが、どうにも『魔力崩れ』を懸念したとカミーリャから説明された。



「魔力崩れとは極まれに起こる現象で、魔力の極度に少ない土地に魔力がたくさん持ち込まれると土地が吸収出来ずに洪水の様に溢れる現象です」



 道すがらカミーリャがニノに説明してくれた。



「つまりあの方は魔力崩れ? という現象が起きて我々に被害が及ばないようにしたかったのですか?」


「あぁそうだぜ領主様。魔力崩れは目に見えない巨大魔力の洪水だから結界張っていても危ないし何ならただの魔力の塊でしかないから対魔法用の呪文ですら効果が無いんだ。それが発生する可能性があるなら最低限度の人数じゃないと危ないんだよ」



 ニノの質問にレイが繋げた。



「アルフィード領主様と私は調査に向いた能力ですからね。それからレイは戦闘力が有りますから良い組分けかと思います」



 言い終わる瞬間にカミーリャは何冊かの日記帳と羽ペンを虚空に出現させた。邪魔にならないようそっとニノが覗き込むと、そこには付近の情報が常に書き出されていた。どうやらこれが彼女が手にした祈りの力らしい。確かにあらゆるものと会話出来るアバスがある自分と同じで調査に向いた能力だ。



「しっかしあの黒い雷、楽しみだなぁ! あいつは本当に『カインドネル』なのかな?!」



 対するレイ少年は後ろ頭に手を当てて、わくわくした笑顔を浮かべている。この少年は戦闘に関しては躊躇いが無いのが長所だとニノは思っている。戦士においては最高の精神だろう。それに合わせて彼は魔法や知識も有れば向上心も有るのが凄い。



「精霊なのは判っているけど、その絵本に出て来るカインドネルとは限らないわ」


「なんだー、残念」



 少し申し訳なさそうなカミーリャの返しに。レイはがっくり項垂れつつローブの中から、



「まぁ良いや。あいつが精霊でも魔獣でも。絶対に出会いたい存在だったんだし!」



 古びた絵本を取り出しながら元気良く告げた。あちこち荒んではいるが虫干し等は丁寧にしているのが判る絵本で、彼にとっては大切な物なのだろう。


 題名は『アルスターとカインドネル』。誰でも知っている有名なおとぎ話だ。生真面目な破邪の蒼い風『アルスター』と誰よりも翔ぶ事が好きな黒い雷のカインドネルが友情を育みながら邪神を倒すという内容で、読み聞かせをする親も多い。昔はニノも聞いたなぁと懐かしむ一作だ。


 成程、彼はこれの確認の為に行きたかったのか。そう思うと今まで暗雲に覆われたニノの心に春の日射しが射し込む。



「君はその絵本、好きなの?」



 小首を傾け尋ねるニノ。



「ああ、大好きだぜ! この絵本のおかげで得意呪文も幾つか創れたしな!!」



 そんなニノに満面の笑顔で返すレイ少年。この絵本が本当に好きなんだなというのが手に取るように判る、無邪気でとても良い笑顔だ。きっと知的好奇心と夢との出会いが、こちらの組に真っ先に志願した理由なのだろう。彼らしくて微笑ましい。その姿に、疲労の溜まったニノの心が少し安らぐ。



「しかし私は子供を戦わせるのは『フォルスタァ』様に誓って反対ではありますね……」



 そんな光景に『八方向に輝く一等星の銀細工ペンダント』を握りながら苦言するのはアルフィード家の執事さんだ。



「あ、そうか。執事さんはフォルスタァ教の信徒さんなのか」



 気づいたように振り返るレイ。



「はいそうですよ。私個人としてはやはりあなた方を戦わせたくはないのですが……」



 眉をひそめて執事さんは更に苦言をする。執事さんの信仰する『フォルスタァ教』は『英雄であれ産まれてくる生命を望まぬ限り戦わせる事なかれ』との戒律がある。執事さんとしてはまだ八歳の少年が戦う姿を好ましくは思っていないのであろう。



「でも戦力が居ないから諦めてくれよぉ。それにおれは望んで戦ってるからさ」


「しかしですね君。人間というのは環境からの影響は大人でも受けやすいし戦い等の際にはそれらを和らげる為に身体は依存性の成分を流すと聞いてます。私には君が本当に戦いを望みたいのか少し疑問です。……戦力面としては、仕方ありませんが」



 敬遠な教徒らしいお説教で執事さんはレイに諭そうとする。



「まぁまぁ、どっちが真実でもおれは強くなりたいから戦いたいのに間違いないんだ。執事さんもごめんな」


「それなら判りました。では戦う相手や使う力等はちゃんと理解していて下さい。常に何故相手と戦うか、と自分が振るう力は見直し続けていて下さいね」


「りょーかい」



 口調こそ軽いがレイは知識が有るし頭も悪くは無く受け入れる力も強い。ちゃんと執事さんの想いを飲み込んで納得していた。



「おかしいですね? 思ったより魔力崩れの可能性が低いです……」



 ふとその時、カミーリャは正面にある日記帳を読んで眉根を寄せた。



「それは……良い事では?」



 ニノは不思議そうに尋ねる。



「いえ、それはそれで良くありません。これは土地の魔力は少ないが流れ込む魔力の吸収率が異常に良い、という事になります。迂闊に入れば我々も倒れかねないかも知れません」



 むむ……と日記帳を睨みながら更に顔をしかめるカミーリャ。



「魔力崩れの可能性が低い、ね……。なぁ、もしかしたら魔力が流れる経路か何かが在るんじゃねぇかな」



 双眸を細め目的地を見やるレイ。



「経路、ですか?」



 理解出来ずに尋ねたニノに、



「あぁ、古代遺跡とかの上下水道跡で見られる光景だぜ。遺された上下水道の跡地がたまたま魔力が流れる経路になっていてそこを流れて廻りながら吸収しているとかさ。たまに見られる光景だぜ」



 レイはすらすらと答えた。



「ちょっと違和感も在るけどその可能性は高いわね。これを見て」



 カミーリャはそう告げると、レイに指先で日記帳を示す。



「どれどれ」



 そう呟きながらレイは覗き込む。ニノや執事さんも吊られて覗き込むがカミーリャは問題無いと判断したのか止めなかった。


 そこに記された情報には、魔力はこの屋敷付近に近づくと吸収されて環状に廻っていると出力されていた。網の目状に各地域を流れながら吸収してゆき馴染ませ、吸収出来ない分は排出しつつ循環させて再度吸収させていると出ている。



「確かにおれの予想に近いな……なぁカミーリャよ、違和感って何?」



 疑問を浮かべるレイに、



「この地域の広さと外縁部の情報を見て欲しいの」



 更に広範囲の情報を日記帳に記すカミーリャ。



「なん、だこりゃ……?」



 レイは目を見開き、



「え? これはいったい…?!」



 ニノは口元を押さえて後退り、



「……」



 執事さんは顔に影を差して俯いて、三者三様に絶句する。


 何故ならその地域の広さは通常の城下町に匹敵する程で更に三分の一程度に何もない場所が有り、なおかつ主要な街以外の村等も幾つか存在がしていたりもしていたり、河川や鉱山の跡地も確認出来た。


 そしてその全てを囲い込むように。四重の同心円と魔力吸収用の鋭角の三角形と、各々の属性を帯びた魔力を貯蔵する為の紋章に近い形の箇所やそれらを選別する機能も設定されていた。


 まるで。魔力を利用する都市みたいに。



「なぁ、ここは魔力の吸収力から見て暗黒大陸みたいに魔力が無いか極度に少ない場所だろ? 何で魔力に対応する機能が最初から敷設されてるんだ……?」



 レイが訝しむ。それに対してカミーリャは目を閉じてかぶりを振るだけだ。現状は不明、と言いたいのだろう。



「こりゃさっきの雷といい警戒した方が良いな。ぜってー裏が有るわ」


「そうねレイ。絶対に秘密が有るからね」



 二人共、頷き合う。その会話を聞いていたニノも納得だ。いきなり出現したのも含めてここはとても怪しい。


 ふとその時自分の執事さんを見やると。執事さんは銀細工のペンダントを握り俯いていた。



「あの……?」



 ニノは気になって話しかけた。



「あ! 申し訳ありませんニノ様!!」



 慌てて顔を上げる執事さん。そこには何の影も無い。



「気分が悪いならしっかり言って下さいね。……とはいえ何も出来ないかもですが」


「いえいえ、ニノ様を煩わせる訳にはいきません!」



 心配するニノに気丈に返す執事さん。



「まぁ無理すんなよ執事さん――ってあれ? そう言えば名前教えて貰ってないよな?」



 励ますと同時に眉を寄せるレイ少年。



「そう言えばバタバタしていましたからね。私の名前は――」


「いや、当ててみるわ。シトリ? ローズ?」


「残念、『ジスト』ですよ少年」


「ありゃ残念」



 外れて肩を落とすレイだ。



「皆さん、あの場所に侵入しますよ。私が先行して情報を分析しますので続いて――」



 カミーリャの言葉が鋭くなって途中で止まる。


 どうしたのかと問いたいニノだが、



「お客さんか」



 レイが目的地を睨む。


 ニノとジストが同時に見据えると。そこには黒い雷と、黒衣の少女が同時に佇んでいる。



「侵入者よ。ここから先は通しません」



 凛とした声で、少女はそう告げた

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