第22話それぞれの夜~~補給部隊~~

 月が中天に昇る現在、ルチル・アティアは魔力の灯りを頼りに自分の机で今回の出兵に合わせ幾つもの補給計画を立案して書いていた。何故なら敵は魔王と魔物達だけでなく、叛逆した還流の勇者とその仲間達も対策に含まれるからだ。まずは神殿の解放を阻止する為のマーカス隊長率いる高速部隊への食糧と武器、それから嗜好品の確保と補給線の構築。それらをすぐに集められるギルドへの通達――は女神シィラ様の命令書待ちだ。だがそれが完成次第すぐに持たせて派遣出来るように下準備は怠らない。それから次に使える備蓄資源と装備の再確認。これらは毎日のように行っているがどれだけ必要かはまた見てみないといけない。女神シィラ様同様、今夜は眠れそうにないねとルチルは苦笑しながら胸元のペンダントを外した。


 それは『八方向に輝く一等星を象った銀細工のペンダント』で、中心には『水晶』が嵌め込まれた美しい代物だ。かなりの年月が経っているのかあちこち細かい傷があるものの丁寧に手垢処理をしているのが見てとれた。


 ルチルはペンダントを掌に乗せて今後の思案を巡らせる。多分決戦は本土での迎撃になる可能性が高いのでアルジュナ団長以下主力はこの国から動かせないだろう。副団長のデュオ一人出すだけでも破格の護衛だ。女神シィラ様の対勇者への布陣は多分この国で一番広いカスタル平原に誘導するようにしたい筈だ。彼処なら広く縦横無尽に戦力を動かせる。それに城下町への被害も疎開先を造れば防げるし物資補給が容易だからだ。問題は魔王や魔物達、そして『魔獣』への対応だ。奴等との戦いが我が国の本分なのだから。双子の魔王と魔物達は自らの本拠地である国から出てくる事は無い。そしてあそこの海域は幅は数十海里に成層圏まで達する常にプラズマと横殴りの暴風が飛び交う領域よって護られている。唯一『回廊』と呼ばれる、凪の海域が在るが……そこは双子の魔王、『ヤライ・トエルノ』と『リーラン・トエルノ』が直々に指揮する要塞が在る為侵入は容易ではない。ここへの出兵計画に対しても補給計画を幾つか考案しなくては……とルチルはペンダントを小さく揺らしながら深く思案を巡らせる。



「あーゴメン、ルチル・アティア。『フォルスタア』様にお祈り中だった?」



 思案の海から現実に引き戻されたルチル。そこには一枚の書類とカップを二つ手にしたルーテシアが居た。



「いいえただの補給線についての考え事よ。ルーテシア、何の用かしら? それから私の事はフルネームで呼ばないでよ」



 どうやら気づかない内に入室してきたようねと首にペンダントを掛けなおしつつ咎めるルチル。



「ゴメンゴメン。異世界から還流の勇者を倒せる人達を召喚する為の材料を揃えたいから女神シィラ様の命令書を持って来たんだよ。後は差し入れだよ。はい、『シスカ』をどーぞ」



 一つのカップを机に置きつつ書類を同時に手渡すルーテシア。



「……砦一つに魔蝋石(まろうせき)一万レオルぅ? ルーテシア、無茶苦茶過ぎるわよこんな要求。うちの国やギルド全部から徴収しても足りるか判んないわよ?」



 女神シィラ様の判を押された命令書を眺めつつ、ルチルは呆れ果てる。魔蝋石とは魔力が蝋状に固まった鉱石の事で、召喚や魔力支援の魔導陣作成に用いられる物だ。これで描いてこそ魔導陣に魔力が宿り使えるようになる。その鉱石をいきなりこれだけ出せ、とは出来るものではない。何故なら全部隊に配給する魔力支援の為や魔力を各家庭に行き渡らせる城下町筆頭に各々の町や村に配給する分も必要だからだ。これだけ出せばすぐに民衆に我慢を強いる事になるのは目に見えている。補給部隊としてそこはすぐに承認は出来ないルチルだった。



「あーうん、そりゃ解っているよ。異世界の場所を探る迄に準備してくれたら良いし、条件次第なら数も減らせるかも知れないからね」



 まぁまぁ飲みなよと置いたカップを勧めつつ自分の分を飲むルーテシア。ルチルのカップ内からは透けた金色と仄かに漂う酸味と清涼感の香りがする飲み物が入っている。



「ずいぶんと異世界から召喚に自信有るのね? 根拠は?」



 いただきますとカップを持ち上げ中に入ったシスカに口をつける。この飲み物はカスタル王国にのみ生えている特殊な木の実『リークの実』を原料にした酢である『リーク酢』と水、魔力で育ったハーブを混ぜた飲み物だ。これを飲むと気力が湧くので良く肉体労働者や長時間拘束され技術者等が飲んでいる。


 今回のハーブは清涼感の強い目覚まし効果がある物にリーク酢の酸味がちょっと濃い目、おまけに蜂蜜も少量入っている。目前で飲むルーテシアも自分が同じ調合のシスカなら彼女も今夜から暫く徹夜覚悟だろうなと、一口でルチルは予想出来た。



「自信はともかく根拠なら有るよ。まずはイリステアさまの報告を聞くまで付近の魔力異常が無かったとか……後はアホ女神――あぁいやいや失敬。女神シーダ・フールス様の態度とか、かな」


「女神シーダ・フールス様の態度?」



 不思議そうに眉根を寄せて問いかけたルチル・アティア。あの女神シーダ・フールスがそんな事をしていなかったからだ。やった事と言えばいきなり回線を開いて女神シィラ様に無理難題押し付けた挙げ句にアルジュナ団長に色眼鏡を使ってたくらいでそんな態度見えなかったからだ。



「……あのアホめが、コホン。我らが敬愛すべき女神シーダ・フールス様は女神シィラ様との会話の際に『右耳に付けたイヤリング』を触ってたんだ。あれ彼女が何かしらを決めたり確実に出来ると踏んだ時、撫でながら話すのが癖になっているんだよ」


「それだけじゃ根拠薄くないかしら?」


「いや、あの癖が出た時はどんな荒唐無稽で滅茶苦茶な行き当たりばったり作戦でも確定で成功させているよ。あの癖が出て天后暦(てんこうれき)八百年の内で唯一外したのは今回の勇者の叛乱だけだし。そもそもあいつ女神になれた位の高位の魔法少女だろ? どんな理不尽でも叶えられるくらい魔力あるよ」



 ルチルの疑問をさらりと反証したルーテシアはそれに付け足してイリステアが持ち帰った椿の花とその土地関係についての推測を述べた。



「ふーむ……」



 一連の情報を噛みしめながらルチルは熟考する。確かにルーテシアの推測に間違いは無いだろうがいきなり全補給線や都市開発を無視して一発で出せる補給量ではない。それだけ出せば国の備蓄は不足気味になり。城下町筆頭に全ての町や村がしばらくの間魔力不足に陥る。その間に不測の事態が起きれば対処出来ない。そして自分たちは補給部隊。失敗は許されないし失敗した時の目算も一通り立てて置かねばならない。自分達はギャンブルのチップを常に全賭けする賭博師とは訳が違うのだ。常に失敗したら挽回出来るように計画を立てないと前線の戦士達や民が飢えるからだ。ルーテシアも魔力支援部隊の隊長だからそこは深く理解している筈で、それでもやらなければならないから推測して一番可能性の高いカードに賭け提案しにきたのだ。ルーテシアの気持ちを汲み無下に突っぱねたくは無いがすぐには出せない。ルチルはそこに参っていた。



「まずは召喚先の特定が必要よ。分配はそれからね」


「そう言うと思ってたよ」



 お互いシスカを飲みながら結論に達する。



「だからちょっとシィラ様に要求する際に高めに提示しておいた。こちらもどうなるか判らないからね。消費量を減らせるように魔導陣は調整する」


「調整が出来るなら良いわ。それより迎撃と高速部隊、親善大使達への魔力支援はどうする予定?」



 またシスカを一口含み。ルチルはルーテシアに問いかけた。



「迎撃には第七魔力支援部隊を三交代制にして対処。高速部隊と親善大使には護符を持たせて、各々に修理や調整の術士を派遣する予定さ。高速部隊には十名、親善大使達には一名で。護符は私が責任持ってしっかり作る。高速部隊はすぐに出来るけど親善大使達はちょっと手間取るかな」



 ルーテシアもシスカを口にしつつ答えた。



「そう言えば国境付近の謎の建造物に対しての調査も兼任してましたからね。魔力崩れ対策はしっかりしないと派遣する人達は皆魔力が高いから心配だものね……」


「ああ。該当地に魔力が存在しないのはイリステア様が持ち帰ったカミーリャの花から見て確定だ。各員の魔力の放出を抑えるようにしないと派遣した者達が全員危ない」


「それならお互いこんなお話している暇は無くない? ルーテシア、貴女も今夜からずっと徹夜でしょ?」


「それはそうだけどねルチル、この申請をして少しくらいの休憩なら許されるでしょ? 幾らなんでもそこまで運命も残酷じゃない」



 お互いにまた、シスカを一口含んだ。酸味が緊張と疲れを解きほぐし、清涼感が目を覚ましてくれる良い調合だ。



「……しかしいつも私達の国が一方的に損失を被るのは何とかならないかしら?」



 また一口シスカを含み、ルチルは呻いた。



「あの阿呆少女(あほうしょうじょ)達が私達に何かしてくれると思う? 今まで何も無かったじゃないか。……まぁでも、不愉快には極まりないね。いっその事召喚出来た暁にはこちらが異世界転移した奴らの使用全権を握るとか言ってけしかけたら権利目当てに慌てて一人くらい魔法少女くらいは出すかもね」



 愚痴の途中で机に上半身を乗せるルーテシア。悪戯っぽい笑みだが言っている事はそれなりに酷い。本人は魔法少女だが同族は好きではないのがまざまざ判る。



「貴女、本当に魔法少女達嫌いねぇ……魔法少女なのに」


「失礼だな嫌いじゃないぞ。私は女神達含めて魔法少女連中は『大嫌い』、だ」



 悪意ゼロであっけらかんと言い返すルーテシアに苦笑したルチルはちょっとシスカが美味しくなった気がした。



「それなら貴女何で魔法少女になったの?」


「え? 楽だからだよ。何の努力も無しに祈るだけで好きな願いが叶うんだから誰だって当たり前にやるよ。阿呆少女(あほうしょうじょ)共は大嫌いだけどこの力は大好きだからね~♪」


「俗物的ねぇ……」


「色々綺麗事並べて泣き落とす連中に比べりゃマシよ」



 呆れたルチルにルーテシアは悪びれない。



「まぁとにかく。いきなりは出せないからギルドに通告はして覚悟を決めて貰うだけにするわ。貴女は消費魔力の削減を考えて欲しいわ」


「りょーかいね」



 くるりと踵を返すルーテシア。



「ルーテシア」


「ん?」



 ドアノブに手をかけたままルーテシアは振り返る。



「お互い倒れないようにね」


「私達もそうだけどシィラ様にも言いたいな。あの方が一番激務だしね。じゃあさようなら、ルチル・アティ――」


「さっきも言ったでしょ? 私のフルネームは呼ばないでって。『ルゥ』」


「つい癖でね。ゴメンよ」



 肩を竦めてルーテシアはドアを開いて去ってゆく。


 ルチルはため息をつくとまた一等星の銀細工ペンダントを外し、水晶に月明かりを映しながら補給線の思索を始めたのだった。

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