第15話運命の出逢い

「……落ち着きましたか?」



 激しく嗚咽していたニノをルーティスは宥めつつ語りかけた。



「えぇ……何とか大丈夫です。ありがとうございました」



 ゆっくりと大儀そうに立ち上がるも、毅然としてニノは三人と向き合う。何故なら自分は今、領主の代行としてこの事態を切り抜けなければいけないのだから。



「私はニノ、『ニノ・アルフィード』と申します。どうぞよろしくお願いいたしますね」



 腹部で両手を重ね、ゆっくり丁寧に会釈するニノ。身体の前で両手を重ねるのは『武器を持たない友好の証』という意味があって、ニノは好戦的では無かったこの三人になるべく友好的に接したいという気持ちがあった。



「アルフィードって事は……もしかしてお姉さんアルフィード家の人か?!」


「あら、そちらの方はご存知でしたか? そうです。今私は領主を代行している立場にいます」


「だっておれ、リリィハーネスト領出身だぜ! アルフィード領は住みやすいって話は良く聞いていたぜ。そして領主様、失礼しました!」



 一礼した後レイが興味津々に話しかける。その姿を見て、この少年は元気が良いみたいだとニノは感じた。


 しかしリリィハーネスト領出身で一人で旅をしているという雰囲気は……話に聞いているとリリィハーネスト領は税対策が割と下手で良く税金を吊り上げてしまい口減らしになる子供が結構居るとか。多分この少年もその一人なんだろうなとニノは察してしまう。だが彼は旅用のマントではなく空色のローブを羽織り樫の杖に珍しい雷管石を結んでいる。今は魔法使いとして自立して生活しているのかなと、ニノは予想した。



「あなた今は学術都市アルスタリアの生徒かしら?」



 そしてそんな生活が出来るなら、彼はアルスタリア在校生に間違いないとニノは読んで尋ねる。



「あぁそうだぜ。良く判ったな?」



 レイは不思議そうに答えた。予想は当たりだったとニノは安堵した。今はおぞましい『声達』を避ける為にアバスを閉じているので何も聞こえないから、ちょっと不安ではあったが……当たりなら良かった。



「オゼル地方のアルフィード家の方が何故このような荒れ地に居るのでしょうか?」



 隣に居る紅髪の少女が冷静に尋ねてくる。彼女の疑問はごもっともだろうとニノは首肯した。



「旅の方々。今はオゼル地方から離れた方が良いと私は警告します。現在オゼル地方全体は戦乱が起きていますから」



 その説明の為に。ニノは毅然とした態度で三人を見回して通告する。……だが一人は一番難しいだろうとも予想はしている。



「戦乱だって?! おれの兄さんは大丈夫かよ!!」



 予想通りの回答だと。ニノは身を乗り出すレイに双眸を細めた。先程から話している限り彼は故郷から出ていっても故郷が好きな雰囲気があったから、きっと故郷の戦乱は見逃せないだろうとニノは想定していた。



「何故戦乱が起きているのですか?」



 静かに尋ねるのは白い髪の子供、確かルーティス・アブサラストでしたねと。ニノは向き合いながら記憶を辿る。


 ルーティス・アブサラスト。確かその名前は伝説に語られし還流の勇者と同じ名前だ。本人である筈はないのだが……この魔力達の反応や背後から響く『声』を聴いていると、本人だと信じてしまいそうだ。



「……理由は現在不明です。まだ判らない事があり過ぎていまして。ただ確かな事は、リリィハーネスト領と我がアルフィード領の兄上様が手を組んで他領地に侵略を起こした、としか」



 それを聞いたルーティスは小さく呪文を唱えて虚空を見上げ、



「貴女の兄上様、ウイリアム・アルフィード様は会った事はありませんが魔力達の情報ではそこまで軽率でもない方ですね。理解出来ないのも判ります」



 双眸を細めて、魔力から情報を聞き出していた。



(私のアバスと互角、いや、それ以上かも知れない魔法の制御ですね。この子……凄まじいです)



 その様子に内心冷や汗をかくニノ。様々な動植物や魔力と話せるのは白魔法を高次元まで極めた者にのみ使える魔法とされ、この子はそれを呼吸するように難なく使いこなしている。アバスという力も無く使いこなしているその姿には戦慄しかしなかった。



「ですからどうかここは素通りして他の国へ行くべきと私は忠告致します。まだ年端もいかない子供達を戦わせる訳にはいきませんから」



 背を張り毅然と言い放つ領主代行。


 しかし、



「断るぜ。だっておれの出身地なんだからな。見捨てられるか」



 一人は予想通りの回答が出てくるのは仕方ないでしょうねと、ニノは胸中でため息をついた。黒魔術士レイ・グレック。彼はこのオゼル地方出身でおまけに肉親も居るとくれば引かないだろうとニノも予想はしていた。



「僕も断ります」



 ルーティスも双眸を閉じて静かに答える。



「僕は白魔導士です。今そこにいる怪我人や身体の弱い方々を放ってはいけませんからね。案内して下さい」



 静かな声音だが万雷が柱となって築かれた神殿を思わせる雰囲気のルーティスに、ニノはさらに冷や汗が出て後退る。この子も退いたりはしないつもりなのだろう。白魔導士とはそういう存在だからだ。



「私も残ります。あそこの場所にある建物は調査するべきだと思いますので」



 物静かだがしっかりとした口調でカミーリャも同意する。



「あそこの場所……とはどこですか?」



 とはいえ話している内容は理解出来なかったので、ニノは三名に尋ねてみる。



「ここから北北西に二時間付近歩いた場所にある廃墟の事です。私達は霊峰イリステアから翔んで下山中に先ほど攻撃を受けましたから、間違いなくあそこには何かあるのでしょう」



 そう答えるとカミーリャは緩やかに撫でるような仕草で右手を霊峰イリステアに指し示す。



「廃墟ですか?」



 ニノは口元に手を当ててしばし記憶を巡らせると、



「……そこはもしかして山に囲まれた場所にあるのですか?」



 カミーリャに再度質問した。



「良くお判りになりましたね。そのアバスの力でしょうか?」



 ちらりとニノの右手を見上げ、カミーリャは尋ねた。



「えぇそうです。私のアバスは『様々なものと会話できる』能力。調査に向いた力ですからね」



 そんなカミーリャに手の甲にあるアザを見せて、ニノは自分の能力を明かした。



「先程アバスの力で付近の魔力からその地点に盆地状の土地があると聞いてました。それで調査に向かおうと思っていたのですが……」


「そりゃよした方が良いぜアルフィード領主様! さっきおれ達が戦ってたの見ていたろ!」



 彼が言いたいのは先程の黒い雷の事だろうかとニノは思い返す。確か自分と出会うまで三人は雷と交戦していた。あの雷は意志があるような雰囲気で暴れておりレイ少年が弾き飛ばしてもなお、再生して立ち向かってきたようにも見えた。



「あの雷は私達がその盆地の上空にさしかかった辺りで苛烈な攻撃を仕掛けて来ました。何らかの防衛をしているようにも見えましたので戦力が無い状況で単独調査はおすすめ出来ません」



 そしてそれを補強するようにカミーリャが後を繋げる。冷静な口調に真摯な情熱を宿した眼差しには説得力がある。こちらを真剣に気遣っているのは明白だ。


 しかし……



「いえ。私は難民達を安心させる場所を確保する為にその土地を調査しないといけません。そうでなければこの場所で私達は飢え死ぬのを待つばかりですから」



 ニノ・アルフィードは響き渡る領主の声で毅然と言い放つ。そう、彼女にとって今の状況は打破しないといけないものなのだ。そうしなければ民は飢えるのが目に見えている。自分の領地でそのような事は出来ない。それは領主代行として彼女が受け持つ責任なのだから。



「なるほど。一理ありますね。ところでカミーリャ、提案が有るんだが」


「我が主様。それは私達を雇って貰うという事ですか? それなら問題ありませんよ」



 視線を交わし合いながらルーティスとカミーリャはお互いに首肯する。以心伝心という言葉が似合う光景だった。



「いえ。雇うにしては報酬が有りませんので無理です」



 ニノの否定に、



「しかし僕は白魔導士として飢えたり負傷していたりする民を見捨ててはおけません。それにあの雷をかわして調査するにはそれなりの戦力が必要なのは理解出来るはずです」



 ルーティスがしっかりと返し、



「ではこんな提案はどうでしょうか? あの場所から出土した物は全て私達に調査と所有権を譲る、それからあの屋敷を私達の拠点の一つに使わせていただく。これらを報酬に後払いで私達を雇うという提案です」



 ぴったりの間合いでカミーリャが繋げた。



「……」



 それを聞いてニノは口元に手を当てしばし熟考する。二人の出した提案はこちらにとってかなり破格だろう。これ程の力を持つ白魔導士や黒魔術士の助力を借りれる等この先どんな奇跡が起きてもあり得ないはずだ。今を逃せば後は無い。


 それに……とニノは一瞬ルーティスの背後を見て、



「判りました。その報酬であなた方を雇いましょう」



 ニノは提案を飲んだ。



「ではまずは準備からですね。アルフィード領主様、怪我の治癒と食糧の再生や飲み水の確保をしたいので脱出した民達の元に案内して下さい」



 返事を受け取ったルーティスは優しく微笑んだ。



「こちらです。ありがとうございます」



 ニノはそれを受けて三人を導いたのだ。


 ◇◇◇


「アルフィード領から脱出した民の総数は元の民や難民を含めおよそ百人位で、ほとんどはここに来るまでに命を落としたのです」

 


 ニノは拠点に着くまでそう、悲しげに語ってくれた。それからアバスと地の利を縦横に生かし何とかリリィハーネスト領の侵攻部隊を振り切ったとも答えてくれ。その話をする間、彼女は涙を滲ませたていた。彼女も代行とはいえ領主。無実の民が喪われてゆく姿には耐えられないのは間違いなかった。



「ずっと後悔しています。もう少し自分に手腕が有れば、と……」


「でもおれはアルフィード領主様は立派だと思うぜ」



 影差す深い悔恨の顔をしたニノに対してきっちりと答えるレイ。



「アルフィード様はいきなり襲撃されたのに皆を脱出させる為に頑張った。色々有ったのに諦めないで皆を支えてる。それだけで充分凄いさ」



 頭の後ろに両手を当ててにかっと無邪気に笑うレイ。



「……そうですかね。ありがとうございます」



 彼なりに頑張って慰めてくれたのだろうと解釈したニノは素直に感謝を述べた。「いいさ」と笑う彼を見ていると気ままに吹く風にそっくりだとニノは思う。



「喪われた方々の弔いは後程致しますね。今は生き残った方々の治療をしないといけませんから」



 次にルーティスという白魔導士の言葉を聴いて、ルーティスは常に人々に気持ちが向いているようだとニノは感じた。この白魔導士は人々の為に生きて人々に仕え人々の為に戦う。そんな生き方の存在なのであろうと。ルーティスの生き様はそれが全てでそれ以外には無い。



「……」



 ちらりとルーティスの背後を見やりながら。きっとそうなのだろうとニノは納得した。


 話をしていると遂に難民達の仮住まいにたどり着いた。


 そこはお世辞にも『仮住まい』とさえ言えない代物だった。ただのボロ布やかき集めた藁を敷いただけでほとんどは野宿状態。皆着のみ着のままで何も持たずにやって来たようである。それでも皆は懸命に生きていると、ニノは周りを深い慈愛の眼差しで見渡す。



「これは大変ですね。早速使命に取り掛からないといけません。ニノ様、怪我人を集めて下さい」



 ルーティスの言葉で我に帰るニノ。そうだ、こんな事している暇はない。



「判りまし――あら?」


「しかしだな執事さんよ。ニノ様にもしもがあれば――」


「とはいえ領主代行様は行かれる覚悟です。止めようはありません……」


「うーん……」



 ふとその時、二人が何かを言い合っているのを見つけた。



「あらお二人共、どうしましたか?」



 ニノは近寄りながら話しかける。どちらも知っている顔だ。



「あ、これはニノ様! 返って来ているのに気づかないとは失礼しました!」



 一人は先にこちらに向かった執事。



「これは領主様。戻られていたとは」



 もう一人はやや色落ちした茶髪に無精髭に逞しい身体つきの中年男性だった。



「貴方は確か農家の『ラインバルト』さんでしたね? 先程はどのようなお話をなされていたのですか?」


「あ、領主様。おれみたいな奴の名前を憶えて下さるなんて光栄です。たいした話ではないのですが……この執事様の話では変な土地の調査に行くとか?」



 微笑むニノに精一杯の敬語で返す、敬語には慣れていないのが一目で判る口調からそこまで上流階級ではないのが見て取れる彼の名前は『ラインバルト』。自領内で慎ましく農業をしている中年男性である。取り立てて何かある訳ではないが実直で心根の優しい性格からか仲間は多く。農家達の中心にいるような人物だ。



「はい。もちろんです。皆さまを安全に出来るならどんな危険も厭いません」



 しっかりとした口調で答えるニノ。



「しかしニノ様にもしもの事が有れば……」



 必死なラインバルトを見ているとニノは彼の気持ちが手に取るように判る。彼は心から自分を心配しているのだろう。



「ラインバルトさん、調査の為にこちらの方々を雇う事にしたので大丈夫ですよ」



 なので安心させる為に三人を紹介するニノだ。



「ニノ様ご冗談を! まだ子供達ではございませんか!!」



 それを見た執事が激しく反論する。改めて見ればそうだと、己の失策を反省するニノ。確かに三人はどうみても八歳位の子供達にしか見えないのだから反対するのは判りきっていたのに。



「一人はアルスタリアの在校生でもう一人は白魔導士です。私がアバスを用いても勝てないような方々ですので問題は無いかと思われますよ」



 なので何とか安心して貰おうと努めて冷静に紹介するニノ。



「いや、しかしですね……」


「領主様に何かあったら……」



 それでも納得が出来ないのであろう。二人は食い下がらない。



「……ところで何か腐敗が進んだ食糧等はありますか?」



 そんな時、ルーティスが二人を見上げて微笑んだ。



「ん? あぁそれならこのパンとかだな坊や」



 そんなルーティスに屈んで同じ目線になりながらパンを差し出すラインバルト。取り出したパンは長期保存用の堅焼きパンだが腐敗しており、カビが生えて青みがかかって鼻をつくような臭いが漂っていた……。



「穢れよ消えよ。このものにアブサラストの祝福を。『復活する世界』」



 刹那。一瞬で浄化の呪文を詠唱したルーティス。魔力は呪文に応え純白の輝きとなるとパンを包み中から淡く輝かせる。


 やがて光が過ぎた時、パンはまるで出来立てそのものへと浄化再生されていた。



「おお! スゲーなこれ!!」



 子供のように驚愕するラインバルトだが、今まで棄てるか病気を覚悟で食べるしかない食べ物が復活したとなればこの反応は納得の物だろう。



「他に腐敗した食糧はありますか? それから怪我人がいたら連れてきて下さい。全員治療致しますので宜しくお願いします」


「あぁ判ったぜ坊や。早速皆で連れてくるから待っててくれ!」



 その光景を見て早速と立ち上がり。仮住まいの奥まで駆けてゆくラインバルト。「おーい皆! 怪我人や腐った食糧集めろ!!」と良く通る声で無事な人々に手を振り呼び掛けている。



「ふぅ。ちょっと説得までに時間を稼ぎました。僕は皆の治療に専念しますがあの廃墟の調査は……」


「ルゥ、それならおれに任せろよ」



 真っ先に挙手するレイ。彼が調査に行きたいのは皆周知の事実であるので、



「ではよろしくね」



 ルーティスは迷わずレイにお願いした。



「我が主様。私は傍にいた方が良さそうですか?」



 カミーリャの問いに、



「いや。ここは僕一人で良い。それよりレイやニノ様の補佐をお願いするよ。カミィの力は調査にも役立つからね」



 はっきり返すルーティスだ。



「承知しました」



 畏まり頭を下げるカミーリャ。



「ニノ様! もちろん私も着いていきます!!」



 それに重なるように執事さんも告げる。



「ニノ様だけに行かせたとあっては先代様に申し訳が立ちません! よって私も補佐します!!」


「ありがとうございます。期待していますよ」



 熱い気持ちを伝える執事さんに満面の笑顔を向けるニノだ。



「では二人共、ニノ様と安全に調査出来るように準備してくれ。レイは一回戦闘力を見せて、カミィは調査計画で。こちらに来た民達をしっかり納得させてくれ」


「りょーかいだぜ!」


「承知致しました。すぐに調査計画を立てておきます」



 レイとカミーリャは各々の返事をするのだった。

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