十一月十三日2355 FFM8の霊入れ

 うちには困った【艦霊】がいる。同じ船台で造られた船が進水した際に自分も進水したものと勘違いしてしまったらしく、約一カ月に渡り艦からの脱走を試みている。当然、進水などしていないので本体である艦から離れられる訳もなく、桟橋や昇降塔に足を踏み入れては艦に引き寄せられ拗ねて怒るという事を繰り返していた。しかし、そんな日々も今日で終わりだ。


【タマノ】は水の張られていない二号船台の先に立つ。そして、柏手を二つ鳴らせば【タマノ】の前に白い単衣に長髪の【艦霊】が現れた。この幼い【艦霊】、もとい【03FFM】に名前はまだない。名前は進水した時に貰うものだからだ。【03FFM】はきょろきょろと周りを見回し、自分の前に立っている【タマノ】に目を留める。

「そと? しんすいした?」

「ほれはまだじゃ。 今からするんは【霊入れ】じゃ」

「たまいれ?」

「【霊入れ】もしてないのにお前はよう喋るのぉ。 ほれ、そこ座ってじっとしときぃ」

【タマノ】は【03FFM】をその場に座らせるとゆっくりと息を吸う。

「テンイチジロク、オモテミアワセ、トモシアワセ、ロカイゴトゴト、ナカニドッサリ」

そう唱えて【03FFM】の肩をポンと叩く。

「【霊入れ】完了じゃ。 こんで艦から離れれるようになったんじゃが」

「ほんと!?」

「こりゃ、最後まで聞け。 明日の進水までは大人しいに居るように」

【タマノ】の言葉に喜び目を輝かせた【03FFM】は、また【タマノ】の言葉で表情を曇らせる。物は言わずとも尖らせた唇が不服と不満を表わしていた。

「……」

「返事は?」

「はぁい」

「あとちょっとじゃ」

【タマノ】は【03FFM】の頬に手を添える。それは百余年にわたり【艦船】を慈しみ寄り添ってきた手だ。

「あとちょっと……」

【03FFM】はそっと目を閉じる。【タマノ】が【03FFM】の頬から手を離し、再び柏手を叩く。次の瞬間には【03FFM】の姿は消えていた。


起工から数えて四百四十日。残すところ約十一時間の辛抱。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る