第6話 一角獣の泉

 イサファ国は草原と森を抜けた先にある、小規模な国だ。アイリスのおばにあたる、ジャスミーヌ王妃がいる。

 草原にはスライムが出没しやすい。早速、数匹のスライムがあらわれた。

「スライムなら俺の方が有利だろう」

と、マウロが言って、回り込みこん棒で一匹ずつ頭から潰して行く。潰した先から、なにかアイテムがあらわれる。濡れている事を考えると、スライムが行き倒れた旅人ごと飲み込み、胃の中で消化しきれなかったモノだろう。スライムは基本雑食なので、金貨や、薬師の作ったのだろう瓶入りの回復薬なども手にいれる事ができた。

ただ、持ち手がぬるぬるベトベトしているのが、人間には堪えられないようだ。

「姫様も持っていて下さい」

潰れたスライムから拾い上げた回復薬の瓶を馬から降りたオリヴィエが手渡すと、アイリスは眉間にシワを寄せ、受け取っていた。

「ねぇ、」と、再び馬に乗り駆けている時、不意にアイリスが話しかけてきた。「森って、虫のモンスターも……」

「勿論出るよ」と、横からフランシスがきっぱりと言った。「ボクも虫は苦手だからよっぽどじゃない限りはまず森に足を踏み入れない」

「あはは……」

 アイリスが真顔で笑い声を出した。

 スライムを倒しながら森へ着く頃には、回復薬や金もたまっていた。これならばイサファ国に行っても、宿難民など苦労しないですむ。

「あとは森を抜けるだけか」と、先頭のオリヴィエが振り返った。「森には強いモンスターもあらわれるかもしれません。急ぎますよ」

「はい」

 アイリスは答える。

 そうして、俺たちは深い森の中へと足を踏み入れた。木々が被う巨大樹がそびえ立つ森の中は、木立で太陽が遮られ、真昼でも薄暗い。横から飛び出すモンスターを一撃で倒し、俺たちは道なき道を行く。

 熊に似たモンスターを倒しかけた時、

「きゃあぁぁぁー!」

 アイリスの悲鳴が聞こえた。その声に馬を止める。見上げると、俺たち程の巨大な蜘蛛が、アイリスを抱え巣へと戻る所だった。

「綺麗な姉ちゃんじゃねぇか。美味しく頂くぜ」

 蜘蛛は舌を出し、アイリスの頬をなめる。

「嫌、離しなさい!」

 アイリスがもがくと、

「姫様、少しじっとしていて下さい!」

 そう叫んだオリヴィエのマスケット銃が火を噴いた。それは蜘蛛の心臓に当たり、破裂する。青い血にまみれたアイリスが降って来て、ちょうど俺の腕の中にすっぽりと入った。

「──あ、ありがとう」

 頬を赤らめ、アイリスは礼をした。やはり可愛い。

「馬に乗れますか?」

「大丈夫よ」

 そう言って、彼女は俺の腕から器用に隣の己の馬へと飛び移った。

「早く汚れを落としたいでしょう。遠回りになりますが、森の奥に一角獣の泉があります。そこで休憩をしてからイサファ国を目指しましょう」

 オリヴィエが言う。

「そうね。おば様に逢う前に汚れを落としたいわ」

 と、アイリスも答えた。

 一角獣の泉とは、その昔一角獣が降り立ったとされる、森を分け行った所に存在する透き通った泉の事だ。神聖さに、モンスターも近付く事なく、木々さえも回りに生えることを拒むと言う。なので、ささやかな草むらが広がっているのみなのだ。

 再びオリヴィエの先導で泉へと向かう。うねるような木の根を飛び越え、蛇やトカゲといった、小さなモンスターたちを倒しながら進んで行くと、急に目の前が開けた。泉に着いたのだ。

「なんて綺麗なのかしら……」

 アイリスは感嘆のため息を吐いた。そうして馬を降り、おもむろに服を脱ぎ出した。

「ひひひ、姫様!」

 俺は慌てて顔を覆った。

 そう言えば王侯貴族の人間は、裸になる事の恥ずかしさを知らないと言った。マントで若干は防げたと言っても、汚れた事には代わりない。案外着痩せするタイプなのか、わりとその胸は大きい。

彼女の手がズボンに触れた時、俺は堪えきれず後ろを向いた。他の皆はどうなのかと言うと、彼女の裸になんの興味もなく薪を集めたり、毛づくろいを始めたりしている。

「何をじろじろ見ているの」

 背後でアイリスの声がする。

「そのような事は……」

と、俺が振り向いた時、顔に水がかかる。既に彼女は水の中だったのだ。

「引っ掛かった──ふふっ」

 泳ぎながら、彼女は笑う。透き通った水越しに見えるその胸の蕾は、まだ淡い紅色だ。……って俺は何を考えているんだ。

 マウロが森の中から担いできた枯れ木に、洗ったアイリスの服とマントを引っかけ、少し離れた所で火を焚く。

「着替えを持ってきて良かった」

 泉から上がったアイリスは、裸のまま己の荷物を漁り、代わりの服を探し出す。着替えなど普段は使用人が手伝う行為だろうが、旅に出た今、それは己で行う事だ。紳士的なオリヴィエでさえ、手伝おうとしない。

「火の側は暖かいですよ。着替えが済んだらどうぞいらして下さい」

 地面にあぐらをかいたオリヴィエが、アイリスへと声をかける。

「そうね、ありがとう」アイリスはそれに従い、俺たちのいる焚き火の側へ近付いた。「あぁ、暖かい」

 そのシワ一つ無い手を火にあて、アイリスは言う。

 早く出発したのが功を奏したのか、空は今だ明るく、日が真上にある。馬で駆ければ、今日中にイサファ国に辿り着けるだろう。

 アイリスのマントが乾いた頃、俺たちは一角獣の泉を出発した。

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