第4話 良いニュース、悪いニュース

 贔屓にしている店は、ベルヌール街の中央道から少し反れた路地にある酒場だ。もう夕方だったが、奥まっているからか知る人ぞ知る店で、客は少ない。大人数にはもってこいの店だ。

 店に入ると、俺たちは奥の長く広いテーブル席へ案内された。わざわざ葡萄酒と言わなくとも、すぐに瓶ごと酒が運ばれてくる。チワワの若女将は、注文を慣れた手付きで注文表に書いて行く。いつ見ても凄い。

 各々に葡萄酒が回ると、銃士隊隊長の、ソマリのオリヴィエが乾杯の音頭を取った。

「銃士隊員シャルル・ドゥイエの無事の帰還に乾杯!」

「乾杯!」

 グラスを掲げ、それぞれ酒を口に運んだ。俺は前世高校生だったので、勿論葡萄酒など飲んだ事はない。しかし、シャルルとしては、立派に成人し、酒も飲んでいる。どうやらザルらしく、いくら飲んでも、酔いが回る事がない。これは良い。

 宴は止む事なく続き、たけなわになる頃、エタンが店を訪ねて来た。

「ご主人、良いニュースと悪いニュース、どちらが先に聞きたいですか?」

 なんだか不吉だな。

「い、良いニュース?」

 と、俺は言った。回りの猫たちも揃って聞き耳をたてる。

「あっしが独り寂しく待っていると王の従者のヘンリーが訪ねて来ましてね、ご主人が無事にアイリス姫の剣術指南役に選ばれた事を告げました。それと同時に悪いニュースが──聞きたいですか?」

「勿論だ。なにを勿体ぶっているんだ」

 俺が気色ばんで見せると、猫の従者は耳を横にする。これは利益を始めに考える彼でも困難な壁なのだろう。

「王室には第一後継者は、若い頃世界を巡る旅に出る決まりがある事をご存知ですよね?」

「あぁ、そうだな」

「その旅のお供に、ご主人と銃士隊員数名が選ばれたんですよ。それも明日、日が上る頃に旅立つとか……ご主人がいない時、あっしはどうやって過ごせば良いのか……」

 エタンは己の食いぶちを心配しているようだが、その言葉に、銃士隊員たちはざわめいた。

「誰が選ばれたのだ?」

 と、俺たちの気持ちを代弁するように、オリヴィエが言った。

「確か、オリヴィエ様、マウロ様、フランシス様と、ご主人でした」

「え?」

 と、俺たちは互いを見比べた。確かに強いやつばかりだ。それも、俺ときっ抗して。

「国の外はモンスターだらけです。いくら姫が強くとも、死んでしまったり、盗賊などに拐われないともかぎりません。その為の、護衛だそうです」

 中々不吉な事を言う従者だが、言っている事は確かだ。

「まぁ、王が選ばれた事だ。我々はそれに従うだけさ」

 と、オリヴィエが肩をすくめた。

 それにしても、良くあの姫が俺を剣術指南役、更には旅のお供になる事を承諾したな。まして国王──己の父親の前で屈辱的な負け方をしたのに。

 俺が思考の海に沈んでいる間に、他の猫たちは旅の無事を祝い、再び乾杯をしている。エタンも、褒美にと俺が与えた一杯の葡萄酒を喜んで飲んでいた。オリヴィエではないが、決まった事は決まった事なのだ。現実を受け入れよう。

「よし、俺は帰るぞ」

 俺はそう告げ、立ち上がった。飲み代の150オーロを、テーブルに置く。哀れな俺の従者は、慌てて葡萄酒を飲み干した。

明日までには時間があったが、準備もしなくてはならない。他の皆は己の従者に言付けを頼んで、旅の用意をさせると言っていたが、余計な物はなるべく入れたくはないので、俺は己で準備をする事にしたのだ。

エタンを連れて、セージ街にある己の家へ帰る。ベルヌール街からならば、大通りを通って行った先にある。蔦の絡まる小さなアパルトマンの二階が、俺の家なのだ。

家に帰るなり、椅子に座り、テーブル肘をついて、指を折り曲げ必死に祈りを捧げるフレンチブルドッグの姿があった。

「ただいま、フェリさん」

 俺が言うと、

「まぁ、シャルルさん。良かったわ、無事に帰ってこられて。私ずっと神様に祈っていたのですよ」

 彼女は俺の肩を数回叩いた。どれだけ心配されているんだ俺は。

「それはありがとう」俺は羽帽子を帽子立てに置くと、「それで、明日から少し旅に出る事になってね、留守番もエタンだけじゃ不安だから、何かあったら助けてやって欲しいのだ」

「わかりました、旅も無事に帰ってこられるように祈っていますわ」

 俺の言葉にフェリは頷くと、部屋を出ていった。

 さて、準備を始めますか。

 準備、と言っても、馬で旅をするのだとしても、余り重い物は持ちたくはない。短剣などの武器は服に収まってしまうし、何より大きなカバンなど持ってはいない。ここは最低限の着替えを詰めるだけで良いだろう。さぁ終わった。

「寝るか」

 と、俺が言うと、エタンは物欲しげな面持ちで、

「あの、あっしの夕飯は……」

 そう返してきた。

「フェリさんに頼んでみろ。無理だったらテーブルに10オーロがある──お休み」

 背中越しに言って、俺は寝室の扉を開いた。

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