第22話 奥手じゃいられない

「葵くん、元気にしてた?」



 時は少し遡り、こちらはA組。

 ザワつく教室の中央より少し後ろ、人目を掻い潜りながら席に着いた葵の下にやってきたのは同じ前崎中で彼唯一の友と呼べる女生徒だった。

 葵より背が高く、誰もが羨む容姿を持った彼女のイメージがちょっと変わった気がするのは、セーラー服じゃないのと髪型のせいだろう。

 青黒いロングヘアーは蟀谷から編み込みが施され、耳上にはクリスタルがあしらわれたヘアピン。違和感の正体はそれだ。澄星海ソラミ高校は比較的校則が緩いのでクラスの女生徒もお洒落には気を遣っており、男子生徒も整髪料をつけ男臭さを隠すためか爽やかな香水?の香りがする人も。

 葵は変声期も成長期も越したのに高い声の持ち主で、更に自分では短所だと思う長所を所持していた。

 彼は性格的に目立つのは避けたがるが、彼自身の素材がそれを許さない。

 ただでさえ教室に入って女子にも男子にも一目置かれてしまった葵に美がつく少女が話しかけているのだから、注目するなという方が無理だった。


「愛内さん・・・」


「梨華って、呼んで?」


 たぬき顔のおっとりとした清純派美少女は外面はいいが、その内に秘めた性格は鋭く葵の喉元を捉えることもしばしば。要するに怖い瞬間がある。

「いい雰囲気だね、このクラス」

「そう・・・だね」

 彼女の立ち姿は絵になる。

 前崎の生徒と思われる彼らも横目で噂話をしていた。


「愛内さん!久しぶり!」


 微妙な沈黙が流れた会話に快活な挨拶が混ざった。

 それは去年同じクラスだった女生徒で、柚香をもっと明るくしたような運動大好きな坂上百代サカガミモモヨであった。あまり話したことはないがクラス内でも目立つタイプだったので覚えてる。

「百代ちゃん、おはよう」

 梨華は女子とは比較的仲が良く、いつも輪を囲んでた。大して男子は分け隔てなく話してはいたが、深い付き合いは葵だけに限られていた。

「高遠君もやっほ!」

「あっ、どうも」

 意外にも彼女は僕のことを認識していたみたいで、ぎこちなく挨拶を返す。

「まさか二人と同じクラスになれるなんてついてますな~」

 ポニーテールで猫顔の彼女はにゃははと何かに納得して頷く。

「これも運命ってやつ!?」

 ビシッと人差し指と親指を突っ立てこちらに向けてくるが、忙しないな。

「そうだね~、知ってる人がいて安心だよ~」

 梨華は百代の指を蛇のように搦めとり、握り締める。

「ほんとほんと!あっ、チャイム鳴ったしまたあとでね!高遠君も!」

「うん」

 助かったと胸を撫で下ろす葵。梨華との会話、最近は気を遣うというか頻繁に遣り取りを行うようになって、疲れていた部分もある。そして昨日の出来事にあの水着写真。


「わたしも席戻るね」


 軽く手を振った後姿、短いスカートに黒のタイツ、紺のブレザーがシルエットを引き締めさせ、しかし男に欲望の眼差しを向けさせる造形は健在で自由自在に動き回る肢体は完璧としか言いようがない。

「・・・」

 葵だって男性ホルモンが少ないとはいえ男なのだ。

 同い年の美少女に少なからず好意を持って接されて、家に帰れば柚香と義母の亜妃乃が待っている。

 それは彼にとって悩みの種となっていた。


「皆さんおはようございます」


 教室に入ってきた優しそうな担任教師は生徒の顔を見渡し、話しを始めた。

 それを見つめる葵だが、心はもっと別の場所にあり、昨日のことを思い出す。


『高校ではもっと、葵くんと仲良くなりたいから―――』


 入学式の帰り、梨華に突然呼び出された葵は貯め込んでいた他愛のない話を消化しあった。そして帰りの間際、そんなことを言われてしまった。

 梨華はああ見えて大胆で自信家で、欲しいものは欲しくなる性質タチの人間だった。それは両親の性格や生き方に起因するものだが、梨華にとって葵は特別中の特別、付き合うというにはまだ決定打が足りないし、諦めるには遅すぎるから大人と子供の狭間、最後の三年間で勝負を決めようとしていた。


『梨華、彼氏はお互いの分別がつく年齢まで待ちなさい』


 父はそう言っていた。母も同じように娘の心配ばかり。

 自分達は違ったくせに、わたしに押し付けてきた。

 両親はわたしを比較的自由に生きさせてくれたが、こと恋愛においては別であった。


『そうだな、せめて大学生までは我慢すべきだと思う』


 父も母も仕事柄たくさんの人を見てきた。それは上から下まで様々だろう。

 貧乏だからって考え方まで卑しいということはないし、育ちがいいからって性格まで同じとは限らない。娘をどこの馬の骨かもわからない男に渡したくないんだろう。

 利発な彼女は幼い頃からいい子を貫き、その理想の束縛を受け入れ、我慢した。



 高遠葵が彼女の前に現れるまでは。



 中学、一目見た時から他の誰とも違う何かを感じていた梨華は、恐れられないよう嫌われないよう種を蒔いた。趣味なんかも合わせるように頑張り、話題についていけるよう学びを怠らなかった。

 それでも彼は手強くて、並の同級生ならその距離間に負けて告白か距離を置くかの二択だろうに、どちらにも当て嵌まらず理想の友人関係を築けてしまった。


 そう、理想の、異性の垣根を超えた友人関係。


 彼に全くその気はなく、振りまく微笑はわたしだけのものなのに、わたし以外にも時折見せていた。

 梨華はプライドが高い方ではなかったがそこは矢張り女の子、満たされない恋心に悶々とし傷ついたりイライラすることはある。


 それに制約。


 高校卒業まで恋愛という青春は両親に禁じられていた。

 本来はもう少しレベルの高い女子高を受験する予定だったのを自分の都合で変えたんだ、父は怒らなくともいい顔はしなかった。

 どうして自分の生き方くらい自分で決められないんだろう?

 しかし世の中には医者の子供に生まれただけで医者の道しか選べない子もいる。

 梨華はそういうものなんだと受け入れて、策を講じることしかできないでいた。



 これからは付き合わずとも彼の心をわたしから離さないようにしよう。



 ガラスケースに飾られた若すぎるアマリリス。



 誰にも触れさせないよう見つけられないよう隠し通す。



 そして中学卒業後、あることをしようと決めていた。

 そして昨日の帰り際、ある場所ある瞬間を狙い実行に移したのだがその時の葵の顔といったら。いや、嬉しさに打ち震えるわたしのポーカーフェイスにもヒビが入っていたかもしれない。



 葵の斜め後ろで僅かに紅みを帯びる頬を覗きながら、梨華は唇と昨日の感触を照らし合わせる。



 きっと、あの行為は大きなうねりとなりわたしと彼を巻き込むであろう。



 そんな一つの未来を見据えながらほくそ笑む梨華なのであった。

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