二人の現状

 一日の授業が終わり、放課後。

 最近、憂鬱になって来た部活に行くために、荷物を持って教室を出ようとした俺は、赤月に呼び止められた。


「優斗くん! ちょっと待ってよー!」

「……」


 が、無視した。

 どうせ同じ部活だから、部室まで一緒に行こうとか、そんなところなのだろうが、アイツと二人で歩くと人の視線が鬱陶しくて仕方がないのである。


 だらだら廊下を歩いていると、後ろからパタパタと駆け足で赤月が追いついて来る。


「もう。待ってって言ったのに……」

「お前と歩くと目立つから嫌なんだよ……」


 不満を口にする赤月に、げんなりしながらそう言えば、彼女はにやりと笑う。


「嬉しそうだな、お前」

「んふふ、そりゃあ、君が嫌がるなら、わたしにとってはそれが正解だからね」


 こいつ、と思うが、そう言って本気で嫌がれば、赤月はもっと喜ぶのだろう。

 先日、俺と赤月の間では一つの感情の共有がなされた。


 それは「恋」だとか「愛」だとか、美しすぎていっそ薄ら寒い、くだらんものではなく、互いのことを嫌い合うという、これまた滑稽で、どうしようもない、くだらんものであった。


 ただ、たかだか数日前に相成ったこの共有は、俺と彼女の関係性を間違いなく変えた。


 それも、比較的いい方へと。

 まあ、これをいい方って言うのもどうかとは思うけれど。


「ね、文化祭は部誌を出すんでしょ? どういうのにするつもりなのかな?」

「……」

「……へー、無視するんだー。それなら、わたしにも考えがあるんだけどなー」

「……何をするつもりだ」

「公開ハグ」


 グーで殴ってやろうかと思った。

 何を言い出すんだ、この金髪ゆるふわ腹黒女。


「あまりふざけたことを言ってると、部室に入れないぞ」

「別にいいよ? 倉橋先生に言えば何とかしてくれると思うから」

「……ちっ」


 舌打ちをして、負けを認める。

 入部が遅かったくせに、いけしゃあしゃあと伝家の宝刀「先生に言ってやる」をちらつかせる赤月に、俺は勝てる気がしなかった。


 というのも、俺の予想通り、倉橋先生と赤月はだいぶ馬が合った。


 それはもう、とんでもなく。


「というわけで、今日もよろしくね。部長さん」


 意地が悪い笑顔を浮かべる赤月に、ため息が出る。


「……十五分だけだぞ」

「わーい」


 尻に敷かれるという言葉があるが、この状況こそまさにそれだな、と思う。

 いや、敷かれるというよりは拘束されるんだけどさ。それも、全身で。


「お前、本当にいい性格してるよな」

「褒め言葉?」

「皮肉だっての。他の奴の前でもそうすりゃいいのに」

「それは無理。嫌われちゃうし」


 まあ、そうか。

 俺達は、お互いのそう言う部分を見ても何とも思わないが、周りはそうじゃない。

 もっとも、俺は周りにもこうだが……なんてことを考えていると、赤月は小さく笑って、


「だから、君の前でだけ、こうなの」


 と、そう言った。

 それに全くこれっぽち嬉しくない、なんて、そう言えればよかったのだけれど……


「そうかい」


 今の俺から言えることは、嫌味でもなんでもなく、たったそれだけのことだった。

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ハグ好きJKに毎日抱き着かれて、正直困るんだが 高橋鳴海 @Narumi_TK

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